合言葉は「ヨクヤク」
「合言葉は?」
「ヨクヤク」
「いいぞ、入れ」
街のメイン通りから少し路地に入り、入り組んだ道を抜け、看板のない店で僕は答えた。
「で?何が欲しいんだ?」
店員はぶっきら棒に質問を投げかけると、僕を睨むように解答を待つ。
「えっと、あの、その、えー」
「欲しいものがあってここに来たんだろ?遠慮するなよ」
少し乾いた口内を湿らすように、唾を飲み込みながら僕は意を決し応える
「僕、幸せになりたいんです」
「なるほど、それで?」
「だから、迷わない薬があるって聞いて…それが欲しいです!」
「まあ、そうだろうな」
店員は、頷くと店の奥に引っ込こんだ。
「えっと、どうすれば?」
暫く待つと店員は戻って来ると同時にカウンターの上に琥珀色をした小瓶を置いた。
「寝る前に飲むといい。君の希望通りになるだろう」
「本当ですか?本当に今の悩みや不安が消えますか?」
「寝る前に飲むと良い」
店員は、同じ事を繰り返すだけだ
青年はそれを受け取ると再度聞く
「これで、本当に僕の焦りや不安は消えるんですか? 最近、何をしても空回りばかりで、仕事も失敗ばかり、恋人は最近冷たくされる、早く結果を出さなきゃと心が壊れそうなんです」
薬剤師は優しく微笑んだ。
「ああ。だがね、これはただの薬じゃない。この合言葉の本当の意味を知ることで、効き目が完成する」
「本当の意味?」
「そうだ。君は『ヨクヤク』を『良い薬(良薬)』だと思ってここに来ただろう?」
青年は頷いた。
「実はね、それは『欲を約する』のヨクヤクなんだ。あれもこれもと求めすぎる心を、少しだけ引き算しなさいという意味さ。人間、一度に抱えられるものはそう多くない。まずは欲張るのをやめて、今あるものを大切にすれば、心は自然と軽くなる」
青年は手の中の小瓶を見つめた。
焦るあまり、自分にないものばかりを追い求めていたことに気づかされる。
「……良い薬だと思ったら、自分を戒める言葉だったんですね」
「いや、どちらも正解さ」
薬剤師はウインクをした。
「心を整える言葉こそが、人生で一番の『良薬』だからね」
青年は深く一礼し、軽くなった足取りで店を後にした。鞄に仕舞った小瓶は、もう飲む必要すらないほど、彼の心を穏やかに満たしていた。
青年が去ったあと、店員はため息をつきながら
「ただの水でも売り方しだいでなんとでもなるもんだ」
「でも、ただの水じゃないのかもしれないね」
そう呟いた




