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僕の彼方  作者: 佐保てん
5/11

人間とショクブツ(後)

 車を走らせると、彼方は後部座席で武器の点検を始める。詳しい話は聞いていなかったが、やはりアレが現れたのだろう。

 彼方の目はあまりに無機質で、見ていられないので晃介はずっと運転に集中していた。

 彼方は、何故あんなものと戦っているのか。二回の戦闘、どちらも圧倒的ではあったが、やはり子供がやるようなことではないと思う。

 大人がやればいい。たとえ彼方が強くとも、きっと訓練された大人には及ばない。

 及ばない、はずだが。

 しかし、当の彼方はどうやらそんなこと疑問にも思っていないようである。黙々と、粛々と、戦闘の準備を整えていた。

 数十分後、とある全国チェーンの本屋に到着する。

 駐車場に車を停めた晃介は腕時計を確認した。昼過ぎだ。

 「現場は、ここから少し離れたところです」

 そう言いながら降りる彼方。晃介も車のキーを抜いてドアを開いた。

 すると、誰かが本屋から出てきてこちらに近づいてくる。

 見覚えのある顔だ。

 「よぉ、バレット」

 「ごきげんよう、安住のおじ様」

 そうだ、四課の警部。安住正盛。顔に傷のある男。

 晃介の病室やって来て、脅迫していったあの安住だ。

 彼方の頭を撫でていた安住は、晃介の方を見るとニヤリと笑った。顎の傷が歪む。

 「また会ったな、日暮。養生したか?」

 「……あはは、お陰様で」

 「ほう、そいつぁ良かった」

 「おじ様ぁ。晃介お兄ちゃんは彼方の部下なんですから、勝手に話しかけないでくださいよう」

 「保護者の間違いだろ。ま、バレットの部下ってことは俺の部下ってことだ、四課に配属されたんだからな」

 「むー」

 膨らんだ彼方の頬を、安住の無骨な指がつつく。少なくとも、安住は彼方に好意的だ。

 と、緩んでいた安住の顔が真面目なものになる。

 「今、月島が偵察に行っている。そろそろ連絡が来るだろう」

 「わかりました、近くで待機します。行きましょう、お兄ちゃん」

 「わひあっ」

 背広の裾を引っ張られ、情けない声が出てしまった。

 彼方は満足げに笑う。

 「彼方、お兄ちゃんのそういう抜けてるところ好きですよ」

 「そりゃ、どーも……」

 「でも、今から行く場所でそれは命取りですから、やめてください」

 「……はい」

 「さ、行きますか」

 裾を掴んだまま歩き出されたので、晃介は後ろ向きによたよたと歩く羽目になる。

 安住は、そんな二人に軽く手を振った。晃介は、それを睨む。

 何故、安住は自分で行かないのだ。何故、そんな気軽に彼方を送り出せる。

 あんなに、親しげだったのに。

 「お兄ちゃん」

 「なに、彼方ちゃん」

 「おじ様は悪くないんです」

 「……」

 「誰も、悪くない」

 けれど、彼方は悲しげで。

 たとえ作り物の表情だとしても、そんな顔はさせたくなかった。

 そう、思った。




――――――――




 「あ、バレットさん」

 見た顔、月島が彼方に気がついて駆け寄ってくる。

 ここは、とある百貨店の前。人通りも多い場所である。しかし、ランドセルを背負ったセーラー服の女児はやはり目立つらしい。

 月島という男は、彼方とは違う真っ当な覚えにくい顔立ちをしていた。特徴が無く、長所も短所も無い、ありふれた顔をしている。

 彼がかけている赤いフレームの眼鏡だけが個性と呼べた。

 「あ、月島のお兄ちゃん、お疲れ様です」

 「恐縮です!」

 「それで、ホシは?」

 「は、ただいまご案内します!」

 「よろしくお願いします」

 と言って、二人は近くに停車している黄色いタクシーに近寄る。晃介もそれに続く。

 タクシーのドアが開いたので、彼方が助手席に、晃介と月島が後部座席に座った。クーラーが効いていて、とても涼しい。

 「どちらまで?」

 「えっと……」

 月島は目的地をドライバーに伝える。それは、ここからだいぶ離れた駅で、それなら最寄り駅から電車に乗った方が早いはずだ。

 電車が使えない理由があるのだろうか。

