第十九話 脳に酸素が行かないと
「いらっしゃいませ! 眠れぬ小鳥亭へ!」
宿に入ると元気いっぱいといった様子の従業員らしき少女が出迎えてくれた。
中を見渡すと一階にはテーブルと椅子が並べられている。
どうやらここで食事を摂ることができるようになっているみたいだ。
「大人一人と子供二人宿泊したいんだけど」
「はいっ! 大人一人と子供一人、それにペットですね!」
俺たち以外だれも居ない宿に元気な声が響く。
いや、まって。
俺子供二人って言ったよね?
と思っている間にルナが肯定を返す。
「はい、それでお願いします」
「空いている部屋はあいにく三階のスイートしか無いのですがそれでよろしいですか?」
「あ、うん、それでいいよ」
ルナの反応をスルーし、少し焦ったようにまくしたてる少女に訝しみながらも、勢いに押されてスイートルームに宿泊することになってしまった。
スイートか、日本では一度も宿泊したことなんてなかったけど、どんな部屋なんだろう。
少し楽しみだ。
「食事は部屋にお持ちすればよろしいですね?」
「え、ああ、はい」
「それではご案内いたします」
下の食堂で食べてみたかったんだけどな。
だってほら、いかにも異世界って感じだし。
「食事は鐘六つを過ぎてから声をかけていただければお持ちしますので」
部屋の前に到着し鍵を渡されながら食事の説明がされる。
食事は白パンに野菜のスープ、それに肉料理だそうだ。
足りない場合は言ってもらえれば追加も可能。
また、持ち込み可なので出店で買ってきてもいいらしい。
「鐘六つ?」
「あ、お客様はもしかして王都は初めてですか?」
「うん、そうなんだ」
「なるほど、そうだったんですね」
少女いわく、王都では日の出から日の入りまでの間、約二時間ごとに鐘が鳴らされるそうだ。
日の出と同時に鐘が一つ鳴らされ、二時間後に二つ、そして一二時間後、日暮れと同時に六つ鐘が鳴らされる。
そして鐘六つとはこの日暮れの鐘の音のことを指すらしい。
「あと、数は三人分でよろしいですか?」
「うん? そうだね、それで頼むよ」
「承りました。正面だけでなく、あちらの階段から裏口に出れますのでよろしかったら使ってください」
そう言うと少女はその他諸々の説明を済まし一礼して踵を返した。
「あの子、なかなかやるわね」
「そうですね」
部屋に入るとリリーとルナがそんなことを口にする。
「そうなのか?」
「この宿、本当は獣人の宿泊禁止なんでしょ」
それをさらっと誤魔化して、スイートルームに案内する手腕はなかなかのものだ。
そういうことらしい。
「なるほどな」
「主様、気にしないで」
獣人差別に少し気を悪くしてしまい、不機嫌な雰囲気を漂わせてしまったようだ。
ルナから袖を引かれてそんなことを言われてしまった。
「あんた、ほんとボンボンよねぇ」
「ボンボンって今日日聞かねぇな……」
ともかく、せっかくのスイートだ。
楽しまないとな!
「ベッドは二つね、それじゃ私こっち使うから」
おい、奴隷。
まぁいいけどさ。
「それじゃ俺とルナはこっちな」
「はい」
「え?」
ぽかんとした顔をしてリリーが俺とルナの間で視線を往復させる。
なにか変なことでも言っただろうか?
「いや、ルナは私と……」
「私は主様と寝ます」
一緒に寝ようと誘うとしたがピシャリと断られるリリー。
どんまい!
