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僕の彼方  作者: 佐保てん
7/11

晃介のショグウ(前)

 晃介は、携帯電話の目覚ましアラームを四時に設定している。

 意識が覚醒して、隣にいる彼方の存在を思いだし、しまったと軽く慌てながらアラームを止めた。

 ふと気がつく。昨夜よりベッドが広い。

 彼方がいない。夏用の薄い布団にくるまれていたのは晃介だけだった。

 「あ、おはようございます。お兄ちゃん」

 寝室の扉が開いて、セーラー服を着た彼方が入ってきた。髪もしっかり整えられていて、バレッタで可愛らしく飾っている。

 女児が青年を監視し、青年が女児を保護して、初めての朝だ。

 特に感慨も無く、彼方におはようを返す。

 「早いんだね、彼方ちゃん」

 「えっへん」

 腰に手を添え、無い胸を張る彼方。

 「彼方、ショートスリーパーなんです」

 「ふうん。彼方ちゃんのことだから、無防備な寝顔を見せたくないとかだと思った」

 「まあ、それもあります」

 「……ふうん」

 「さあさあお兄ちゃん、彼方に朝ごはんを作ってください!」

 「まだ早いって。太るよ」

 「……」

 「……シャワー浴びてくるね」

 「……はぁい」

 着替えを持って、ついでに彼方を抱きかかえた。「あら?」そして、彼女をベッドの上に放り投げる。

 「きゃーおそわれるーむさぼられるー」

 「何いってんの?」

 「マジなトーンですね!」

 「ほら、僕はしばらく戻らないし、寝たら?」

 「……眠くないです」

 「横になってるだけでもだいぶ違うからさ」

 「……」

 「じゃ」

 晃介は寝室を出て、シャワー室へ向かった。

 脱衣場の洗濯機のドラムを見やると、そこには彼方のパジャマと使用済みのタオルが乱雑に収まっていた。どうやら、彼方も寝起きにシャワーを浴びるタイプらしい。

 体が汚れていると、あらゆるパフォーマンスが格段に落ちる。波瀾万丈な人生を現在進行している彼方にとって、それは死活問題なのかもしれなかった。

 服を脱いで、風呂場に入る。彼方も入ったばかりだったのか、蒸れていた。

 コックを捻ると冷たい水が出てきたが、それもじきに温水になっていく。

 頭からお湯を被りながら、晃介は今日について考える。

 昨日、突然部署を変えられてしまった。それも四課。しかも特務室という、恐らく察するに喰人人物の対策室だ。

 いつも通り、お茶を汲みつつのデスクワークとはいかないだろう。

 はたして、何をさせられるのか。

 晃介はシャンプーボトルに手を伸ばした。




―――――――





 「お兄ちゃんは、いつもスーツを着ていますね」

 寝室のドアを開いた晃介に、彼方は開口一番そう言った。

 「そんなこと無いよ」

 「ありますよ」

 「まあ、一応公務員だし」

 「関係あります?」

 「仕事もあるし」

 「休みの日もよく背広を羽織っているじゃないですか」

 「だって公務員だし……あれ、なんで僕の休日の過ごし方を知ってるの?」

 「調べましたから」

 「……」

 「さて、朝ごはんとしゃれこみましょう?」

 「うーん、でも出勤までまだ時間が……そういえば彼方ちゃん。四課……ていうか、特務室ってさ、どんな仕事をすればいいの?」

 彼方は、ぱちくりと目を瞬かせた。

 「……あ、そういえばちゃんと説明していませんでしたね」

 ベッドに座り直した彼方は、髪の毛先を弄りつつ、足を組む。

 スカートと靴下の隙間から見えた傷から、晃介は目をそらした。

 「特務室は、便宜上四課に属しています。ですが、仕事の内容は勿論まったく違いますね。特務室において最優先されるのは、喰人人物の発生する原因の特定です」

 「駆除じゃなくて?」

 「優しい顔をしているのに、お兄ちゃんは、時たま情け容赦ありませんよね。彼方の言えたことじゃありませんが……」

 「え、ごめん」

 たしかに、今の発言は良くなかったかもしれない。何故なら、喰人人物といえど彼らはヒトとして分類されているから。

