月が綺麗な夜でした
王子様と出逢った日の綺麗な月のことを私は一生忘れないでしょう。
「今日は月が綺麗ですね」は「I love you.」の翻訳。夏目漱石が日本人の奥ゆかしさを表すために示した表現とされているけれど、まさにそんな綺麗な月に見つめられた中で、私は王子様の血を吸った。
12時を過ぎた私は吸血鬼としての姿で王子様の血を吸ってしまった。
それは…恥ずかしいけれど、私の家の掟では「求婚の儀式」。
まだ…16歳になっていないから結婚はできないけれど…私は、王子様の血を吸いながら、この身体のすべてを王子様に捧げることを心に決めたの。
運命の血液、運命の出逢い。
二人は出逢うべくして出逢ったの。
だから、私は自分の行動を迂闊だったなんて反省することはない。だって、王子様に声をかけられた瞬間から私の心はもう捕らわれていたの。優しい、優しい王子様。お母さんに読んでもらった絵本に出てきたのと同じで、私が困っていた時に颯爽と私を助けてくれた。
私はお姫様じゃなくて吸血鬼だけれど…女の子は誰だってお姫様に憧れるものなのです。
だから…王子様に絶対に秘密の吸血鬼としての姿を見られても嫌じゃなかったし、はじめてが王子様でよかったって本当にそう思ったの。
これからも私の初めてをすべて王子様に捧げていくのだから…その一歩としてノープロブレム!なの。
そんな運命なのに…王子様はなんだかこわばった表情をしている。どうしたんだろう?
「弥美ちゃん…とにかく落ち着いて話を聞いてね。僕がずっとここにいたら弥美ちゃんは悪い人になってしまうんだよ?そうしたらみんな悲しむでしょ?だから…」
「大丈夫なの!お母さんも初めてお父さんに逢った時にはおうちにご招待されたって言っていたから…間違ってないの!」
そう、昔聞いたお父さんとお母さんの出逢いの話。
お父さんは大和撫子さんが大好きで、浴衣姿で歩いていたお母さんの姿に一目ぼれをして衝動的に血を吸ってしまったらしいの。そうしたらお母さんは具合が悪くなってしまって、お父さんはお母さんを抱きかかえておうちで看病をしたの。眠らないで…目の前のオイシソウなお母さんにも我慢して、真摯に何日も…そんなお父さんにお母さんは心を開いたって言っていたから…これは全然間違いでも悪いことでもなくて、二人の愛の一歩目でしかないの!!
…なのに、王子様はげんなりとした顔。どうしてなの?
「えっとね、弥美ちゃん…ごめんなさい。あの、僕、実は恋人がいるから…弥美ちゃんとはお付き合いも結婚もできないんだ。」
!!?がーーーーん!!!
ここまで、がーんという効果音がぴったりな出来事を今まで私は体験したことがなかった。
王子様に…彼女?
そりゃ、優しくて素敵で、可愛くて美味しい王子様だもの…女の子に好かれるのも分かるけれども…そんな弥美より先に王子様と出逢うなんて許せない。…許せないし、弥美よりその子を大切にしようとする王子様は優しいけれどやっぱり…クヤシイ。
「し、仕方がないの…王子様がモテるのは当然なの。でも、王子様、きっとすぐに分かるの…彼女さんよりも運命なのは私だってこと!………ところで王子様の彼女さんのお名前と住所とお電話番号をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「よろしくないよ!個人情報が駄々漏れになっちゃうよ!?それになによりそれを聞いて一体どうするつもりなの!?」
「彼女さんと仲良くなりたいなと思いましたの…敵情視察と言うやつなのですわ!」
「いいよ、弥美ちゃん敵って言っちゃてるし…」
「ですが、王子様!おとぎ話におきましても王子様との恋愛に障害はつきものなのです。
私は、それを乗り越えてこそ…王子様と幸せになれるんです。さぁ、魔女さんを倒さないと!」
王子様に悪いことをするのは意地汚い魔女と相場は決まっているのです。私は魔女なんかに負けません。
ハーフの吸血鬼を舐めてもらっては困るのです。ハーフではありますが、普通の女の子とは違うのです。
憤怒している私を見て王子様はため息をつきます。
困ってしまいました…これも魔女の呪いなのでしょうか?
王子様の心をとらえるなんて…本当に許せないです。
「…えっと…弥美ちゃん、そうだ、将来の為にも僕は勉強をしに大学に行かないといけないんだ。
だから、とりあえず…腕を離してくれないかな?大学に行って、ちゃんと帰ってくるから。」
「は!?私との将来のことをちゃんと考えていて下さるなんて…さすが王子様なの!
それなら、それにお仕えするのが妻の役目…私も大学にお供いたします!」
「いやいやいや、ダメだよ!?弥美ちゃんはちゃんと高校に行かないと…」
「でも、王子様は大学に行くのですよね?」
「だって、僕は大学生だから高校には行けないよ。」
「そうなの、大学生が高校で授業を受けるのはおかしいことなの。でも、高校生が大学で授業を受けることはあるの!私も先日「オープンキャンパス」というのに参加したの!いろんな人がいたから…私が混ざっていてもノープロブレム!」
「…確かに、そっちの方が自然ではあるけれど、普通の授業だから紛れ込んだらダメだよ!」
「なら、授業中は学食でお待ちしておりますの!」
「…それなら…確かに部外者も大丈夫だけど…どうしてこうなってしまったんだろう…。」
「運命だからですの!」
何度不安になっても言い切ることができるの。
私と王子様の運命は絶対なの。
「…弥美ちゃん、もし僕が運命の人じゃなかったら離してくれるの?」
「王子様が…運命の人じゃなかったら…」
そのことはあまり話したくありません。だって私と王子様はもう掟を交わして、吸血鬼の姿も見られてしまったのだから…だからこれは本当に仮の話。
「もう、私は王子様の血を吸血鬼の姿で吸ってしまったの。ですから…王子様がもし(・・)私との結婚をしないというのなら…その血を全て…吸い尽くさせていただくことになりますの!」
見られたからには、秘密を洩らされないように…しなくてはいけないと教わった。
運命の人はきっとすべてを受け入れてくれるけれど、そうでなかった場合には…その血をもってあがなってもらうことになるの。だから、その運命の人もどきは吸血鬼の一部となって生きることになるの。
その言葉を発したときに、私は怖がらせないように笑顔で話したはずなのに…王子様は青白い顔になってしまったから私は慌てて付けたすの!
「大丈夫なの、王子様は私の王子様だから…絶対にそんなことにはならないの、ネ?
だって運命だもん!」
大丈夫、私が王子様の血を吸うのは…お食事の時だけ、だから王子様、運命の人でいてね。




