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前世で処刑された公爵令嬢、幼女からやり直して家族の破滅フラグを全部折ります  作者: NN


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12/13

小さな味方

 その少女は、震えていた。


 公爵邸の使用人入口に立っていたのは、十二歳くらいの痩せた少女だった。茶色の髪を一つに結び、洗いざらしの木綿の服を着ている。靴は底がすり減って穴が空いている。背負った小さな荷物袋一つが全財産のようだった。


 セレスティアは中庭で積み木を並べている時に、その少女を見つけた。使用人入口は中庭から見える位置にある。


 少女は門番に何か話しかけている。声は聞こえないが、身振りから「ここで働きたい」と申し出ているのが分かった。門番は億劫そうに対応している。


 マルガレーテが気づいた。


 「あら、新しい子が来たのかしら。先日、侍女の募集を出しましたから」


 「あたらしいこ?」


 「ええ、お嬢様のお世話係の補助として、もう一人侍女が必要なんです」


 セレスティアの心が跳ねた。


 前世の記憶を辿る。四歳の頃に新しい侍女が来た。名前は――ナターシャ。


 だが今は三歳だ。一年早い。

 歴史が変わっている。セレスティアが「変えたこと」の波紋が、人の配置にまで影響している。


 あるいは、単に募集のタイミングがずれただけかもしれない。母の薬の一件で屋敷が慌ただしくなり、人手が足りなくなった。その結果、侍女の募集が前倒しになった。


 いずれにせよ、あの少女がナターシャなら。


 セレスティアは立ち上がった。


 「マルガレーテ、あのこにあいたい」


 「え? お嬢様が直接? まだ面接も済んでいませんのに……」


 「あいたい」


 三歳児の我儘。だがマルガレーテは断れない。


 ◇


 使用人入口まで行くと、少女はまだ門番と話していた。門番は面倒くさそうに書類を確認している。


 「名前は?」


 「ナターシャです。ナターシャ・ヴィーラント」


 ナターシャ。

 やはりこの子だった。


 前世のナターシャ。平民の出身。農村の貧しい家庭の三女。読み書きもまともにできない状態で公爵家にやってきた。最初は使用人たちに馬鹿にされ、いじめられ、泣いてばかりいた。


 だがセレスティアが手を差し伸べてから変わった。

 前世ではセレスティアが四歳の時にナターシャが来た。最初は何でもない侍女だったが、セレスティアが孤立を深める中、ナターシャだけは傍にいてくれた。身分も能力も関係なく、ただ「お嬢様のために」と尽くしてくれた。


