人間とショクブツ(後)
車を走らせると、彼方は後部座席で武器の点検を始める。詳しい話は聞いていなかったが、やはりアレが現れたのだろう。
彼方の目はあまりに無機質で、見ていられないので晃介はずっと運転に集中していた。
彼方は、何故あんなものと戦っているのか。二回の戦闘、どちらも圧倒的ではあったが、やはり子供がやるようなことではないと思う。
大人がやればいい。たとえ彼方が強くとも、きっと訓練された大人には及ばない。
及ばない、はずだが。
しかし、当の彼方はどうやらそんなこと疑問にも思っていないようである。黙々と、粛々と、戦闘の準備を整えていた。
数十分後、とある全国チェーンの本屋に到着する。
駐車場に車を停めた晃介は腕時計を確認した。昼過ぎだ。
「現場は、ここから少し離れたところです」
そう言いながら降りる彼方。晃介も車のキーを抜いてドアを開いた。
すると、誰かが本屋から出てきてこちらに近づいてくる。
見覚えのある顔だ。
「よぉ、バレット」
「ごきげんよう、安住のおじ様」
そうだ、四課の警部。安住正盛。顔に傷のある男。
晃介の病室やって来て、脅迫していったあの安住だ。
彼方の頭を撫でていた安住は、晃介の方を見るとニヤリと笑った。顎の傷が歪む。
「また会ったな、日暮。養生したか?」
「……あはは、お陰様で」
「ほう、そいつぁ良かった」
「おじ様ぁ。晃介お兄ちゃんは彼方の部下なんですから、勝手に話しかけないでくださいよう」
「保護者の間違いだろ。ま、バレットの部下ってことは俺の部下ってことだ、四課に配属されたんだからな」
「むー」
膨らんだ彼方の頬を、安住の無骨な指がつつく。少なくとも、安住は彼方に好意的だ。
と、緩んでいた安住の顔が真面目なものになる。
「今、月島が偵察に行っている。そろそろ連絡が来るだろう」
「わかりました、近くで待機します。行きましょう、お兄ちゃん」
「わひあっ」
背広の裾を引っ張られ、情けない声が出てしまった。
彼方は満足げに笑う。
「彼方、お兄ちゃんのそういう抜けてるところ好きですよ」
「そりゃ、どーも……」
「でも、今から行く場所でそれは命取りですから、やめてください」
「……はい」
「さ、行きますか」
裾を掴んだまま歩き出されたので、晃介は後ろ向きによたよたと歩く羽目になる。
安住は、そんな二人に軽く手を振った。晃介は、それを睨む。
何故、安住は自分で行かないのだ。何故、そんな気軽に彼方を送り出せる。
あんなに、親しげだったのに。
「お兄ちゃん」
「なに、彼方ちゃん」
「おじ様は悪くないんです」
「……」
「誰も、悪くない」
けれど、彼方は悲しげで。
たとえ作り物の表情だとしても、そんな顔はさせたくなかった。
そう、思った。
――――――――
「あ、バレットさん」
見た顔、月島が彼方に気がついて駆け寄ってくる。
ここは、とある百貨店の前。人通りも多い場所である。しかし、ランドセルを背負ったセーラー服の女児はやはり目立つらしい。
月島という男は、彼方とは違う真っ当な覚えにくい顔立ちをしていた。特徴が無く、長所も短所も無い、ありふれた顔をしている。
彼がかけている赤いフレームの眼鏡だけが個性と呼べた。
「あ、月島のお兄ちゃん、お疲れ様です」
「恐縮です!」
「それで、ホシは?」
「は、ただいまご案内します!」
「よろしくお願いします」
と言って、二人は近くに停車している黄色いタクシーに近寄る。晃介もそれに続く。
タクシーのドアが開いたので、彼方が助手席に、晃介と月島が後部座席に座った。クーラーが効いていて、とても涼しい。
「どちらまで?」
「えっと……」
月島は目的地をドライバーに伝える。それは、ここからだいぶ離れた駅で、それなら最寄り駅から電車に乗った方が早いはずだ。
電車が使えない理由があるのだろうか。