 タクシーが動きだし、メーターもカウントを始めた。

 「ご家族ですか?」

 「ええ、いとこです。親戚の葬儀があって、今帰りなんですよ」

 「あー、そうでしたか」

 月島がすらりと答えた出任せは、用意にドライバーを納得させた。

 兄妹には見えないし、いとこは妥当だろう。

 月島が旅行バッグを持っているのも一因かもしれない。

 「じゃあ、近道使いますね」

 「お願いします」

 「おねがいしまーす」

 その声に反応して、ドライバーは彼方を見た。

 そして、息を飲む。

 「……………」

 「前を見てください!おじ様!」

 「あ、あっ! ごめんね!!」

 車は歩道側に寄っていた。慌ててハンドルをきるドライバー。

 晃介も、内心冷や汗をかいた。

 「ごめんねお嬢ちゃん。びっくりさせちゃったね」

 「もう、気をつけてください」

 「いや、あはは。しかし、美人さんだねぇ……」

 「ありがとうございます」

 そして、車内は静かになった。とくにしゃべる必要も無い。

 晃介は外を眺めた。彼は丁度ドライバーの後ろに座っているので、加齢臭がいやに鼻につく。

 窓を開けたい。が、失礼かもしれないと堪えることにした。

 そして、時間が流れた。

 「…………」

 おかしい。いくら近道を通っていると説明されたところで、この方向はおかしい。

 もう、目的の駅を通りすぎているではないか。

 ドライバーの様子に変化はない。思い切って、声をかけることにした。

 「あの、すみません。駅ってそっちじゃないですよね?」

 「…………」

 「……あの」

 「いいんですよ」

 「は?」

 「間違っちゃいません。もうすぐ目的地です」

 「……」

 月島は携帯電話を弄っている。彼方に至っては、ランドセルを膝上に抱いて眠っていた。

 なんだか、嫌だ。お茶汲みの勘がそう囁いている。

 「あの、もう降ります」

 「駄目だっ!!」

 「!!」

 「……いや、もうすぐですから。辛抱してくださいよ」

 匂いが更にきつくなる。

 加齢臭なんかじゃない。これは、腐臭とか死臭の類いだ。

 なるほど、わかった。

 「喰物……」

 「やっと気づいたんですか」

 そう答えたのは、携帯電話でゲームに興じる月島だった。

 「まあ、俺なんて匂いもわからないんですけど。『ドール』さんに教えて貰っていたから知ってるだけですし」

 「『ドール』?」

 「でも、その歳で匂いがわかるなんて、若いなあ」

 ははっ、と月島は笑った。その顔には余裕の色がうかがえる。

 「大丈夫ですよ、バレットさんがいる限り」

 「……君も、彼方ちゃんを」

 「彼方? もしかして、バレットさん、今はその名前なんですか?」

 「え?」

 タクシーが止まった。

 辺りを見てみれば、雑木林。人気なんて勿論無い。皆無だ。

 「着きましたよ。降りてください」

 ドライバーがレバーを引くと、タクシーのドアがぱっかりと開いた。

 月島は、目の前にある彼方の肩を揺する。

 「ほら、起きてくださいバレットさん」

 「…………起きてます」

 「そうですか。ほら、さっさと降りて」

 「むー…………わかりました。お二人も降りてください」

 言われたので、運転席とは反対側のドアから二人とも降りた。

 車内に籠った異臭から解放されたので、土の匂いに落ち着いてしまう。

 「おじ様」

 「なんだい、お嬢ちゃん」

 「慣れてますね」

 「……」

 「人を殺した匂いが染み付いてる。くさい」

 「聡いお嬢ちゃんだ」

 さて、と。ドライバーはタクシーのトランクを開いた。中から取り出したのは、まさかりだった。

 「欲しいのは、お嬢ちゃん、君だけだ」

 「……」

 「だから、お兄さん達には普通に死んで貰おう。そうしよう」

 晃介に近づき、そして、鉞を振り上げるドライバー。――――なので、彼方は先ほどタクシーから降りる際に隠し持ったハンドガンでドライバーを撃った。

 「ぁ?」

 雑木林の中に響く発砲音。サイレンサーはついていない。

 だから、命中精度も威力も段違いで。

 その弾丸は、ドライバーのこめかみを撃ち抜いていた。

