7.跳び箱のスター
よく「跳び箱は○段まで跳べる」という記録がある。私の場合、この記録が無い。何段であれ跳び箱を無事に跳んだ経験が一度も無いからだ。正確に言えば、今までの跳び箱は必ず四段から始めていた。もしかしたら三段とか二段にしたら跳べたかもしれない。しかしできない人のためだけに、そこまでやってくれる教師はいなかった。
小学校の体育の授業で先生が
「A君、この跳び箱を跳んでみて」
と言ったことがあった。A君は助走をつけて走り、皆が両側で見ているところを見事に跳び箱を超えた。両側から拍手。一躍跳び箱のスターとなった。すると先生は
「次、inaさん飛んで」
と言われた。頭の回転の遅い私はなぜここで自分が指名されたのか分からなかった。しかし自分なりに精いっぱい助走して跳んだ。私の身体は跳び箱の上にちょこんと乗った。周りは拍手どころか、し~んとしている。先生は
「みんな、ちゃんと見ましたか。このように跳び箱の前で走るのが遅くなるから跳べないのです」
と全員の前で言った。要するに悪い見本としてさらし者になった訳だ。
その時はまだひねくれていなかったので、これは自分が下手だからいけない、下手だからみっともない姿をクラス全員の前で見られなければならないのだと思った。下手なのは事実だが、それでも全員の前で悪い見本とされたことはひどく悲しかった。
今から思えば、助走の勢いを止めずに踏み切れば良いことくらいは、小学生の私でも分かっている。どうやったら跳び箱の直前でスピードを落とさずに踏み切れるのかが分からない。だから跳べないのだ。悪い見本をさせるのならば、ここをこうすれば良いというやり方を、そのできない人に丁寧に教えてこそ教師である。悪い見本としてさらし者にして終わりというのならば、それはその人を教えたことにはならない。自分の体育理論を公表したいだけの、先生の自己満足である。
あの時にさらし者になって悲しい思いをしたのは、自分が下手だったからではない。教える側に問題があったからだ。悪い見本とされるのならば、その悪い見本の人がちゃんと跳び箱を跳べるようになるまで教えない教師ことが恥ずかしい存在なのだ。




