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遅刻魔

作者: 美湖

 もうクリスマスは過ぎている。街はクリスマスの色を失い、もうお正月へと移っている。イルミネーションはもう取り外されおり、慌ただしくサラリーマンやOL達が家へと帰ろうとする。きっと行く先には待っている人がいるのだろう。

 今日も仕事を定時に終わらせ、一人暮らしの自分の部屋へと足を進める。もう年末へと近づいている今、友人に送る年賀状のことしか考えていない。

「寒い。」

 ダッフルコートにマフラー。これだけ着込んでいてもまだ寒い。すれ違う人間達も“寒い寒い”と呟きながら足早に歩いていく。

 私ももう帰ろう。外にいる必要はない。

 帰ろうとしたとき、コートの中の携帯電話がバイブ音を鳴らした。誰かからのメールのようだ。携帯電話を開き、暗証番号を入力する。“一通の新着メールあり”と表示されていた。特に躊躇うことなくメールを開く。メールの送り主は恋人からのものだった。

「…和弥。」

 “クリスマスは一緒にいれなくてごめん。”

「なにを今更。」

 私はすぐに携帯電話を閉じた。まっすぐと家路へ向かう。改札で定期を通し、いつもの時刻の電車に乗り、いつもの道で帰る。

 今日の夕ご飯はどうしよう。

 夕食と言っておきながらだらだらとしてしまうので、夜食のような時間に食べることになってしまう。

 家の最寄り駅についてから近くのスーパーへと向かう。牛乳と卵と適当な総菜を買って、また寒い外へと出て行く。途中すれ違うカップル達に少しだけイラッとしながら、すたすたと歩く。

 もうクリスマスは過ぎたというのにまだ外に出てくるのか。家でイチャツけ。

 家へ向かって行くと、だんだんと人とすれ違うことはなくなっていく。街灯も少なくなり、寂しげな道を一人で淡々と歩くことになる。いつもなら音楽をイヤホンで聞きながら歩くのだが、今日は偶然にイヤホンを家に忘れてしまった。ただでさえイライラしているのに、イヤホンがないことで更に苛つきが酷いことになる。

 家へと近づいていく。遠くからなぜだか自分の部屋に電気がついているのが見えた。

 電気を消さないで家を出たのだろうか。

 朝はいつもバタバタしていて、何をしているのかあまり覚えていない。朝食を食べる暇もなく、朝起きて、仕度をして、すぐさま家を出る。家でじっとしていることは休日以外はあまりない。

 自分の家へと到着する。ドアノブに手をかけて、開こうとすると鍵を閉めたはずなのに扉は開いた。合鍵を持っている人物を思い浮かべ、更に苛つきが増す。そのまま家の中に入り、靴を脱ぐ。玄関には見覚えのある靴があった。

「あ、おかえり!」

 私は彼に返答をせず荷物を置く。片付けるものを片付けて、バッグから書類を机に広げて、キッチンにいる彼を無視して、コーヒーを淹れ始める。

「なぁ、無視すんなよ。」

 思わず私は「はぁ?」と声をあげる。

「何言ってんの。無断で他人が家入っててさ、キレない奴いる?馬鹿じゃないの。」

 できあがったコーヒーをテーブルに持っていき、座布団に座る。和弥が怒り始めたような雰囲気が立ちこめる。喧嘩始めはいつもこうだ。

「他人じゃないだろ。確かにクリスマス会えなかったのは悪かったけど。」

「謝るの今更?さっきメールで来ただけじゃん。普通すぐ返信すんじゃないの。」

 もう今日は年末の29日だ。私が和弥にメールしたのは12月の始めの頃。その頃から今日まで和弥からは“yes”の返事も“no”の返事もなかった。

 私が怒ってるのはクリスマスに会えなかったからじゃない。質問文のメールを送ったのに返信がなかったからだ。どうでもいいメールなら返信しなくても頷ける。だが、“いつ会える?”というメールにずっと返信がないのはおかしい。疑いたくなくても疑ってしまう。

「私が送ってからさっきまでずっと気づかなかったってわけ?」

 和弥が黙る。どうやら口答えができないらしい。

 これ以上、彼を責めることはあまりしたくない。だが、私の口が止まることはない。今まで連絡が来ないことでどれだけ不安だったのか。どれだけ彼のことを疑ったのか。どれだけ別れようと思ったのか。

「送ってから1ヶ月弱連絡ないんだよ?くだらないメールならわかるよ、私も返信しないから。でもいつ会えるかって送ったんだよ?なんで返信しないの?私のことどうでもよくなったとかそんなん?ずっと無視してたの?」

 全てを和弥にぶちまけた。

 私自身も勢いに身を任せていて、息が上がっている。

 しばらく2人とも黙ったままだ。自分自身を落ち着かせようとコーヒーを口にする。少し冷めてしまった。

「…俺、今日、帰って来たんだ。」

 和弥が唐突に呟いた。

「仕事で。フィンランドから。」

「そんなん聞いてない。」

 また沈黙が続く。時間がとても長く感じる。

 意味がわかんない。和弥の言ってること意味わかんない。

「なんで私に言ってくれなかったの?」

 背中を丸めて、小さく体育座りをする。和弥といるのが気まずい。今すぐにでもどこかに逃げてしまいたい。それか、和弥を追い出したい。

 彼ががさごそと何かを漁る音がした。足音が近づいてきて、私の傍に座る。

「これ。」

 和弥の手にあるのは小さな箱が2つ。同じような青い箱に水色の細いリボンが巻き付いている。

「仕事の後に買いに行ってたんだ、驚かしたくて。」

「でも、なんで連絡つかなかったの。」

「あれだよ。」

 そこから彼の冒険記の話が続いた。

 どうやら変圧器を持っていくのを忘れてしまい、金銭的にもギリギリだった。クレジットカードも使いたくない。同僚も仕事の後すぐに帰って行ってしまい、変圧器を借りることができなかった。よって、連絡が全くとれなくなったらしい。