タクシーが動きだし、メーターもカウントを始めた。
「ご家族ですか?」
「ええ、いとこです。親戚の葬儀があって、今帰りなんですよ」
「あー、そうでしたか」
月島がすらりと答えた出任せは、用意にドライバーを納得させた。
兄妹には見えないし、いとこは妥当だろう。
月島が旅行バッグを持っているのも一因かもしれない。
「じゃあ、近道使いますね」
「お願いします」
「おねがいしまーす」
その声に反応して、ドライバーは彼方を見た。
そして、息を飲む。
「……………」
「前を見てください!おじ様!」
「あ、あっ! ごめんね!!」
車は歩道側に寄っていた。慌ててハンドルをきるドライバー。
晃介も、内心冷や汗をかいた。
「ごめんねお嬢ちゃん。びっくりさせちゃったね」
「もう、気をつけてください」
「いや、あはは。しかし、美人さんだねぇ……」
「ありがとうございます」
そして、車内は静かになった。とくにしゃべる必要も無い。
晃介は外を眺めた。彼は丁度ドライバーの後ろに座っているので、加齢臭がいやに鼻につく。
窓を開けたい。が、失礼かもしれないと堪えることにした。
そして、時間が流れた。
「…………」
おかしい。いくら近道を通っていると説明されたところで、この方向はおかしい。
もう、目的の駅を通りすぎているではないか。
ドライバーの様子に変化はない。思い切って、声をかけることにした。
「あの、すみません。駅ってそっちじゃないですよね?」
「…………」
「……あの」
「いいんですよ」
「は?」
「間違っちゃいません。もうすぐ目的地です」
「……」
月島は携帯電話を弄っている。彼方に至っては、ランドセルを膝上に抱いて眠っていた。
なんだか、嫌だ。お茶汲みの勘がそう囁いている。
「あの、もう降ります」
「駄目だっ!!」
「!!」
「……いや、もうすぐですから。辛抱してくださいよ」
匂いが更にきつくなる。
加齢臭なんかじゃない。これは、腐臭とか死臭の類いだ。
なるほど、わかった。
「喰物……」
「やっと気づいたんですか」
そう答えたのは、携帯電話でゲームに興じる月島だった。
「まあ、俺なんて匂いもわからないんですけど。『ドール』さんに教えて貰っていたから知ってるだけですし」
「『ドール』?」
「でも、その歳で匂いがわかるなんて、若いなあ」
ははっ、と月島は笑った。その顔には余裕の色がうかがえる。
「大丈夫ですよ、バレットさんがいる限り」
「……君も、彼方ちゃんを」
「彼方? もしかして、バレットさん、今はその名前なんですか?」
「え?」
タクシーが止まった。
辺りを見てみれば、雑木林。人気なんて勿論無い。皆無だ。
「着きましたよ。降りてください」
ドライバーがレバーを引くと、タクシーのドアがぱっかりと開いた。
月島は、目の前にある彼方の肩を揺する。
「ほら、起きてくださいバレットさん」
「…………起きてます」
「そうですか。ほら、さっさと降りて」
「むー…………わかりました。お二人も降りてください」
言われたので、運転席とは反対側のドアから二人とも降りた。
車内に籠った異臭から解放されたので、土の匂いに落ち着いてしまう。
「おじ様」
「なんだい、お嬢ちゃん」
「慣れてますね」
「……」
「人を殺した匂いが染み付いてる。くさい」
「聡いお嬢ちゃんだ」
さて、と。ドライバーはタクシーのトランクを開いた。中から取り出したのは、鉞だった。
「欲しいのは、お嬢ちゃん、君だけだ」
「……」
「だから、お兄さん達には普通に死んで貰おう。そうしよう」
晃介に近づき、そして、鉞を振り上げるドライバー。――――なので、彼方は先ほどタクシーから降りる際に隠し持ったハンドガンでドライバーを撃った。
「ぁ?」
雑木林の中に響く発砲音。サイレンサーはついていない。
だから、命中精度も威力も段違いで。
