第十一話 貴族の世界は狭い
ロロと別れたあと、俺は疑問符を大量に抱えながら応接室へと案内された。
フカフカのソファーがお尻に優しい。
なんせここのところ尻に対する拷問をずっと受けていたようなものだったからな。
座ると同時にティーカップがテーブルの上に配膳される。
そこから立ち上がる爽やかな香りが鼻孔に抜け、心を癒やしてくれた。
だが、そのカップが一つだけだったことに、そしてリリーとルナがソファーの左右に並んで立っている事に気がついた。
「ルナ、だめよ。立ってなきゃ」
「えぇ……、私も座りたい……」
「ん? 二人は座らないのか?」
このソファー柔らかくて気持ちいいぞ?
ぜひともみんなで堪能したい。
「私達は奴隷だしね。それにルナは獣人だから。普通は領主の館に足を踏み入れることすら許されないのよ?」
「そういうものか……」
納得はできないが理解はできる。
この世界のルールがそうなら、とりあえずは従わざるを得ないだろう。
「あと下手に奴隷を優遇すると下に見られるわ」
「我慢、する……」
その言葉は俺ではなくルナに向けられたものだったらしい。
ルナはしゅんとしてうなだれながらもリリーに従うのだった。
ううむ。
誰もいなければ好きに座れと言いたいところだが、この部屋には執事とメイドさんがいるからなぁ。
早いところ話をまとめて退席したいものだ。
なんの話をまとめるかもわからないから先行きが見えないのが辛いけど。
「あー、執事さん、ちょっといいかな? この子たちは別の部屋で待たせたいんだけど」
「えっ?」
「なんで……?」
俺が執事さんに声を掛けると、何故か左右に立つリリーたちから否やの声がかかる。
「話がいつまでかかるかわからないからさ」
「一緒がいい……」
そう言って俺の服の袖をつまむルナ。
おおぅ、思いのほか好感度が高い。
いやいや、そうじゃなくて。
「話中ずっと立っているのも辛いだろ? それに俺が気になるんだよ」
「まぁそうね」
「待ってる……」
「では、よろしいですか?」
絶妙なタイミングで執事さんが声をかけてくる。
ああ、そうだ、ついでに一つ追加のお願いをしておこう。
「彼女たちに軽く飲食できるものもお願いできますか?」
「承りました」
ルナの名残惜しそうな目線を扉が遮る。
いやね、流石に女の子二人を立たせたままゆっくりソファーに座ってお茶なんて飲めないって。
「やぁ、おまたせ」
「おぅ……」
そのまま応接室で待っていると白い騎士服に身を包んだロロが現れる。
その服は一体どこから用意したんですかねぇ……。
気にするだけ無駄か。
彼は優雅に俺の正面のソファーへと腰を掛け、テーブルの上に新たに置かれたカップへと手を伸ばす。
「やはりこの家の紅茶は素晴らしいね」
「飲み慣れてるのか?」
「うん? まぁね」
そのままお茶を一杯飲み干し、二杯目が注がれたあたりで扉をノックする音が聞こえた。
と、同時に勢いよく扉が開いた。
「アウグスティーノ叔父上、お久しぶりです」
そう言ってソファーから立ち上がるロロ。
その視線の先には貴族服を着込んだ五十代後半のおじさんが立っていた。
少し小太りで後退している額は昼下がりの太陽を反射し……って何いってんだ俺。
しかし叔父上ってなんだよ、叔父上って。
あんたら親戚なのかよ。
「ロロか! 久しいな! 壮健そうで何より!」
「はは、今は捕虜の身ですがね」
「ん?ああそうだったな!」
彼はロロの肩をバシバシと叩きながら楽しそうに笑い声を上げる。
「っと、いかんいかん! 失礼した、私はアウグスティーノ = ダヴォリ。ダヴォリ子爵家の当主である!」