 向こうで1ヶ月近く仕事をしてから、しばらくこの2つの箱の中身を探していた。そして、ちょうど今日、帰って来たのだそうだ。

「なんで、そこまで。」

 和弥がにやっと笑う。なんだかいろいろ疑っていて私がとても悪かったような気がしてしまった。

 彼の手に乗った小さな箱の内、一つが差し出される。

「開けてみてよ。」

 その箱を受け取って、細いリボンを解く。ぱかっと開くとそこにはきれいな石の飾りが付いたネックレスがあった。

 確か、前にフィンランドのガラスアクセサリーが欲しいと言った。

 その石にそっと触れてみる。それは石ではなく、ガラスだ。ピンクの薄いガラスに花が描かれている。ネックレスを箱から取り出し、光に晒す。ガラス越しに差さる光がとても温かい。

「覚えてたの?」

「もちろんだろ。」

「わざわざフィンランドで買うことなかったのに。ネットでも頼めるじゃん。」

 “えへへ”と笑われる。

「これも一緒に買いたかったんだよ。開けてみて。」

 もう一つの小さな箱も差し出される。

「2個も?」

 “いいからいいから”と和弥は箱を押し渡す。

 それを開けると中には銀色に輝いた指輪があった。シンプルだが飾りの部分の溝に石が嵌め込まれている。

「これ…。」

「指輪。こういうのは自分の目で実物を選びたいでしょ。」

 和弥が私の左手を持ち上げて薬指にその指輪を填める。特につっかかることもなくきれいに指に嵌った。一緒にガラスアクセサリーのネックレスも私の首にかける。

「メリークリスマス、里恵。だいぶ遅れちゃったけどね。」

 私は繁々と左手に填められた指輪を見る。そこからそっと和弥の左手を見た。私のものとよく似た指輪がある。同じようなシルバーを基調とした溝にダイヤのような石が填められた指輪だ。

 私のさっきの言い様がとても無様な気がした。勝手に不安になって、勝手に疑っていた。実際は全く違っていて、和弥がちょっとした馬鹿をしていただけだった。

「…和弥。」

「何。」

「さっきの。」

 和弥が目を丸くして私を見る。それから“あぁー”と思い出すように唸る。

「気にしてないよ。変圧器忘れた俺が悪いんだし。“他人”って言われたのにはイラッとしたけど。」

「ごめん。言い過ぎた。」

 私は顔を俯かせて、更に小さくなる。顔を合わせるのが本当に気まずい。勝手に誤解をして、彼に当たっていた。そのことに罪悪感を感じる。彼からのプレゼントを貰う資格は私にはないのでは。

 和弥がその私の頭をぽんぽんと撫でる。

「これさ、婚約指輪っていうか、結婚指輪っていうか。そういうんなんだけど。」

「…。」

 思わず顔を上げる。改めて指輪をじっと見つめてみる。

 高そうだ。もしかして、プラチナ?

「和弥、冗談じゃないんだよね。」

「冗談でこれ渡すわけないだろ。」

 “ね!”と和弥が自分の左手を私に見せる。じっとそれを見つめる。私のしている指輪と全く同じ物だった。唯一違うとすればサイズくらいだろう。

「私でいいの?」

「里恵でいいから渡したんだよ。」

「だって、またさっきみたいにキレるかもしんないんだよ。」

「里恵はそんな簡単にはキレないよ。今までもそうだったでしょ。今回は俺が悪かったんだから。ね?」

 和弥に屈託のない笑顔を見せつけられる。その笑顔に釣られて、私は思わず笑ってしまった。微笑みながら薬指に填められた指輪をもう一度見る。

 彼が少しだけ苦労をしながらフィンランドで買ってきた指輪。

「ありがと。」

「それはどういう意味?里恵。」

 唐突に和弥に寄りかかってみる。天井へ左手を仰ぎ、指輪を見る。和弥から貰えたということと、結婚を申し込まれたということがとても嬉しい。思わず微笑んでしまう。

「なぁ、答えろよ、里恵ー。」

 和弥が私を後ろから抱きしめる。逃がさないとでも言うかのように強く。

「察してよ。」

 私の薬指と彼の薬指には同じ指輪が填められている。抱きしめてくれるその左手の指輪を私の右手でなぞる。

 嬉しくて笑顔が絶えない。

「言ってくれなきゃわかんないだろ。」

 しばらくの沈黙がまた部屋を包み込む。だが、さきほどとは違って、とても温かい和んだ沈黙だ。

「…指輪、ずっとつけるから。」

誰でもサンタさんにはなれると思う

クリスマスにプレゼントをあげなくてもサンタさんにはなれる


人を笑顔にしてあげられたなら、喜ばしてあげられたなら

もうその人はサンタさんだと思う

正真正銘のサンタクロースだ


プレゼントなんていくらでもある

物だけでなく、言葉や想いもプレゼントになる


あたしも誰かのサンタクロースになれるだろうか

そう思いながら笑ってる2人を書いていた

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