「ふん、いいもん。わぁ! 一人で大きなベッド、楽しみだなぁ!」
リリーの空元気が少し痛かった。
風呂はなく、希望すればお湯を持ってきてくれるらしい。
その際はできれば一回で必要な量を言ってほしいと暗に言われた。
火をおこすのも大変だし、仕方ないんだろうな。
「それじゃ、王都へと繰り出しますかね!」
「おー!」
「はい」
宿を確保した俺たちは意気揚々と夕暮れの王都へと繰り出した。
「で、だ」
どういうことなの。
俺達は大人しく王都を楽しむつもりだったのに。
なんでこんなことになっているんだ。
「兄ちゃん悪いことは言わねぇ、そこのガキとエルフの娘置いて消えろや」
「ああ、獣人はいらねぇから持って返っていいぞ。良かったな」
「へっへ、兄貴、味見が楽しみですねぇ」
俺達は路地裏でいかにもゴロツキといった連中に囲まれていた。
足元にはへたり込み、うつむく少女が一人。
「あー、そのー、見逃してくれるって選択肢は?」
人間の最大の発明は言語だ。
これを持って人間は発展した。
だから俺は言語を持って事態を解決しようと試みる。
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」
「こんなお宝を見逃すようじゃ、ここじゃ生きていけねえんだよ!」
「なぁ兄貴、味見の順番はどうするよ? ぴぎゃっ!?」
黙ってろ!
と殴り飛ばされるチンピラ。
おお怖い。
おそらく俺達への脅しのつもりなのだろうが。
しかし思いっきり殴り飛ばされたチンピラ君、壁にぶつかって倒れたまま起き上がってこないけど大丈夫なのか?
「おぅ、護衛もなしに余裕だな?」
「ここいらじゃ兄ちゃんのいう事聞いてくれる人間なんて居ないんだぜ?」
「わかったらとっとと帰んな!」
こいつらに言葉は通じないらしい。
リリーを要求してこなければ少しは考えないでもなかったんだがな。
一応こいつは俺の奴隷、庇護下にいるわけで、それを見捨てるという選択肢はない。
「ねー、お腹へったからそろそろ帰ろうよ」
「リリー、さっき串肉食べてた。でも私もう眠いから帰りたいです」
それにしても緊張感の欠片もない二人である。
「それはそれでしょ!」
「なめてんのか!!」
「兄貴! もうやっちまいましょう!」
リリーとルナの余裕な態度に激高するゴロツキたち。
そしていつの間にか復活したチンピラ君。
そりゃそうだよな。
俺でも今イラッとしたもん。
そもそもこんな事態に陥ったのは君が原因なんですよ?
わかってます?
「ちっ、反省してまーっす。グエッ……」
「リリー調子乗りすぎ」
もとはといえばこいつが金も持たずに出店で買い食いを始めたのが原因なのだ。
いや、目を離した俺にも悪いところあるけどさ。
まさか一瞬目を離した隙に無銭飲食からの逃走ってコンボ決めると思わないじゃん。
店主に金払っている間に見失うし。
ルナがいなかったら見つけられなかったんだからな?
「はぁ。まぁ兄ちゃん、自分の教育が悪かったと思って諦めな」
「あーまぁ教育が悪いのは認めるところではあるけど、諦めはしないかな」
というか、あれだけ首締められてて反省全くしないリリーに教育を施すのは無理な気がする。
むしろあれか?
首締められすぎて脳みその細胞が少しあれなことになっているのでは……?
なんてことだ!
もう取り返しがつかない!!
そんな事を考えていると脇腹になにかがめり込んだ。
「痛っ!」
そんな、全く見えなかったぞ!?
俺が見えるより早く動いて攻撃してきたってことか!?
「グエッけほっ、あんたまたろくでもないこと考えてたでしょ……」
と思ったらリリーからの攻撃でした。
というか心の声を読むのはやめてくれ。
それに首締まるんだからやらなきゃ良いのにと思いつつ脇腹を擦る。
「あー、そいつ、兄ちゃんの奴隷じゃないのか?」
「いや、俺の奴隷だぞ」
「そうか……」
微妙な顔をされてしまった。
そりゃそうだよね。
自分の奴隷に殴られるなんて普通無いだろうし。
まぁ、売れ残りポンコツエルフを舐めるなってところかな。