 あくまで、薬物中毒者であるというのが定説なのだ。

 つまり警察は、治安の為、彼方のような子供に人殺しをさせている。怒りがこみ上げるが、今そんな感情を爆発させたところで何にもならないから、理性で押さえつける。

 理性が納得しているかは別として。

 「まあ、そうですね。駆除は言い過ぎですが、彼方達はそういう行為を『執行』と呼んでいます」

 「執行?」

 「手続き無しの『死刑執行』ですよ」

 「……」

 「生きたまま捕獲することもありますよ、研究材料として。ただ、まず正規に逮捕出来ませんから。臭いものにはなんとやら、です」

 「……そっか」

 それを、子供にやらせるのが、この国なのか。

 「それで、僕は?」

 「はい?」

 「僕は、監視されるために、特務室に異動させられたんだよね」

 「……」

 「でも、それだけじゃないんじゃないかな?」

 昨日から、ずっと頭を悩ませていた。

 あの晩、晃介が彼方に遭遇した時。彼方は、晃介を処理するつもりだったのではないか。つまり、恐らく、殺処分。

 ならば、何故生かされた。

 「僕は、何をさせられるの?」

 「…………」

 「彼方ちゃん」

 「…………」

 彼方は、何も言わない。ただただ、微笑みながら晃介の目を見つめていた。

 だから晃介は、彼方の前にしゃがみこんだ。そして、豆だらけの小さな手を握り、彼方の笑顔を受け止める。

 「……」

 彼方が、口を開く。荒れ一つ無い唇を、短く動かす。

 その言葉は、ひどく簡潔だった。

 「別に?」

 「……」

 今度は、晃介が黙る番である。

 彼方の発言は、何かを誤魔化している風ではないと、お茶汲みの勘でわかったから。

 だから、額面通りに受け取り、だからこそ、晃介は閉口したのだ。

 黙り込んだ晃介を見て、彼方は困ったように苦笑する。

 「別に、お兄ちゃんに何も期待してませんよ。ただ、お兄ちゃんには彼方を保護して貰いたかっただけです。だって、お兄ちゃんは少年課の警察官じゃないですか」

 「……」

 「そして彼方は、この国の超問題児。良かったですね、お兄ちゃん。こんなに立派で大きな仕事を貰えて」

 「……」

 「まあ、お兄ちゃんは彼方のそばに居てくれれば良いですから。喰物からくらい、彼方が守ってあげますよ」

 「……」

 「だから、ねえ、晃介お兄ちゃん」

 「……」

 「お兄ちゃんは、彼方を守ってください。隠れ蓑として、隠れ家として」

 「……」

 「それが、お兄ちゃんのお仕事です。わかりましたか?」

 「……わかった」

 自身の必要性。生きる理由。

 それは現在、彼方に掌握されてしまっているのだと。

 それでも。

 「納得した」

 それでも、良いかな。と、晃介は思ってしまった。

 愚かにも。





――――――――





 朝食を済ませ、並んで歯を磨き、身支度を整えた二人は、車に乗って一緒に出勤した。

 見た目は小学生でも、彼方は学校には通っていないらしい。

 戸籍はあるのだろうか。今度、探りを入れてみよう。

 二人が向かったのは、昨日と同じ会議室。入ると、誰もいない。

 「……?」

 何か、違和感を覚えた。

 しかし、その何かが何なのかがわからない。

 「ねえ、彼方ちゃ」

 「バレットぉ!!」

 「え?」

 ガツンと、隅の掃除用具入れがけたたましい衝撃音を響かせた。しかし、その用具入れは頑丈に固定されているらしく揺れもしない。

 彼方を呼んだ声の主は、どうやらその中にいるようだ。

 「ちょ、開かねえ! 待てよオイオイちょっと待ってろ……やっぱ開かねえなあ!」

 「……」

 「……」

 「おーいバレットぉ!」

 「彼方ちゃん、呼んでるよ」

 「そうですね、呼んでます」

 「たーすーけーてー」

 「……彼方ちゃん」

 「わかりましたよ」

 心底嫌そうに、用具入れに向かう彼方。

 初めて目にする表情である。まあ、ちゃんと話せるような関係になったのは、つい昨日のことなので、当たり前と言えば当たり前である。

