Welcome to 混沌
森の奥から、やけに楽しそうな歌声が聞こえてきた。
♪ ハイホー ハイホー 仕事が好き〜 ♪
「……さっきからサビばっかりエンドレスで歌ってない?」
黒岩ユキはフライパンを肩に担ぎ、顔を引きつらせた。
「なんかさ……壊れたラジオみたいで怖いんだけど……」
足元では、ネズミ姿の魔法の鏡が小さく頷く。
「同感だ。幸福を声高に主張する者ほど、本当は不遇な環境に苦しんでいる」
「偏見ひどくない?」
「経験談だ」
(たしかにSNSのキラキラ女子ほど、裏で病んでそうだもんな……)
そんなことを考えているうちに、歌声の主は姿を現した。
小さな家の前に立つ、七人の小人。
だが、ユキが知っている“にこにこした善良な小人”とは明らかに違う。
全員、目が据わっている。
全員、疲れ切っている。
自分たちに言い聞かせるように、労働歌を歌い続ける姿は、正直かなり怖い。
そして――全員が、こちらを睨みつけた。
「……誰だ」
一番年上らしき小人が、低い声で言う。
「こんな森の奥に人間が来る理由は、一つしかない」
「「トラブル?」」
小人たちの声が揃った。
「トラブルだな」
――え、女の子一人で彷徨ってるのに、助ける発想ゼロ?
やば。
ユキは内心ため息をつきつつ、両手を上げた。
「怪しいのは認めるけど、敵ではないです」
「信用できる根拠は?」
「……ないです」
「却下だな」
(うそーん、薄情すぎる)
横から、筋肉質の小人が一歩前に出る。
「アニキ、この女、武器持っとるで‼‼
わてら殴る気でっか⁉」
(関西弁なんだ……)
視線が、フライパンに集まる。
「やはり敵か……」
「いやいや、護身用フライパンですよ」
「そんなの聞いたことないでんがな」
(私もない)
さらに、小人たちが口々に言い始める。
「そもそも、この森に来るなんて、ここらのモンじゃねぇズラ!」
「ニシシシ、村の奴らは怖がって近づきもしないニシ!」
「服装も変だヌん……どっから来たヌん?」
「まままさか、魔女じゃないですよね?」
「……怪」
(ぎっくーーー‼‼‼)
そのとき、リーダー格の小人がぽつりと呟いた。
「……災厄は、排除する」
(……まずい‼‼
全員、厄介すぎる‼‼)
次の瞬間、ユキの鼻先を何かが掠めた。
――果物ナイフ。
リーダー格の小人が握るそれが、眼前に突き出されている。
数秒遅れて恐怖が来た。
だが同時に、強烈な怒りも湧き上がる。
「なにしとんじゃコラァ?」
自分でも驚くほど低い声だった。
小人たちは、もっと驚いた。
「おおおお女がこんなに怖いわけねぇズラ!
やっぱこいつ魔女ズラ‼‼」
だが次の瞬間。
「ええええええん!
こわいよぉおお!
ちょっと脅かしただけなのにさぁああ!」
リーダー格の膝がガクガク震えだす。
「……え?」
「わ、わかればいいけど……
ナイフは危ないからやめてよね」
「「リーダーwwww
『排除する(キリッ)』とか言ってたのにダッサwwwww」」
「……哀」
「べえええええん!
ビビりなのバレたじゃあああん!
せっかくキャラ設定安定してきてたのにぃ!」
小人たちが混沌の中で踊り狂う、その隙に――
疲れ切ったユキは、
勝手に小人ハウスへ入り、
空いていたベッドを占領して眠り始めた。
こうして黒岩ユキは、
かなり強引に、
めんどくさい七人の小人たちとの
一触即発な共同生活を始めることになった。
朦朧とする意識の外側で、
「ユキをどうするか討論会」が始まっていたが、
それが朝まで終わらなかったことを、
ユキが知る由もなかった。




