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だから私はスポーツが嫌い  作者: とみた伊那
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16.クラス対抗バレーボール大会・その5

さて、さんざんクラス対抗バレーボール大会での悪口を書いたが、そんなに自分はバレーボールが下手だったのだろうか。

思い出してみると、先ずサーブが相手側のコートまで届かない。よく本当の選手がテレビでやるようにボールを左手で上に放り上げ、それを上から打つサーブ。これはもちろんできない。ボールを左手で上げた後、右手で打つ時に右手がボールに当たらない。ちょうど良いタイミングがつかめないのだ。

しかしそんな上級者向けではなく、初級者用のサーブというものがある。左手の上に置いたボールを、右手で下から打つという方法である。これならばさすがの私でも、右手をボールに当てることはできる。

しかし、届かない。相手のコートまで。私がサーブを打った途端に、コートが伸びて遠くに行くのかもしれない。


バレーボールには、他にレシーブというものがある。私がレシーブの体制を整えて、ちょうどその手の上にボールが来た場合には拾うことはできる。それはそこにボールが当たるということで、その当たったボールがきちんと上に上がるという意味ではない。大抵の場合はそのまま斜め下に落ちて、私がレシーブをしたボールを他の人は拾ってくれない。それ以外の場所にボールが来た場合、自分の中ではちゃんとボールを追っているつもりだが、他の人から見るとボールに追いついていないらしい。


今になって考えてみると、ボールが来た時にそれに向かっていくというのは、自然の法則に反する行動ではないだろうか。人間にとって一番大切なのは生き延びることで、そのためにはボールが来たら『逃げる』ということを教えるのが教育というものではないだろうか。その人間が本能的に持っている防衛反応に逆らってまで、飛んできたボールに対して向かっていったのだから、それだけでも自分を褒めてあげたい。


そしてどれだけ出来なくても、それは体育の成績という個人の問題ではないだろうか。バレーボールが出来なくても生きていかれる。技術や必要性とは無関係に、全員参加のクラス対抗という「みんなで一つになりましょう。感動しましょう」という流れをずっと受けてきた。周囲はそのまま疑問を持たずに、勝ち負けに熱くなっていく。学校に行っている間、ずっとそれが続けられていた。


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