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紅い音色に想いを乗せて

紅い音色に想いを乗せて 8

作者: 庵原奈津

 相手を力任せに斬り伏せ、付き、弾き返す。ただただ目の前にある獲物を追いつめていく。息の根を止めるために。相手を自分の力にするために。喰らいつくすためだけに。前だけを見て、後ろは振り返らない。 振り返れば、私の人間の部分が目覚めてしまう。今は見てはいけない。見たら、逆に喰われる。藍澤宗助あいざわそうすけのことは、今は忘れないと。


春陽しゅんようさん! 後ろ!!)

「宗す――」


 僅かに残っていた残滓から発せられた警告の声。視界に茶色いものが映ったと思った瞬間、弾き飛ばされる。衝撃で骨が軋む音が聞こえた。全身を貫く痛みで身体が思うように動かせず、あっという間に木の根に絡め取られる。ぎりぎりと締め付けられ、全身の骨が悲鳴をあげた。口の中に鉄錆のような味が広がった。

息ができず、意識が遠のいていく。と思った時、ふと体の締め付けが途切れた。


 目の前を見ると、そこには樹希たつきが立っている。彼の眼は、いつもと違っていた。優しさなど微塵も感じさせず、冷徹に怪異の攻撃を防ぎ続けていた。

 やがて、樹希《》が後ろを振り返った。その深い緑色の瞳は、背筋がぞっとするほどの殺気に満ちていた。


松木忠雄まつきただおを喰うぞ。あいつだけは、絶対に逃がさない」


 無意識に敗れた服の袂を握った。手に伝わる、藍澤宗助あいざわそうすけの残滓。刀を取り、再び立ち上がり樹希たつきに背を預け、目の前の敵だけを屠ろうと動き続けた。怪異の攻撃をね退け、斬りつけ、喰い破ろうともがく。もがいてもがいて、もがき続けて――。


 突如、女性の背後から瘴気しょうきが吹きあがった。黒いもやの気配は重く、無数に赤く光る眼がうぞうぞとうごめいていた。ぞわりと肌が総毛だった。あまりの想いの多さに。嫉妬と哀しみ、怒り、殺意、絶望。様々な負の感情。周囲の怪異を取り込み、私達に斬られた自らの傷を急速に癒し力をつけた。


 強烈な感情を目にして、思わず体が固まる。これを飲み込めば、私は生きながらにして堕ちるかもしれない。あちら側に。そういう隊士を何度も見てきた。私達の末路は、消滅。もしくは化け物になる。


「退がれ! 呑まれるな!!」


 一瞬、樹希たつきに気を取られている隙に袂の布が破ける音がした。ついで松木忠雄まつきただおの手に――木の根に絡め取られたのは、紅い紐。


「あ――」


 藍澤宗助あいざわそうすけのかけらが宿った紐が、無残に引きちぎられる。彼がこの世にずっといた最後の証。藤皐月ふじさつきが悲しげに悲鳴を上げた瞬間、最後に残っていた理性がはじけ飛んだ。


 根を本能だけで避けていく。古木に迫り、力任せに斬ろうとする。その時――身体がものすごい勢いで後ろに引きずり倒された。先ほどまでいた場所を、轟音と共に茶色い物体が通り過ぎ、そのまま河に突っ込んだ。盛大な水しぶきは、雨のように私たちに降り注いだ。


春陽しゅんよう、大丈夫か……?」

「問題ない。もう、突っ込んでいかないよ。それより――」

「気が付いたか。どんどん藤皐月ふじさつきの気配が弱まってる」


 このまま松木忠雄まつきただおを斬ることができなければ、彼女は力尽きて同化させられるだろう。早く救わなければ。身を挺して、私たちを助けてくれた藍澤宗助あいざわそうすけのために。何よりも私自身が変わるために。


「やれるか?」

「お前こそ。無理やり封印破っただろ……藍澤宗助あいざわそうすけは?」

「喰った」

「――そうか」


 にやりと相棒が笑う。何か言いたげに。疑問には思うが、それは今気にするべきことではない。私たちが喰う必要があるのは、かつては松木忠雄まつきただおだったものだけ。うぞうぞと木の根が意志を持って、私たちを喰らおうとしている。巨大な気配が、辺りに満ちていた。


「胃もたれしそうなやつだな」

「――それは胃薬飲めば済む。行くぞ。全部喰らいつくしてやる」

「バイキングだな。俺も手伝ってやるよ」

「先にへばるなよ」

「ああ」


 横で樹希たつきの刀が輝いた。清廉な輝き。私のように血まみれ、鈍い輝きを放っているのものとは違う。


いつの間にか、あたりは静寂に満ちていた。


 松木忠雄まつきただおが動きを止め、私たちの様子を再び伺っている。縦に割れた爬虫類のような感情を宿さない瞳が、もう彼が人間の欠片を残していないことを知らせていた。


 喰う側か喰われる側かは一瞬で決まる。私は負けるわけにはいかない。藍澤宗助あいざわそうすけを喰ったのだから。藤皐月ふじさつきを助けるために、樹希を助けるために。だが、古木を斬れば彼女も一緒に消滅するだろう。すでに同化は進んでいて、切り離すことができない。私一人の力では……。


不意に、古木の根が動く。が、鈍い。樹希に松木忠雄まつきただおの攻撃を任せ、突っ込む。斬るために。あの怪異の全てを喰らいつくすために。


「あああああああああああああああああああああああああああ」


 気合と共に古木に牙を突き立てる。手ごたえがあった。

 藍澤宗助あいざわそうすけを飲み込んだとき同様、様々な記憶が自分の中に流れ込んでくる。人ひとり分ではなく、先日とは比べ物にならないくらい、大量の人の全てが。一瞬、自分のほうが飲み込まれかける。


 辛い。悲しい。壊したい。殺したい。喰らいたい。喰らいたい。喰らいたい。喰らいたい。喰らいたい喰らいたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい。


 少しでも消化しようとするが、器から力が溢れ出していた。わずかな抵抗も無駄に終わり、抗えない。このまま、堕ちるくらいなら――。


春陽しゅんよう! 春陽、こっちを見ろ。こっちだ。おい、おい!!!!!」

「ああああああああああああああああ」


 だんだんと自分が人から、化け物へと変化していく気がした。どこからが自分の『記憶』で、どこからが他人の『記憶』か分からない。境界線がどんどんあいまいになり、やがて。


ナニカガ、私ヲ内側カラ支配スル――。

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