 彼方は、用具入れの指紋認証に親指を触れさせた。

 何故にそんなところに指紋認証があるのだ。

 その疑問を解消させる前に、用具入れの扉が勢いよく開け放たれ、人間が飛び出した。

 「会いたかったずぇーバレットぉ!」

 彼方の着ているセーラー服とよく似たデザインのそれを着た女子高生と思わしき人物は、彼方に抱き着き、その頭にぐりぐりと頬擦りをしていた。

 最近の女子高生にしては、なかなか豊満な体つきをしており、華奢な彼方は今にも取り込まれそうになっている。

 いやあ、彼方が埋まる埋まる。

 「彼方は別に会いたくなかったですよー取り敢えず彼方を解放してくださいーそして三メートル距離を置いてくださいー」

 「はっはっ、愛いやつよのぉ」

 「彼方が可愛いのは仕方ないですから、はーなーしーてー」

 キテレツな女子高生は、彼方を放すつもりは無いようである。

 彼方も気を許している(演技をしている)相手のようなので、晃介は傍観することにした。

 「『モノアイ』さーん!」

 用具入れの中から声がする。

 まさかと思ったが、また人が飛び出した。珍妙なロッカーだ。

 「よぉ『ドール』。お前も可愛がってやろうかぁ」

 「なに言ってるんですか、バレットさんがモノアイさんと融合しかけてるので止めてください!」

 「ほほぅ、面白い現象だぁねそりゃあ」

 「へんな所に興味を持たないでください! 比喩ですから!」

 「なぁんだ」

 パッと、彼方を解放したモノアイと呼ばれた少女。よくよく観察してみたら、右目に眼帯をしていた。なるほど、だからモノアイか。

 それを見て安堵のため息を吐いたのは、黒い学ランに身を包んだ、中学生くらいの男子だ。髪がうなじを隠すくらいまであるので、一緒女の子かと思ってしまったが、男だ。こちらは、何故ドールなのだろう。

 モノアイとドールは、ようやく晃介の存在を認知したらしい。

 片や、獲物を見つけた猛禽類のような凶悪さでにんまり笑い、片方は恐縮しきったように頭を垂れている。

 「バレットぉ。あれが新入りぃ?」

 「はい、そうですよ。晃介お兄ちゃんです」

 「大人じゃん」

 「でも、鼻は利くようですよ」

 「ほほぅ、それまた珍しい!」

 ツカツカとローファーを鳴らしながら近づいてきたモノアイは、目と鼻の先に立つと晃介を舐め回すように観察し始めた。

 何か、通過儀礼だろうか。晃介は遠慮の無い視線に堪える。

 「うん、可愛い」

 「……は?」

 「合格!」

 ビシッと、親指を立てたモノアイ。

 どうやら、彼女のお気に召したらしい。それが、吉と出るか凶と出るのか。

 「あ、あの」

 いつの間にか、男子中学生がそばにいた。

 前髪が長くて、目元が伺えない。見た目からも言動からも、彼が内気な人間なのだと察せよう。

 「はじめまして、ドール、です!」

 若干上擦りながらも挨拶をしてくれたドール。

 「こちらこそ、はじまして。日暮晃介。巡査です」

 「あっ! えっと、俺は……」 「晃介お兄ちゃん」

 ドールの言葉を遮り、彼方は晃介の袖を引っ張る。

 「自己紹介は済みましたよね。さっさと用を片付けましょうよ」

 「そういえば、この会議室に何の用があるの?」

 「ここじゃありません」

 彼方が指し示す。しかし、モノアイとドールが邪魔で何があるのかわからない。

 わからない。何故なら、そこには掃除用具入れのロッカーしかないのだから。

 「行きましょう」

 「か、彼方ちゃん!?」

 用具入れには、何も入っていなかった。

 その狭い空間に、晃介は彼方に押し込まれる。

 「お兄ちゃん、彼方が扉を閉めたら、自分のフルネームを言ってください」

 「はい?」

 「それじゃあ、頑張ってね」

 彼方は、思わず魅蕩れてしまうくらいにっこりと笑って、扉を閉めてしまった。

 「……出たら、怒られそうだな」

 なので、晃介は口を開いた。

 「日暮晃介」

 途端、足場が無くなり、晃介は落下した。

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