第十三話 借り
十分ほどの地面との愛の語らいを終え、キラキラするものを地面に残しなんとか立ち上がる。
「うっぷ、ふぅ。すまん、待たせた」
「気にするな。演習開始まではまだ時間があるからね」
それまでに間に部下を紹介しておこう。
そう言ってオスカルは俺たちを天幕へと案内する。
「みんな揃ってるかな?」
「はい、大隊将校、二十名、揃っております」
オスカルの問に副官らしき人物が敬礼をしながら返答する。
見れば全員鋭い目つきをしており、歴戦の勇士といった双眸だ。
「うん、それじゃ紹介するよ。太郎、彼らが僕部下たちだ。皆主流からは外れている者たちだが、能力は僕が保証するよ」
「えっと、山田太郎です。オスカル――様のご実家、ダヴォリ家に食客にて招かれております」
若干のどよめきが天幕の中に満ちる。
何か間違っただろうか、そう不安になってくる。
「はは、太郎、僕のことは呼び捨てでいいって言っただろ?」
「一応オフィシャルな場だと思うんだけど?」
「普段はそっちのほうが助かるけどね、ここは僕のホームだから」
「なるほど、それじゃ改めて、オスカルの友人、山田太郎です。今日は見学させてもらいに来ました」
天幕内の空気が弛緩する。
オスカルは彼らの信頼を得ているのだろう。
部下としては心強い限りだ。
「あとこっちの二人は俺の――仲間のリリーとルナです」
「リリーです」
「ルナ」
と、二人を前に出した瞬間、空気が一気に緊迫したものへと変わった。
え、なに?
何なの?
ルナ様とか言うつぶやきが聞こえてくる。
見れば下士官、獣人たちからの声だった。
「ほらほら、君たち、挨拶は?」
「はっ! 王軍第十七歩兵大隊はルナ様の訪問を歓迎いたします!!」
「……」
オスカルの促しに下士官たちが一斉に立ち上がり、敬礼を向けてくる。
ただしルナに。
えーっと?
「馬鹿者!! 貴様ら何を言っている!!」
「あ、は、はい、失礼しました! 太郎様、歓迎いたします!!」
「あとで罰走だぞ! 覚悟しておけ!」
副官が一歩遅れて怒号を飛ばすと、改めて俺は歓迎されたのだった。
「やぁ、なんかすまなかったね」
緑の丘の上で緊迫感のある演習を感心しながら本体陣地より見学する俺にオスカルが声をかけてくる。
「一体何だったんだ?」
「うーん、それがよくわからないんだよね。下士官連中、ああいう混乱は普段起こさないんだけど」
それに部隊の連中、特に獣人たちの気合の入れようが今日はおかしいとオスカルは続ける。
「あとで聞き取りはちゃんとするよ。それに君への詫びもね」
「理由は気になるけど詫びはいらないよ。十分罰は受けてるみたいだし」
罰走としてフル装備で一時間以上走らされていたしね。
これ以上はちょっとと思うんだ。
いくら風があると言っても、太陽が燦々と照りつけている中フル装備で一時間マラソン。
全員汗ですごいことになってたんだよね。
あと何故か幸せそうな顔をしていたのが気持ち悪かったってのもあるけど。
「それよりも、だ」
「うん? なにか気になることがあるなら言ってくれよ」
「ああ、教えてほしいんだが」
俺は一拍間をおいてオスカルに訪ねた。
「この地域には敵が進出しているのか?」
「何を、言っているのかな?」
怪訝な顔をするオスカルを横目にマップを確認していく。
少しばかり広域に拡大すると、多数の赤マーカーが集団で移動している様にみえた。
街道沿いではなく、少し離れたすぐには見えないであろう地点を。
「数はおおよそ三千、魔術師も複数いるな。隠蔽魔法を使っているようだ」
「ちょ、ちょっとまってくれ。どういうことだ? 三千だって!?」
その慌てぶり、やはり普通ではない事態ってことか。
「まだ距離はある。移動速度を考えると半日くらいかな? 今なら撤収すれば補足されることはないだろ」
「……、本当、なんだね?」
「嘘を言ってどうする」
街道から離れたところを進軍しているせいか、相手の進軍速度はかなり遅い。
これなら余裕で逃げれるだろう。
「わかった、ならば迎え撃たないといけないね」
「は?」
「僕はこれでも王国軍人だ。戦う覚悟はできている」
「いや、聞こえなかったか? 相手三千人だぞ?」
それに対してこちらは五百人と少し。
戦いは数だぞ?
「わかってる。だが、それでも足止めはできるはずだ。その間に防衛の準備を整えることはできる」
「俺の言葉を信じてないのか?」
そんなことはない。
手を震わし、歯を食いしばり、しかしその目は真っ直ぐだ。
俺を信じた上で、オスカルは覚悟を口にしているのだ。
「……、死ぬぞ?」
「誰かが足止めしないと、領内の村が略奪に合うかもしれない。それに僕には貴族としての義務もある。だから……」
……。
俺のマップを使えば、多少善戦することもできるよな。
なんせ相手の位置がリアルタイムで把握できるんだ。
それに収納を使って物資の運搬にも協力できるだろう。
いやいや、何をバカなこと考えているんだ。
俺は貴族じゃない。
それにまだ軍属でもない。
なんの義務もないじゃないか。
「太郎、君たちには一つお願いがある」
「なんだよ」
一緒に戦ってくれ、だろうな。
だが勘弁してもらいたい。
悪いがいくらお人好しでも自分の命のほうが大事なんだ。
それに、俺と違ってオスカルは貴族だ。
捕まっても殺されることはないはずだ。
「君は帰って、父に僕が勇ましく戦ったと伝えてくれ」
「……、自分で伝えろよ」
「それは、無理だよ。僕は死ぬまで戦うつもりだから」
それが、大尉の身でありながら大隊を任せられるという責任なのだ。
そうオスカルは呟いた。
「半日、いや、一日は稼いで見せる」
「……、やっぱだめだ」
ほんと、俺って馬鹿だなぁ。
「遺言はキミに届けてほしかったんだけどな……」
「俺も残る」
「何を、言っているのかな?」
「まだお前から飯おごってもらえてないし」
怖くて仕方ないっていうのに。
「は?」
「王都のうまい飯、おごってくれるんだろ?」
今なら逃げられるっていうのに。
「正気かい……?」
「友人に向かって失礼なやつだな」
それでも、俺は、友人を見捨てたくない。
「……、はは、はははっ」
「なんだよ」
出会ってたった一日。
「いや、そうだな。借りを踏み倒すわけには行かない。そういうことか」
「ああ、そうだよ。俺はきっちり取り立てるぜ?」
それでも、友は友なのだから。
「ああ、おっかない。次から君には借りを作らないように気をつけるよ」
「そうしてくれ」
俺たちはそう言いながら拳をぶつけ合う。
「っと……」
「おいおい、これから戦いだっていうのに大丈夫か?」
「……ああ、大丈夫だ。絶対な」
数日ぶりに何かが流れ込んでくる感覚。
はは、おあつらえ向きの能力じゃないか。
これを使えってことなんだよな?
自称神様よ。
俺は新たに得た能力を意識しながら覚悟を決めるのだった。