その弾丸は、ドライバーのこめかみを撃ち抜いていた。
「退け、晃介!!」
「あ……っ」
全速力で後退する晃介。背中を向ける直前、ドライバーの腕が波打ったような気がした。
「月島ぁ!!」
「ハイ!!」
月島は旅行バッグから、黒光りするアサルトライフルを取り出して、彼方に手渡した。
彼方は、ライフルのストック部分を胸の辺りにつけて、射撃を開始する。
「月島さん!」
「日暮さん、あの距離でよくご無事でしたね。流石はバレットさん」
「あの、月島さんは応戦しないんですか!?」
「しないですよ」
「なんで!!」
「じゃあ、日暮さんは戦います?」
ある意味、当然の返しだった。二の句がつけない。
晃介の中に、彼方の代わりに戦うという選択は、始めから無かったのだ。
「第一、俺なんかが入ったとこでバレットさんの邪魔になるだけですよ」
「月島ぁ!! サブ!!」
「了解!」
駆け寄ってきた彼方に、月島はサブマシンガンを差し出した。
ドライバーの右腕は、肩まで裂けていた。それでいて、中の骨が牙のように変形している。
彼方は、駆け出しながら、サブマシンガンを撃ちまくった。
それは、確実にドライバーを、喰物を弱体化させている。
「さっさと……」
喰物の足元に滑り込んだ彼方は、銃口を上向きにした。
「逝けよ。くっせーんだよ」
止まない発砲音と、空薬莢の雨。吹き飛ぶ腕らしきもの。
そして、喰物は動きを止めた。
彼方が蹴り飛ばすと、喰物は倒れて土にまみれた。
「いやぁ、流石バレットさん」
「……」
「…………あの、日暮さんってバレットさんに同情とかしてません?」
「……しないわけ、無いでしょう」
「えーっと、やれやれ?」
肩をすくめて、月島は首を横に振った。
殴りたい。けれど、晃介に殴る権利なんて無い。
「日暮さんは、何も知らないんだから、当たり前か」
月島は、勿体振ってため息を一つ吐いた。
そして、危機として語り始める。彼方のことを。
それはあまりにも、突飛で。受け入れがたいのに、納得がいってしまった。
「おーいお二人ともー!」
彼方が呼んでいる。二人は、ゆっくりと歩いた。
――――――――
帰りは、タクシーを拝借した。薬莢はともかく喰物の死体を放置するわけにはいかないので、それはトランクに詰めて。
本屋に着くと、レッカー車が手配されていたので、後処理は任せることにした。
そして、晃介と彼方は、覆面パトカーでマンションに帰宅したのだった。
そんなこんなで、二人は風呂に入っている。一緒に。
「喰物は、特有の、そうですね……フェロモンのようなものを発しています」
晃介の膝の上に乗り、肩までお湯に浸かりながら彼方は講義を始めた。
「そのフェロモンは、人間の子供にしかわかりません。稀に、お兄ちゃんのような人もいるんですけど」
「最初は加齢臭かと思った。けど、砂奈子さんはそんな匂いしなかったよ?」
「フェロモンは、人を食べるごとに強烈になっていくんです。ナースのお姉さんは、あれが初犯だったんでしょう。むしろ、いい香りがしたんじゃないですか?」
「そうかも……うん、そうだね」
「だから、喰物の捜査には彼方のような子供が使われるんですよ」
「……」
「仕方無いんです」
彼方の顔は見えない。けれど、全身はくまなく観察できた。
身体中に刻まれた、古傷の数々。
「……彼方ちゃん」
「なんですかぁ?」
「どうして、バレットなんだい?」
「……」
一瞬、彼方は黙り込んだ。
そして、感情が読み取れないくらい明るい声で、彼方は答えた。
「……月島のお兄ちゃんに聞いたでしょう? 『鉄砲玉』だからですよ」
「本当……なんだ」
「はい。ヤクザを五十人以上殺したシリアルキラー」
くるりと、振り向く彼方。
それは、至極妖艶な笑みだった。
「それが、アタシ。」
だから何です?
と、彼方の唇が晃介のそれに重ねられた。