 そしてナターシャは成長した。読み書きを覚え、情報収集の才能を開花させ、使用人ネットワークを通じた諜報活動を担うようになった。セレスティアの「目と耳」。


 前世では、ナターシャは処刑後にどうなったのだろう。

 独房にいたセレスティアには分からなかった。処分されたのかもしれない。逃げられたのかもしれない。


 今世では、この子を守る。そして育てる。


 「ナターシャ」


 セレスティアが声をかけた。

 ナターシャが振り向いた。怯えた目。獣のように警戒した目。

 貴族に何をされるか分からないという、平民の子供の恐怖。


 だがセレスティアは微笑んだ。三歳の、無邪気な笑顔で。


 「ナターシャ、いっしょにあそぼ」


 ナターシャは固まった。

 門番も固まった。

 マルガレーテは苦笑した。


 「お嬢様、この子はまだ……」


 「この子がいい。この子にきめた」


 三歳児の直感的な宣言。理由はない。「この子がいい」。それだけ。


 マルガレーテはため息をついたが、公爵家のお嬢様の言葉は軽くない。門番は慌てて書類を整え、ナターシャの仮採用手続きを始めた。


 ナターシャは呆然としていた。何が起きたのか理解できていない。

 昨日まで農村で泥まみれだった少女が、公爵家のお嬢様に「一緒に遊ぼう」と言われている。


 「あ、あの、私は……侍女として働きに来たんですけど……」


 「うん。おしごとしながらあそぼ」


 めちゃくちゃな論理だが、三歳児だから許される。


 ◇


 ナターシャが公爵邸に入った。


 最初の一週間は悲惨だった。

 ナターシャは何もかもが分からなかった。掃除の仕方、洗濯の畳み方、食器の並べ方、挨拶の作法。全て一からだ。他の使用人たちは露骨に嫌な顔をした。


 「田舎者」「匂いがする」「使い物にならない」


 陰口が聞こえる。ナターシャは毎晩泣いていた。


 セレスティアはそれを知っていた。マルガレーテから報告を受けていたし、自分でも気づいていた。ナターシャの目が赤い日は、前の晩に泣いた日だ。


 三日目の夜、セレスティアはマルガレーテに頼んだ。


 「ナターシャをよんで」


 マルガレーテが連れてきたナターシャは、目を真っ赤にしていた。泣くのを堪えた跡が顔に残っている。


 セレスティアの部屋に入ったナターシャは、おどおどと立ち尽くした。

 貴族のお嬢様の寝室。天蓋付きベッド。絹のカーテン。ナターシャが今まで見たことのない世界。


 「ナターシャ、こっちきて」


 セレスティアはベッドの端に座り、隣を叩いた。


 「えっ、でも、私なんかがお嬢様のベッドに……」


 「いいから。すわって」


 ナターシャは恐る恐る腰を下ろした。ベッドの柔らかさに驚いた顔。


 「ナターシャ、ないてた?」


 ナターシャの目が潤んだ。堪えていたものが溢れ出す。


 「……ごめんなさい。私、何も上手にできなくて。みんなに迷惑かけて。もう辞めた方がいいのかなって……」


 十二歳の少女の涙。


 セレスティアは小さな手で、ナターシャの手を握った。


 「やめないで」


 「え……」


 「ナターシャはわたしのだいじなひとだから。やめないで」


 出会って三日。「大事な人」という言葉の重みを、ナターシャは理解できなかっただろう。三歳の子供の気まぐれだと思ったかもしれない。


 だがセレスティアは本気だった。

 前世で十年以上、傍にいてくれた人だ。命を懸けて情報を集めてくれた人だ。セレスティアの処刑後、どうなったか分からないまま今世に来てしまった、大切な人だ。


 「できないことは、これからおぼえればいい。わたしもいっしょにおぼえる」


 「お嬢様が……一緒に?」


 「うん。ナターシャがおぼえるのを、わたしがみてる。うまくできたらほめてあげる」


 ナターシャは泣いた。今度は悲しい涙ではなく、温かい涙だった。


 「ありがとうございます、お嬢様。私……頑張ります。絶対に頑張ります」


 「うん。いっしょにがんばろう」


 小さな手が、大きめの手を握っている。

 三歳の令嬢と、十二歳の平民の侍女。

 身分も年齢も全てが違う。


 だがこの瞬間から、二人の間に結ばれた絆は本物だった。


 ◇


 それから、ナターシャは変わり始めた。


 マルガレーテが直接指導に入った。セレスティアが「マルガレーテ、ナターシャにやさしくおしえて」と頼んだからだ。


 マルガレーテは厳しいが公平な教師だった。一つずつ、丁寧に、何度でも。ナターシャは不器用だが真面目だった。言われたことは必ずメモし(最初は絵で。字が書けなかったから)、翌日には改善していた。


 一ヶ月後。ナターシャは基本的な侍女の仕事をこなせるようになっていた。

 二ヶ月後。他の使用人たちの態度が変わり始めた。馬鹿にしていた連中が、ナターシャの真面目さを認め始めた。

 三ヶ月後。ナターシャはマルガレーテの片腕として機能し始めた。


 そしてセレスティアは、ナターシャに一つ、特別な仕事を与えた。


 「ナターシャ、おしえてほしいことがあるの」


 「何ですか、お嬢様?」


 「おやしきのなかで、だれがどこにいるか。いつもみていてほしいの」


 ナターシャは首を傾げた。「見ている……ですか?」


 「うん。だれがいつおでかけして、いつかえってきて、だれとおはなししてたか。みていてくれる?」


 「それは……お仕事のうちに入りますか?」


 「うん。わたしにだけおしえて。ほかのひとにはないしょ」


 ナターシャは真面目な顔で頷いた。「分かりました。お嬢様のために、しっかり見ておきます」


 ナターシャはまだ気づいていないだろう。

 セレスティアが何を見越して、この「仕事」を頼んだのかを。


 ナターシャの目と耳は鋭い。平民の出身で、使用人たちの間に溶け込める。屋敷の隅々を清掃で回り、誰がどこで何をしているかを自然に把握できる。


 まだ十二歳だ。だが「観察する習慣」を今から身につければ、この先どうなるか。

 セレスティアだけが、その可能性をかすかに見ていた。


 セレスティアはナターシャの頭を撫でた。三歳の手で、十二歳の頭を。

 不思議な光景だったが、ナターシャは嬉しそうに目を細めた。


 「お嬢様、私はお嬢様のために何でもします」


 「うん。でもまず、もじをおぼえようね」


 「文字ですか? 私、読み書きできないんです……」


 「わたしがおしえてあげる」


 嘘だ。三歳児が十二歳に読み書きを教える。逆だ。

 だがセレスティアにはフェリクスの書庫がある。教材には困らない。


 「いっしょにべんきょうしよう。わたしもまだおぼえてないから」


 これは嘘ではない。三歳の身体では字が書けない。ペンを握る握力がない。だから一緒に練習するのは本当だ。


 ナターシャは目を輝かせた。「はい! 一緒にお勉強しましょう!」


 こうして、セレスティアの最も忠実な味方が、一年前倒しで公爵家にやってきた。


 小さな味方。だが確実な味方。

 この少女がやがてどんな力を持つことになるか、この時点では誰も想像していなかった。


 セレスティア自身ですら、まだ全ては見えていなかった。


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