グリっと顔をこちらに向けて急に自己紹介をしてくるダヴォリ子爵。
その勢いにあっけにとられ固まってしまった。
「そして、コヤツの叔父である!」
「はっ、えっと、俺は山田太郎です」
続く言葉に再起動し、なんとか返事を返す。
しかし貴族の世界は狭い、そういうことらしい。
戦争中の敵国とはいえ親戚付き合いはあると。
「そうか山田殿! 私の甥、ロロを無事に連れてきてくれた貴殿に感謝しよう!」
「ああ、いえ……」
俺も立ち上がり軽く会釈を返す。
なんという勢いのあるおっさんだ。
というか感謝しているなら早く開放して欲しい。
と、心では思っていても小市民な俺は口には出せないのだった。
「彼は素晴らしいですね、どちらの家の御曹司かはわかりませんが、無詠唱で魔法を行使。しかも私のミスリルの篭手を軽く貫通されてしまいましたよ」
「ほぅ? この歳で無詠唱? それも魔法耐性のあるミスリルの篭手をかね?」
関係のないことで気を紛らわしている間にも話は進む。
怪訝そうな眼差しを俺に向けてくるダヴォリ卿と笑みを浮かべるロロ。
一体何の話だ。
「ええ、この通り」
「なんと……」
ロロがメイドに向かって首をしゃくると、メイドが裂け目の入った篭手を取り出す。
それをみてダヴォリ卿は目を見開いた。
いや、無詠唱以前に魔法とかじゃないんですが。
あまり余計なことは言えないから黙っとくけどさ。
「ご主人様、そろそろ着席されたほうがよろしいかと」
「おお! そうだったな! 遠慮なく席にかけたまえ!」
「あ、はい、失礼します……」
執事さんの言葉に我に返ったダヴォリ卿の促しで再びソファーに座ると、俺の正面へドカリとダヴォリ卿がその尻を墜落、もとい着席された。
ロロは俺の右手のソファーへと移動するようだ。
なんでこっち?
「ふぅむ、して、身代金の交渉だったか?」
ああ、そうだった。
すっかり記憶から消去されるところだったよ。
俺は身代金の交渉に……、いや違うから。
生活!
俺のとりあえずの目的は生活基盤の確保だよ!
「ええ、奮戦虚しくも捕虜となってしまった私の身代金を叔父上に建て替えていただきたく」
「まったく、仕方のない甥だ! 私は一応敵国の貴族なのだぞ?」
苦言を呈しながらもその顔は嫌そうではない。
むしろ嬉しそうですらある。
仲がいいのはわかったから早くここから開放してくれ。
仕事探さなきゃいけないんだよ、俺は。
「そう冷たいことを言わないでくださいよ。帰国すれば必ず母上がお返ししますから」
「金はいらん。だがエリザにはたまには顔を出せと言っておけ!」
「承りました。母上には必ずお伝えします」
ロロは苦笑いを浮かべながら首肯を返した。
「それにしても、内乱が終結していないのによくちょっかいを掛ける余裕があるものだ」
「皇帝派はもう降伏寸前ですしね」
「とはいえもう一年以上になるだろう?」
「帝弟殿下は皇帝に属した貴族をすべて処刑、その財産を没収し補填に充てるつもりなのでしょう」
「まったく、戦争は貧民や獣人たちの人数調整に都合がいいのは認めるが、限度を超えていると思うのだがな」
人数調整ね。
十分に食っていけるだけのパイがないのであれば、ある程度は仕方がないのだろうが。
それは安全地帯に居る者のセリフだ。
調整される側の気持ちはと思ってしまう。
とは言え俺も今は調整される側だ。
とにかく生活基盤の確保をしなければ……。
「さて、それでは身代金だが、貴殿は何を望む?」
「俺の望みは生活基盤の確保です」
「なるほど、いいだろう」
「え?」
全く話を聞いていなかったところに振られ、思わず口から出た言葉。
それにダヴォリ卿は二つ返事で了承を返すのだった。




