第二十一話 王女殿下
「王女殿下! 我々第十七歩兵大隊は殿下の訪問を歓迎いたします!!」
「うむ、くるしゅうない」
ケテル王国第二王女。
マリア=ケテルその人が悠然とした仕草で馬車から降りてくる。
煌めく亜麻色の髪の毛。
艷やかな肌。
そして燃えるような赤い瞳。
「出迎えご苦労」
「はっ! ありがたきお言葉!」
威風堂々と胸を張り。
だが、落ち着いた雰囲気を纏い。
気高く、意志の強そうな視線で周囲を睥睨する。
一瞬俺と目が合い、そしてすぐにオスカルの方へと向けられる。
「こちらへどうぞ」
「うむ」
王都に行った翌日、俺たちは大隊の駐屯地で王女殿下を歓迎していた。
一週間程度はあるって話だったのに、急遽予定が繰り上がったそうだ。
おかげでほとんど観光はできていない。
それに早朝急に連絡を受けたせいで宿屋の朝食も取れなかったのだ。
もったいない……。
というか、俺まで王女殿下を出迎える必要はないのではなかろうか?
まぁ友人の晴れの舞台だからいいけどさ。
駐屯地の殺風景な大会議室でオスカルたちが叙勲されていく。
将校はもちろん、兵士一人ひとりまで壇上に登る。
彼らは皆、嬉しそうな表情を浮かべ、新たに胸につけられた勲章を誇りに思っているようだった。
兵士たちはそのまま退室したが、下士官以上の将校は会議室に残りお帰りになられる王女殿下へと最敬礼を向ける。
はずだった。
「さて、公務はこれで終了ということでよいかの?」
「はっ! ありがとうございました!」
「よい。さて、これからは私的な時間じゃ」
そう言うと相好を崩し、壇上から俺の方へと突撃してくる王女殿下。
おい、執事やお付のメイドが蒼白になってるぞ。
「わぶっ!?」
「きゃっ!?」
しまった、思わず俺の横に立っていたリリーを盾にしてしまった。
「何をするのじゃ!?」
「何するのよ!?」
二人が同時に非難の声を上げる。
だって仕方がないじゃない。
ほら、王女殿下の抱擁を授かるなんて恐れ多いし。
リリーは奴隷だし、一応これでも女の子だし。
「まったく、失礼な奴め」
不満を口にする王女殿下は、口にした内容とは裏腹に晴れやかな表情を浮かべていた。
「王女殿下、お戯れはそれくらいにしてくださいませ」
スッと俺と王女殿下との間に滑り込んだのは黒い燕尾服をまとった初老の男性。
先程まで壇上で気配を消していた執事さんだった。
「なにを言うアーニー。妾はいつでも本気じゃぞ!」
「淑女たるもの、軽々しく殿方と接触するのは好ましくありません」
執事さんが王女殿下を嗜めるものの、彼女はどこ吹く風。
おてんばな姫君に普段からさんざん振り回されているのだろう。
彼の背中からは哀愁が漂っていた。
「大変ですね?」
思わず労いの言葉が口から出てくる。
「お、おい、太郎、不敬だぞ」
「っと、すまん」
慌てたオスカルに注意されたが覆水盆に返らず。
一度口にした言葉はなかったことにできない。
うん、副長さん、そんな目をしないで。
というか将校、下士官の皆様の目が痛すぎる。
「ええ、本当に」
だから執事さんの口から出てきた言葉に俺は驚くことになった。
あんたがそんなこと言って良いのか!?