 「退け、晃介!!」

 「あ……っ」

 全速力で後退する晃介。背中を向ける直前、ドライバーの腕が波打ったような気がした。

 「月島ぁ!!」

 「ハイ!!」

 月島は旅行バッグから、黒光りするアサルトライフルを取り出して、彼方に手渡した。

 彼方は、ライフルのストック部分を胸の辺りにつけて、射撃を開始する。

 「月島さん!」

 「日暮さん、あの距離でよくご無事でしたね。流石はバレットさん」

 「あの、月島さんは応戦しないんですか!?」

 「しないですよ」

 「なんで!!」

 「じゃあ、日暮さんは戦います?」

 ある意味、当然の返しだった。二の句がつけない。

 晃介の中に、彼方の代わりに戦うという選択は、始めから無かったのだ。

 「第一、俺なんかが入ったとこでバレットさんの邪魔になるだけですよ」

 「月島ぁ!! サブ!!」

 「了解!」

 駆け寄ってきた彼方に、月島はサブマシンガンを差し出した。

 ドライバーの右腕は、肩まで裂けていた。それでいて、中の骨が牙のように変形している。

 彼方は、駆け出しながら、サブマシンガンを撃ちまくった。

 それは、確実にドライバーを、喰物を弱体化させている。

 「さっさと……」

 喰物の足元に滑り込んだ彼方は、銃口を上向きにした。

 「逝けよ。くっせーんだよ」

 止まない発砲音と、空薬莢の雨。吹き飛ぶ腕らしきもの。

 そして、喰物は動きを止めた。

 彼方が蹴り飛ばすと、喰物は倒れて土にまみれた。

 「いやぁ、流石バレットさん」

 「……」

 「…………あの、日暮さんってバレットさんに同情とかしてません?」

 「……しないわけ、無いでしょう」

 「えーっと、やれやれ?」

 肩をすくめて、月島は首を横に振った。

 殴りたい。けれど、晃介に殴る権利なんて無い。

 「日暮さんは、何も知らないんだから、当たり前か」

 月島は、勿体振ってため息を一つ吐いた。

 そして、危機として語り始める。彼方のことを。

 それはあまりにも、突飛で。受け入れがたいのに、納得がいってしまった。

 「おーいお二人ともー!」

 彼方が呼んでいる。二人は、ゆっくりと歩いた。



――――――――






 帰りは、タクシーを拝借した。薬莢はともかく喰物の死体を放置するわけにはいかないので、それはトランクに詰めて。

 本屋に着くと、レッカー車が手配されていたので、後処理は任せることにした。

 そして、晃介と彼方は、覆面パトカーでマンションに帰宅したのだった。

 そんなこんなで、二人は風呂に入っている。一緒に。

 「喰物は、特有の、そうですね……フェロモンのようなものを発しています」

 晃介の膝の上に乗り、肩までお湯に浸かりながら彼方は講義を始めた。

 「そのフェロモンは、人間の子供にしかわかりません。稀に、お兄ちゃんのような人もいるんですけど」

 「最初は加齢臭かと思った。けど、砂奈子さんはそんな匂いしなかったよ?」

 「フェロモンは、人を食べるごとに強烈になっていくんです。ナースのお姉さんは、あれが初犯だったんでしょう。むしろ、いい香りがしたんじゃないですか?」

 「そうかも……うん、そうだね」

 「だから、喰物の捜査には彼方のような子供が使われるんですよ」

 「……」

 「仕方無いんです」

 彼方の顔は見えない。けれど、全身はくまなく観察できた。

 身体中に刻まれた、古傷の数々。

 「……彼方ちゃん」

 「なんですかぁ?」

 「どうして、バレットなんだい?」

 「……」

 一瞬、彼方は黙り込んだ。

 そして、感情が読み取れないくらい明るい声で、彼方は答えた。

 「……月島のお兄ちゃんに聞いたでしょう? 『鉄砲玉』だからですよ」

 「本当……なんだ」

 「はい。ヤクザを五十人以上殺したシリアルキラー」

 くるりと、振り向く彼方。

 それは、至極妖艶な笑みだった。

 「それが、アタシ。」

 だから何です?

 と、彼方の唇が晃介のそれに重ねられた。


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