八百万屋。
HPに掲載しているネタです。
誰でも見れるような内容…なはず。
八百万屋
八百万屋とは神を売る店。
神の数は八百万。人の運命を変えるなど容易き事。
『死にたい』
これが数時間前まで彼、康太が考えていたことである。
康太はクラスでいじめにあっており、今日も散々な目にあってきたばかりであった。
所々に出来た痣が、じんじんと痛む。
顔を上げれば、自然と背の高いビルばかりが目に付く。
(いっその事、あのどれかから飛び降り自殺でもしようかな…)
ところが、どの建物も康太の歩みに合わせてゆっくりと後方へ流れていく。
無理だ。そんな度胸はない。
ふいに、視界の──しかも真正面に、古ぼけた家が現れた。
「うわぁ?!」
驚きの余、思わず飛び上がってしまう。
それにしても、本当に古い家である。苔まみれだ。手入れをしている様子もない。
この苔がなければ、立派な日本家屋となるのだろうが…。
どうやら何かの店を営んでいるらしく、屋根に看板がかかっていた。
辛うじて、八百万と読める。
この異様な雰囲気に気圧されたのか、それともそれは必然だったのか…。
何かに引き寄せられるように、康太はふらふらと店の中に入っていった。
店内はさらに変わっていた。見渡す限り筒、筒、筒。
大きさ、長さはそれぞれで、それらの全てが天井から吊り下がっている。
人はいないのかと探してみると、いた。店の中央に置かれたいかにも高級そうなソファーに座り、
それはそれは美味そうに煙管を吸っている。
服装は喪服かの如く黒い和服の下に、龍の刺繍が入ったジーパンを穿いていた。
奇怪な筒や服装を除けば、たいそう美しい女性であった。
「いらっしゃい。」
彼女は目の前に置かれているテーブルの上に肘をのせると、早速商談を始めた。
「八百万屋へようこそ。当店では全国各地におられる八百万の──」
「ちょ、ちょっと待って!」
話が飲み込めず、康太がストップをかける。
「何か。」
「八百万って…何?」
女は一瞬、顔を引きつらせ
「知らざぁ言って聞かせやしょう!」
そう言うや否やテーブルを足場にし、一蹴りで康太の前へとやってきた。
反射的に後退りする康太。
「八百万とは即ち神の数。神とは即ちこの世のありとあらゆる形、自然、力…。八百万屋とは即ち、」
そこで彼女はニヤリと笑った。
「神を売る店。」
「神を…売る…」
呆然として立っている康太に、女は一本の筒を渡した。
「例えばそれ。」
「?」
「蓋を開けてみろ。」
恐る恐る、言われたとおり蓋を開けてみる。
すると、ぱちんと言う音と同時に、筒の中が光った。丁度、カメラのフラッシュのような感じだ。
「…これが神様…?」
これで信じろと言う方が無理である。が、彼女は大真面目に頷いた。
「その証拠に、お前の怪我が治っているだろう?」
「え?あっ…本当だ…。」
確かに、先ほどまで痣になっていた部分が消えている。消えてはいるのだが──
「…しょぼくない?」
「…まぁ、否定はしない。」
八百万屋の女は、再び高級ソファーに座った。
「此処にいるのは皆〈はたたがみ〉だ。その効能は蓋を開けてから約一日。時間は短いが力は保障しよう。
料金は筒の大きさによって変わるが、それくらいなら一週間レンタルで300円かな。」
「…。」
暫くの間、沈黙が続いた。この、はたたがみがあれば、もしや──
「あのっ!」
康太の中で、先ほどの光が閃いた気がした。
「いじめられなくなる神って、いますか?」
彼女は吸った煙を吐き出すと、嬉しそうに言った。
「毎度あり。」
その日は久しぶりに静かだった。余に静かで、穏やかなので、目に入るもの全てが輝いて見えた。
その日は、久しぶりに心の底から笑うことが出来た。
「またお前か。」
康太はすっかり八百万屋の常連客となっていた。
「うん。明日体育があるから、雨が降るはたたがみをお願い。」
「お前なぁ…。」
彼女は筒を選別しながら言った。
「こちら側としては儲かっていいんだが、あんまりのめり込むなよ?」
康太を捕らえたその目は、いつになく真剣な目をしていた。
「はたたがみにも限界がある。」
「大丈夫だって。」
そう言えば、と、彼は付け足した。
「最近学校の周りで不審者が多いらしいんだ。護身になるような物はないかな?」
「あるにはあるが…。」
その筒を渡すのを、彼女は躊躇した。
「こいつは扱いが難しいんだ。持つもが相手をどう思っているかによって効き目が変わる。」
「平気だよ。いくら何でも不審者に怪我はさせないさ。」
「そうか…。」
この時、彼は何も考えず筒を受け取った。
謀ったとおり、今日は大雨になった。
(よし。これで体育は室内になる。)
護身用の筒もちゃんと持っているし、帰りの心配もない。
早く学校が終わらないものかと思いながら、外の景色を眺めている時だった。
「おい、康太。」
振り返れば、以前はいじめのリーダー格であった智和が立っていた。
だが、雰囲気がいつもと違う。目がギラギラと輝いている。
いや、違う。これがいつもの智和なのだ。
(しまった!今日は体育の事で頭がいっぱいだったから…)
辛い思い出が次々とよみがえる。
怯えている康太に、智和はニッコリと笑いかけた。
「放課後、空いてるよな?」
薄暗い路地裏に、数人の笑い声が響く。
「うぉら!」
「うっ……」
腹部に激痛が走る。
「康太お前さぁ、マジで面白いよなぁー」
「いいサンドバックじゃね?」
「だよなー!」
嫌だ。こんな生活──
「サンドバックか…なら殴られても何も言えねぇよなぁ?」
今度は顔を殴られる。それと同時に、筒がポケットから落ちてしまった。
筒がスローモーションのようにゆっくりと落ちて行くのが見えた。
嫌だ。またいじめのない世界に戻りたい。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ──
遠くで笑い声が聞こえる。筒が落ちる。落ちた衝撃で、筒の蓋が、
開いた。
汗だくで八百万屋に駆け込んできた人物は顔馴染だった。
右手には空の筒をしっかりと握り締めている。
「やぁ康太。今日はどうした。」
その人物は確かに康太なのだが、その顔は死人のように青ざめている。
「い、いじめられて…それで、筒の…あの筒の蓋が…開いちゃって…
何か筒から、化け物みたいなのが出てきて!…それで…」
八百万屋の視線は、実に冷ややかなものだった。
「それで?」
「…そいつが皆を…殺しちゃったんだ…。」
荒く呼吸をする音と、時計の針だけが音を成す。
「あのっ!!」
「…何か?」
康太はすがるように彼女を見つめた。
「人を生き返らせる神を貸してください。」
女は煙を吐き出した。
「そんな神はいない。」
「でも神の数は八百万って!!」
「言っただろう?はたたがみにも限界がある、と。神とはこの世のありとあらゆる形、自然、力…」
煙管の中の刻みタバコが赤く光る。彼女は再び、ゆっくりと煙を吐き出す。
「お前、人が生き返ったところを見たことがあるか?」
からん。
康太の手から落ちた筒が、虚しく音を響かせた。
少しは楽しめましたか?
まだまだ文章力がないですが、これから頑張って行きたいと思います!