そう突っ込む前に王女殿下が口を開く。
「良いのじゃ、公務中では困るがの」
今は私的な時間じゃからな。
彼女はいたずらっ子のように口角を上げ、それとは反対に眦を下げる。
「それで、昨日ぶりじゃの? 太郎?」
「……。王女殿下だったですね」
まぁ予想はしていたけどさ。
だって口止め料が神聖金貨だったし、迎えに来たのは王国の近衛兵だし、何よりルナが危険と判定していなかったからな。
冷静に考えればゴロツキ連中の服装も妙に整っていた気がする。
そういえば彼ら相手にもルナは警戒していなかった。
「もしかして生き埋めにしたゴロツキもお仲間だったりするのですか?」
「ん? まぁそうじゃの」
取り繕ったような笑顔で視線をそらす。
「太郎様。その節は手を抜いていただき、ありがとうございました」
執事のルーニーさんが王女殿下の言葉を引き継ぎ説明を続ける。
彼らは王家に仕えるの諜報部隊で、街に溶け込むためあのような格好と態度をとっていたらしい。
王城から抜け出し、行方不明になった王女様を探すために血眼であったらしい。
「それはなんともまぁ……。お仕事の邪魔をしてすみませんでした」
「いえいえ。おかげさまで王女様を無傷でお迎えできましたし、仲間たちも大した怪我はしておりません。少しばかり泥に塗れましたがその程度で済んで幸いでした」
そう言いながら右手を差し出してくるルーニーさん。
この人も苦労しているんだな。
そう思いながらその手を取った。
「んなっ!?」
と同時に世界が回転する。
いや、投げ飛ばされたのか!?
「ぐはっ!?」
「主様!? このっ!!」
「ハッ!」
「キャンッ!!」
俺が投げ飛ばされると同時にルナがルーニーさんの足元へ突貫。
俺を投げ飛ばし、体勢が崩れたところで体重の乗っている足を蹴り払おうとする。
だが、それも読まれていたのか一瞬で重心を切り替えたルーニーさんは突っ込んできたルナを蹴り上げた。
「このジジイ!!」
「ルナ様をお守りしろ!!」
その姿を見ていた下士官たちがルーニーさんへと躍りかかる。
会議室は一瞬で戦場へと変わった。
「グッ……」
「ゼハーッゼハーッ……」
「クソッタレ……」
一時間後、会議室で立っている下士官は一人も居なかった。
皆、傷だらけで床に転がっている。
「あーチクショウ……」
「気が済んだかの?」
「……、マリア様、お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」
だが、ルーニーさんも床に大の字で仰向けになっていたのだった。
「気にするでない、問題ない」
いや気にしろよ。
問題ありまくりだよ!
どうすんだよこの惨状!!
「な、なんじゃその目は? 妾は王女ぞ?」
「はぁ、もういいや……」
相手はお姫様だ。
敬語はいらないと言われて、一般人たる俺は分をわきまえるべき。
そう思ってきたが、何かいろいろと吹っ切れた。
「今は私的な時間だから許されるんだろ?」
ルーニーさんの横に転がったまま俺は悪態をつく。
後で問題になるかもしれないが、もうやけくそだ。
ああ、何度も投げ飛ばされて全身が痛い。
「許せよ。まぁなんだの、コヤツには怪我はさせるなと厳命しておいたのだがの」
「……」
手加減した上で十倍を超える相手に引き分けかよ。
化物かこの爺。
「しかしおぬし、最後まで魔法は使わなかったの」
「チッ……」
王女殿下が何か笑いを堪えるように俺にささやく。
そして舌打ちするルーニーさん。
いや、流石に身内相手に一撃必殺放つ訳にはいかないでしょうよ。
ある程度細かい制御出来るようになってきてるとはいえ、室内の乱戦で使えるほどじゃない。
それにルーニーさん早すぎて当てられる気がしなかったし。
「まぁ、認めてやるよ。クソガキ」
「それがあんたの素か」
最初の頃のいかにも執事といった落ち着いた雰囲気はどこへやら。
完全に街のゴロツキである。
「あ゛あ゛? 文句あるか?」
「いや、そっちの方が俺は好きだぜ」
「はっ、嫌味なやつだ」
「そりゃどうも」
後で聞いたのだが、ルーニーさんと昨夜のゴロツキたちは親友だったらしい。
それで今日は親友の仇をとってやる気満々だったと。
この主にしてこの執事と思ってしまう。
「さて、余興はこのくらいでよろしいですか?」
「ん、オスカル、すまぬな」
「いえ、なかなか面白いものが見れましたので」
涼やかに微笑むオスカルに、俺とルーニーさんの舌打ちが重なる。
そして続いた久しぶりの酩酊感に俺はため息を吐いたのだった。




