第二十五話 王家の実情
「そう言えば太郎、先日帝国軍の侵攻を防いだ手柄は本当は太郎のものだったのじゃろ?」
個室のカフェで休憩をとっていると少し深刻な顔をしながらマリアが訪ねてくる。
ルナは少し得意そうに、リリーは完全我関せずといった様子だ。
ルナが機嫌がいいのは良いが、実際俺は戦闘に直接関与してなかったから手柄というのもアレなんだよな。
「オスカルから話しは聞いておる」
だが、貴族ではない俺に表立って恩賞を与えるわけには行かなかった。
だから姫殿下が俺と仲良く振る舞っている姿を周囲に見せることで少しでも優遇されるようにとの心遣いだったらしい。
ホントかよ。
俺にはただ単純に遊んでいただけだと思えたが。
「ほ、ほんとじゃぞ!? たしかに楽しかったのは認めるが、それだけではない!」
「ソウデスカー。イヤーアリガタイナー」
「まったく、王女を軽んじおって」
まぁいいがの、と苦笑しながらマリアは話を続ける。
大軍進行の報を受け、宮廷内では帝国軍の大規模侵攻の前触れではないかと蜂の巣をつついた騒ぎだったそうだ。
だがその後、僅か一個大隊に撃破されたため、ただの寄せ集め部隊による牽制だと思った貴族が大半らしい。
「帝国は内乱で疲弊しておる。新しい皇帝陛下は新たに手に入れた領地の統治と恩賞の分配で精一杯じゃろうて」
国庫は空となり、国民は飢えて苦しんでいる。
これを立て直すのは国家の主の義務じゃ。
そう自分に言い聞かせるようにマリアは口にする。
「もっとも、かなり苦しい舵取りが必要になるじゃろうが」
「……、だからこそ、攻める先が必要とは考えられないか?」
「なに?」
「不満をぶつける先を用意すれば、そしてこの国を略奪すれば国庫は潤うだろう」
自分で口にしてて被害妄想が過ぎると思うが、そんな気がしてならないのだ。
「……、宮廷では彼奴らの情報は周知されておってな。太郎たちが撃破した連中、あれは寄せ集めの傭兵部隊等ではない。むしろ精鋭に属するもののはずじゃ」
「ほぉ……」
だが、その情報を信じる貴族はほとんど居なかったらしい。
数百年の長きに渡る平和が彼らを平和ボケさせてしまったのだとマリアは嘆く。
「そんなことはないと信じたい気持ちはわからぬではないが……、平和という妄想に浸かって死ぬのはゴメンじゃ」
婚約者殿のようにな。
マリアは蚊の鳴くような声で呟いた。
普段ならその言葉は聞こえないものなのだろうがここは個室だ。
なんとか聞き取るに至ってしまった。
「やはり太郎は帝国軍の大規模侵攻はあると思うか?」
「そうだな……」
マリアはおそらく大規模攻勢があると信じているのだろう。
だが帝国は内乱で疲弊しており、そんな余裕はないはずだ。
常識的に考えればありえないタイミングだが、いつぞやの副長の呟きを思い出す。
「奇襲はありえないところから襲うから奇襲となる。か」
「そうじゃな……」
「軍に迎撃体勢を取らせるとかできないのか?」
この国の軍事力がどの程度かはわからないが、仮にも国家だ。
事前に待ち構えておけば防衛くらいは出来るのではないだろうか。
「そうじゃな、王家の威光が輝いておればそれも叶うじゃろうな」
「輝いて『おれば』?」
「今の王家では、それも叶わぬじゃろう……」
マリアはその歳に似つかわしくない微笑みを気丈に浮かべる。
だが、手は強く握りしめられ、その心中は容易に伺えた。
「宮廷の雀共が囀りまわっておるから父上のことは知っておるじゃろう?」
ある日を境に寝所から出てこなくなった王。
だが様子をうかがいに向かおうとする者たちを女王は遠ざけた。
寝所の入り口は開かれず、玉座には誰も座らない。
王の長きに渡る不在。
不在となった王に変わり、王家が公的ではなく私的に命令を出す。
短期間では問題なくとも、それが一年、二年と続けばボロが出始める。
「ダービー枢機卿が頑張ってくれておるが、それでも……」
帝国へマリアが嫁に行くことで、その後ろ盾をもって安定させようとしたがそれも泡に消えた。
力ある貴族は宮廷を離れ、宮廷では中小の派閥が群雄割拠状態らしい。
「力ある貴族が居ないなら統制取りやすいんじゃないのか?」
「はは、まとまりがなさすぎてどうにもならぬよ」
一つの法案を通すだけでも多数の横やりが入り、それをいなすために数多の折衝を行いと。
「すまぬな……、今の王家では恩賞の一つ、満足に与えることもできぬ……」
「ま、まぁ気にするなよ」
悔しそうにうつむく彼女に、他になんと声をかければいいのだろうか。
それにしてもこんな小さな子に、こんな重圧をかけるなんてな……。
はぁ、乗りかかった船ってやつなのかね。
俺に出来ることは大してないが、それでもやれることはやってやりたい。
そう思えた。
「……、すまぬ、つまらぬことを言った」
「いや……」
「紅茶、冷めてしもうたな」
「ああ……」
だが、紅茶とは反対に俺は心に熱を持つのだった。
「あ、スコーンお替り!」
……、リリー頼むから空気読んでくれ。
「で、僕のところに来たと?」
マリアから話を聞いた三日後、俺はリカルドの館を訪れて土下座していた。
ちなみにリリーとルナはマリアの泊まる宿に置いてきた。
彼女たちにみっともないところを見せたくなかったし、リリーを取引材料に使いたくなかったからね。
「ああ、リカルド。お前なら戦力を出せるんじゃないか? 頼む、俺に出来ることなら何でもするから……」
俺に出来ることなんて大してない。
せいぜい、こうやって土下座して頼み込むくらいだ。
辺境伯の持つ兵力、それを貸してもらうために。
「……、失望したよ、太郎」
そう言ってため息をつくリカルド。
そりゃそうだよな。
出会って数日の人間に、こんなことを言われても困るだろう。
ましてや友情を利用しようとしているのだ。
失望されて、当然だろう。
恥知らずと罵られないだけまだ温情を感じるほどだ。
「助けてくれ。その一言でいいじゃないか」
「は?」
「僕たちは、友人じゃなかったのか?」
顔をあげると頬を染めたリカルドと目があった。
いや、恥ずかしいならそんなこと言うなよ。
でも、かっこいいなこいつ。
「だが、ただでという訳にはいかない」
僕にも立場があるからね。
そう言ってリカルドは頭をかいた。
そりゃそうだよな。
軍は金食い虫だ。
基本的に生産を一切行わず、資源を食いつぶしていく。
それを動かしてくれというのだ。
大金なんて言葉では終わらないほどのお金がかかる。
「俺が払えるものなんて大してないが……」
「いや、払うべきは太郎じゃない」
「え?」
「君の後ろにいるのは誰だい?」
つまり、マリアと話をさせろと。
そういうことか。
「わかった、ちょっとついてきてくれ」
「ああ。しかし面白いことになったな」
「俺は胃が痛いよ」
すぐに慣れるさ。
そう言ってリカルドは俺の肩を叩くのだった。
いや、慣れたくなんか無いんですがね?




