信頼できる従者
赤城さんの飛空艦からの宣言から一夜明け、ふたたびゲイルマンの邸宅の別館に俺たちは泊まっていたはずだったのだが、邸宅の洋室には俺とゲイルマンしかいなかった。
そしてゲイルマンは鬼のような形相でこっちを睨んでくる。
まあ赤城さんが裏切ってからこの調子であるが、昨日よりも怒っているような。
「あの、怒ってます?」俺は正直に聞いた。
「青木さんと緑川さんと桃香さんが消えました。」
「は?」
「ここに残っているのはあなただけです、黄田さん。」
「What?」意味が不明である。
「だから!!3人ともいなくなっちゃったんですよ!!夜のうちに夜逃げですよ!!どうなってるんだ!召喚した勇者のうち1人は支配者になって、3人は夜逃げって!!」
ゲイルマンさん発狂である。
「いや、そんなこと言われても…」ただのアルバイトですし、と言おうとしたがこれ以上話をややこしくしても仕方がない。
まさか3人とも逃げてしまうとは予想の斜め上だった。
「……もう黄田さんにやってもらうしかありませんね。」
「やるって何を?」
「赤の勇者…いえ赤城英治の討伐です。」
「まじで言ってるんですか?俺のスキル話したでしょう、あれで魔王を倒した赤城さんと戦えると思いますか?」そもそもなんで俺が赤城さんと戦わなければならないのか。
「やってもらわなければならない!!今、この世界を支配しているのは間違いなく君たちの世界の住人だろう!」
元はといえばあんたたちが異世界人を頼ろうとしたのが間違いだろ、と言おうとしたがそれでは昨日と全く同じ展開になるだけだから意味がないと思った。
「…はいはい。分かりましたよ、やりますよ。」出発してしまえば後は俺の自由にさせてもらえばいい。
「すぐに出発だ!おい、エリナ!エリナ・シュレーン!!」
洋室の扉を開けて一人の女性が入ってきた。
顔は凛としていて目は大きく美人というよりかはまだかわいさが残るような印象だったが、
胸までかかる金髪の髪に白い鎧のようなもので上半身を覆っていて何となくアンバランスなように見えた。下は膝まである青みがかったスカートのようなものを履いており、肩からは自分の身長よりも長いゴルフバックのような筒状の鞄を掛けていた。
「彼女が黄色の勇者である、あなたの従者です。」
「え、従者ってこの人が?てっきり厳つい男だと…」正直驚いた。
「彼女は魔王軍に抵抗を続けていた白の騎士団・第一師団の一員で団員の中でも切り込み隊長として信頼されていた人物です。」
要するにかなりの実力者ということなのだろう。
「エリナ・シュレーンです。以後お見知りおきを。」
「あ、ども。よろしく。」
「あとのことはエリナに聞いてくれ。…私は少し休む……。」ゲイルマンは扉を開けてフラフラと去っていった。おそらくは寝ていないんだろう。
「それでは早速着替えだけすまして出発いたしましょう勇者様。」
「りょーかい……。」
用意された洋服は全体的にモノトーンでまとめられていた。黒い長袖のシャツに深緑のパンツにブーツ、その上に深緑の太腿まで覆えるマント。想像したよりもずっと旅人らしい服装ではあった。
「とりあえず、その他の旅の支度は隣町のサルーサの港町でしましょう。」
「え?なんでだよ、この街で済ましていけば良くないか?」エリナの言葉に疑問を覚えながらもアルマトーレの街に出たとき、その言葉の意味がわかった。
「なるほど、確かにこりゃ無理だ…。」
街の住民の俺への視線は勇者に向けられるような穏やかなものではなかった。むしろ犯罪者を卑下したり、憎んだりするような視線だった。
俺はおとなしくエリナのうしろに付いていった。
街の門までそんな視線に耐えつつなんとかたどり着いた俺にエリナは話しかけてきた。
「勇者様、この門の先は魔族と呼ばれるモンスターが徘徊しています。この周辺の魔族のレベルは低いですが、私の傍から離れないように。」
「魔族……やっぱそういうのもいるのね。」まんまゲームの世界だ。とりあえず宿屋を往復しながらレベル上げをしてから出発しては駄目だろうか。
「それでは行きましょう。」
「ああ、分かった。」
門を出るとそこはオンラインゲームでいうオープンワールドのような世界だった。見渡すと遠くの方に海が見えるが、そこに至るまでの道は草原、岩場がただ広がっていた。
歩いて数分、先頭を歩いていたエリナが俺を手で静止した。
草原から現れたのは全長1メートル程の鎧をまとった2足歩行のトカゲだった。
「うぉ!なんだこいつ!」
「リザードマンです、勇者様下がっていてください!」
リザードマンが飛び上がり、その爪でエリナに襲いかかろうとしたとき、エリナは肩から掛けていた筒状の鞄から銀の円錐状の槍を取り出し、リザードマン目掛けてその槍を突き刺した。
「グェェ!!!」と気持ち悪い声を上げながら緑の血を流しリザードマンはその場に倒れた。
「うおぉ……」俺は思わずそう呟いた。
何事もなかったようにエリナは「それでは行きましょう。」と言いふたたび歩き出した。
その後も何回か魔族には遭遇したがエリナはそいつらをほぼ一撃で撃退していった。
やはりゲイルマンの言った通り、実力者であることは間違いなかった。
