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だから私はスポーツが嫌い  作者: とみた伊那
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36.水飲み百姓が天皇を押しのける

嫌な思いをしてバレエを習うことを辞めた。

しかし数年後、間違ってレッスンを再開してしまった。友人から他のバレエ団主催の、大人の初心者対象のクラスに行かないかと誘われたからだ。

しかしそれまでの教室で散々嫌な目にあってきたので、気が重い。さらにレッスン場所は憧れのバレエ団のスタジオである。熱心に誘う友達に動かされ

「バレエ団の練習スタジオを見る目的で一度だけレッスンを受けて、すぐにやめよう」

と思って体験レッスンを受けに行った。


レッスン当日。私のような人間がプロのバレエ団の建物の中に入るというだけでも勇気がいる。心の中は

(ここはスタイルが良くてバレエのうまい、選ばれた人だけが入る場所。私のような人間が入ってはいけない)

とビクビクして、なかなか建物の中に入れない。しかしいつまでも入り口でためらっていても仕方ない。

私は下を向いたまま、意を決してバレエ団の扉をずんっと開けた。何も考えず、下を向いたまま勢いで突き進むしかない。扉の向こうに、何かの物体の気配がある。それを押しのけてずんずん進む。受付で申し込みをしなくちゃ。

と思って顔を上げた。その時にその押しのけた物体の正体が分かった。


そのバレエ団のプリンシパルだった!


プリンシパルというのはバレエ団で一番うまくて、主役を踊る立場の人である。

M教師のクラスでは

「バレエのうまい人が偉い人。下手な人は身分が低い」

という暗黙のルールがあった。例えば下手な人が分からない事がある時は、直接教師に質問してはいけない。自分よりうまい他の生徒に聞かなくてはいけない。その人に聞いたら、一度で覚えてできるようになることが礼儀、となっていた。小さなバレエ教室の中でもそのルールである。それが素人の大人とバレエ団のプリンシパルとでは、いわば水飲み百姓と天皇くらいの身分の差がある。それが天皇を押しのけてしまったとあっては、その場で切り殺されても仕方ない。

「すみません、すみません。気付かなかったのです。どうか命だけは助けてください」

私は天皇と受付の女性に、必死に謝罪した。すると受付の人は

「いいのよ、あなたはお客さんだから」

と笑って言った。


この時、私は初めて運動の世界に「お客さん」という言葉があることを知った。

その教室で私は相変わらず、ずば抜けて出来なかった。しかしずっとお客様扱いをされていたので、一度だけのつもりが長く通い続けるようになった。そしてそのバレエ団は、今でもファンとして楽しく公演を見に行っている。


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