好きこそものの上手なれ
基本的に私は、趣味は趣味、仕事は仕事と分けるタイプです。
まぁ平たく言えば、自分の好きなことで、お金を稼ぐということは一切考えていないんですよね。
例えば私は……まぁご存じの方もいるでしょうが、小説を書いたり、絵を描いたり、何かを作ったりすることが好きなんです。
でもそれは趣味の話。
それを仕事にしてしまうと、必然的に『義務』が生まれるんです。いわゆる、この世界で言うところの〆切みたいなことですよね。
そういうのが生じるのが、嫌だなぁって。
好きだったはずのことが義務になっちゃうと一転、嫌いになっちゃう。
もちろん人生を賭して何かを愛するということは、時に憎むことだって大切なことです。好きだからこそ、嫌な部分を見ることは、どうしたって避けて通れないこと。愛と憎しみは紙一重ですもの。
常に理想を追い求めるがゆえに、ハードルが自然と上がっていく。真っ直ぐに向き合うからこそ、時にそうすることがものすごく嫌になってしまう。
『義務』と化すれば、なおさらのこと。
私は創作活動を完全に趣味と割りきり、一般人として生きています。それでも正直なことを言うとね、たまに書き続けることが嫌になる時もあるんです。その世界から一度離れて、一人になりたいとでも言いますか。
多分、本当に好きだからこそ、そうなっちゃうんだと思います。
例えば「あぁ、今日はあんまりアニメ観たい気分じゃないな」みたいな日が、どれだけ毎日アニメ観てる人でも、もしかしたら五年にいっぺんくらいはあるかもしれませんよね?
そういうことです。何にもおかしいことじゃありません。
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第一線で生きている人には、生まれ持っての天才的な才能がある。そんなことをよく聞きます。
もちろん、最初からの向き不向きも少しくらいはあるんでしょう。生まれつき、そうするための能が偶然にも備わっていたり、または自分が生まれ育った環境が自然とその才能を身につけさせたり。
全然やったことないことをある日たまたまやってみて、上手くいったからこの世界に入った……なんていうきっかけも多いでしょうし。まぁ、そういうのってある意味運命の出会いなんでしょうね。
でも生まれた時点では、そういう才能とかっていうのは誰にも等しく備わってるものじゃないかなと思うんです。多分、どういう方面に対しても、みんなだいたい三十パーセントから五十パーセントくらいの才能は持ってるんです。
大事なのは『最初から等しく備わっている三十パーセントから五十パーセントの才能』を、どう広げていくか。どういう方面に発揮させていくか。どの才能を選んで、限りなく百に近い数値にまで磨けるか。それは、その人の生き方次第。
向き不向きとか関係なく、何かを『好き』と思う気持ちは等しくあります。それに対する才能も、誰しも少しくらいは持っているんですよね。
それを磨くための必須条件が、何より『好き』と思う気持ち。好きこそものの上手なれ、とはよく言ったものだと、私は個人的に思っています。
好きだから、もっと極めたいと思うのだし、深みに入りたくなる。
好きだから、その先を求める。そうすることで、自然と上手になっていく。
まぁもちろん、伸びしろは人それぞれじゃないですかね。例えば二年くらいで百パーセントを超え伝説になるくらいの人もいれば、どれだけ努力したって七十パーセント止まりの人もいるでしょう。
けど、百パーセントを一瞬で越えてしまった後でも、維持するためにはさらに磨き続けないといけないですよね。そこが難しい塩梅です。
『才能がない』と諦めてしまったら、そこで終わり。別の道を究め、百パーセントにできるのならいいですが、そうでなければ永遠に七十パーセントのまま……むしろ緩やかに五十パーセントへ戻っていくのを止められないまま、中途半端に別の道を探し続けるだけの人生です。
逆にそれでも努力を続けていけば、死ぬまでに九十七パーセントくらいにはなっているかもしれません。『大御所』と呼ばれる人たちは、これまでにコツコツとそういう人生を歩んできたんじゃないかと思います。
もちろんこういうパーセンテージは、『自分』の中での話です。誰かに決めてもらうことではないです。
世間に認められて爆発的に有名な人でも、その人の中では「いや、俺はまだ七十二パーセントくらいや」って言ったらそうなんですよ。その人の才能はまだ七十二パーセントまでしか発揮できてないんです。
けど、そういう人にこそ限りない伸びしろがある。まだ伸びたい、欲があるってことなんですからね。
世間からの評価っていうのは、その人の活躍におけるエナジーのようなもの。やる気を向上させるのにいくら一役買っても、その人の才能を直接上げることにはなりません。
もちろん褒められて嬉しくなるのは、人間にとって事実ですが。
ただ厄介なのが、例えば世間的に評価されてて、それで安定した地位も収入もあるはずの人が、自分の中で異常に高いハードルを持っていた場合。
「六十八パーセントから全然伸びへん、辞めよう」って言って、これから可能性があるはずなのに、辞めちゃう。そこで止めちゃう。これは非常に残念なことです。
その人自身にとっても、周りにとっても。
苦しくなるくらいならもちろん辞めてしまえばいいんですが、勝手に限界を感じて伝説になる機会を逃すのは、非常に惜しいことではありますよね。
と、何だかよくわからないことを延々語りましたが。
まぁつまり何が言いたいかっていうと、人間に向き不向きって本来ないんじゃないかって話です。成長する過程で、そういうのが自分の中に自然と出てくるってだけの話。
人間には無限の可能性が詰まってるんだと、私はずっと思っています。頑張れば空も飛べます(無茶言うな)
せっかく生物の上位に君臨するほどの、上質な脳を持って生まれてきたんですから、活かさないと損ですよね。
……え、私ですか?
そうですね、今の時点ではだいたい……六十二パーセントくらいにはなってるんじゃないでしょうか(笑)
死ぬまでには八十パーセント目指します(百じゃないのか)