ゲームでいえばレベル1の勇者にレベル30くらいの助っ人がついているようなイメージである。
港町に向かう途中で馬車に野菜や果物を乗せて旅をしている行商人と出会った。
「おや、お二人さんアルマトーレからの旅人さんかい?」優しそうな老人が言った。
「ええ。港町サルーサまで行く予定です。」
「そうかい。どうかね、鮮度は落ちるかもしれないがサルーサの魚介類もあるよ。」
「ありがたいけれど、アルマトーレで食材は十分持ってきてるから。」とエレナは断ろうとしたが、俺はその馬車に置いてある食材のことに以上に興味があった。
「えと、アパスの魚を2つとこのイリブの実、あとタンパスのお酢をください。」
食材をみて自分が欲しいと思った食材の名称が何故か口から勝手に出てきた。
「勇者様、まだこちらに来たばかりなのに、よくご存知ですね。」エリナも感心していた。
「あ、うん。」なんで知ってんだ、俺。
馬車のおじいさんと別れ、日も暮れてきたので滝の近くにあった洞窟で野営することになった。無論、野営なんて初めてだし、しかも従者とは言え、こんな美女とキャンプするなんて生まれて初めてだった。
俺たちは洞窟に焚いた焚き火を2人で囲むように座っていたが、会話は一切なく、エレナは洞窟の外の方に目をやっていた。
「…あのエレナさん、港町まではあとどれくらいなんでしょう?」沈黙に耐えられず俺は話しかけた。
「明日の朝出発すれば、お昼前には到着すると思います。あと私のことは呼び捨てでいいです。」
「あ、そうすか。」そういってふたたび沈黙。
難しい、この世界の人とどんな会話をすれば盛り上がれるのか、いや盛り上がる必要はないが、とにかくこの沈黙から解放されたい。
ぐぅぅぅ…
静寂の中で俺の腹の虫が鳴った。なんとも恥ずかしい。
「勇者様、何か食べましょうか。調理しなくてもいいビーンズならすぐ用意できますが。」
「いや大丈夫。折角だし、さっき買った魚を使って俺が作るよ。」
「しかし勇者様にそういったことをさせるのは…」
「あ、いやいいよ。俺がやりたいからやるんだし。あとさ、その勇者様ってのも止めてくれない?なんかくすぐったくてさ。」そもそも勇者に見合うような器は俺にはない。
「ではなんと呼べばいいでしょうか?」
「うーん、シュンでいいよ。その方が呼びやすいでしょ。」
「はぁ…。」一応了承してくれたかなと思った。
俺は洞窟の側の滝から水を汲んできて、先程買ったアルパの魚をさばき始めた。
まな板や包丁は一昨日旅に出る前に街で貰っていた。
やはり何か不思議な感覚だった、日本にいたとき料理なんぞせいぜい卵かけご飯止まりだった俺が今は知らない世界の知らない魚をさばいていた。
イリブの実を包丁の背面を使い割るとそのからオリーブオイルのような液体が溢れてきた。
そのイリブのオイルをタンパスの酢と合わせ、さばいたアルパの切り身の上にかけ、最後は日本で言う塩と胡椒をかけて、料理を一品作り上げた。
「えと、アルパのカルパッチョっす。よかったらどうぞ。」
「シュン、お見事です。」なんか褒められた。照れるもんである。
「いや見た目はいいかもしれないけど、食べてみないと…」
「いただきます。」彼女はその料理をなんの躊躇いもなく食べてくれた。
「美味しいです!凄いですねシュン。元の世界ではシェフだったのですか?」
「いやシェフだなんて、俺はただの一般人だよ。」
お世辞なのかもしれないが、予想の斜め上の反応をしてくれた。
自分でも食べてみたが正直今まで食べたどんな料理よりも美味かった。この世界の食材はこんなに旨いのだろうか。
ここで俺は初めて自分のスキルの使い方が分かった気がした。この万能の調合とはどんな素材も知り尽くし、一番その素材を活かした調合ができる能力なのではないだろうかと。
そして同時にこれは戦場では一体どう役にたつのかとも思った。
食事も食べ終わり、俺は彼女に聞いてみたいことがあった。
「なぁ、エレナ、あんたは俺を恨んだりしてないのか?」
「どうして私がシュンを恨む必要が?」彼女は不思議そうに言った。
「いや、だってさ、俺たちはこの世界にとって希望だったんだろ?それが今は一人はこの世界の支配者に、残りの3人は行方不明で、どう考えたってあんたたちに対して悲劇以外の何ものでもないだろ?」
「はい。確かに赤の勇者様は私たちの敵となってしまいましたが、他の3人は同じ人間として恥ずべき行動ではないと思います。戦いたくないという意思表示ならばそれはそれで仕方ないと。」
エレナは続けて言った。
「それにシュンは残ってくれました。ならば、私は赤城英治の下まであなたの剣となります。どうか、ご安心を。」
「あ…ありがとう。」
「いえお礼をいうのはこちらです。それでは少し身体を休めましょうか。」
騎士団の一員ということでもっとお堅い人だと思っていたが、そんなことは全然なかった。
むしろこの世界に来て一番信頼のおける人だと思った。忠義という言葉があるなら、きっとこういった人の為にあるのだろうと俺は思った。
進んでみよう、そして赤城さんにあの行動の答えを聞こう。希望はまだある筈だ。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
次回はすぐ投稿しますね。