表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

ネズミと彷徨うメルヘンの森

森は、想像していたよりもずっと静かだった。


鳥の声もない。

風の音も弱い。

そのくせ、やたらと視線を感じる。


数日前、魔女の城で最低限の旅支度を整え、ようやくこの森へ辿り着いた。

途中の村や町で、白雪姫や七人の小人たちについて聞き込みをした結果、どうやら彼らはこの森にいるらしいと分かった。


ただし、その代償は大きかった。

食料もお金も、ここに来るまでに使い切ってしまった。


――もう、ギリギリで生きている。


「……童話の森って、もっとメルヘンじゃなかったっけ?」


黒岩ユキはフライパンを握り直しながら、慎重に歩を進めていた。

魔女の城を出てから、どれくらい時間が経ったのか分からない。


ただ一つ確かなのは――

私は今、白雪姫を殺せと言われているという事実だ。


「自分で蒔いたタネ……か」


あの瞬間の自分の言動を思い出し、げんなりする。


「そもそも殺しに行くならさ、毒リンゴ持たされるとか、説明とか、手順書とかないの?

丸投げすぎない?」


そのときだった。


「……おい」


足元から、やけに落ち着いた声がした。


「ぴゃあああああ!?」


ユキは飛び上がり、反射的にフライパンを振り下ろしかけて止まる。

そこにいたのは、一匹の銀色に輝くネズミだった。


――いや、正確には「ただのネズミ」ではない。


「ちょ、待て! 振り下ろすな!

これ以上器を壊されたら、今度こそ終わる!」


「しゃ、しゃべった……」


ネズミは小さく咳払いをする。


「……改めて名乗ろう。

私こそが“あの鏡”の精霊だ。

おまえに破壊され、近くにいたこのネズミへ入り込むしかなかった……」


「……え!?

あの時の声って、あなただったの!?」


空耳だと思い込んでいた、あの断末魔の正体が目の前に現れていた。


「あなた、なんであの時、正体を現さなかったの?

私が偽物だって言えばよかったのに……」


鏡の精は、鋭い目でユキを見上げる。


「魔女から逃げたかったからな」


即答だった。


「最初は何てことをしてくれたんだと怒りが湧いたが、

よく考えたらこれはチャンスだった。

――あの魔女から解放される、な」


怒ったり、喜んだり、感情が忙しい。


「魔女の手先じゃなかったの?」


「無理やり連れてこられていたのだ。

力を悪用され、うんざりしていた」


鏡の精は吐き捨てるように言う。


「しかも、あの魔女はヒステリックでな。

いい歳して自分の機嫌を他人に取らせようとする、典型的な“こどもおばさん”だ。

私は毎日、必死で機嫌取りをさせられていた」


「……あなたも苦労してるのね」


「まあな。

それより――急がないと、おまえ本当に死ぬぞ?」


ユキは足を止めた。


「それ、どういう意味?」


「この世界は、すでに歪み始めている」


鏡の精は低い声で続ける。


「本来、私は“真実”を映す存在だ。

だが器を失った今、真実は行き場をなくしている」


「……それって」


「白雪姫も、魔女も、

この世界そのものも、正しい結末に辿り着けない可能性がある」


ユキの背中に、嫌な汗が流れた。


「私……元の世界に戻れるの?」


「さあな。

元の世界と言われても、私にはさっぱり分からん」


「……だよね」


ユキは深く息を吸い、前を見据えた。


「とにかく、やることは一つだよ」


フライパンを肩に担ぎ、はっきりと言う。


「白雪姫を助ける。

それで物語を、正しい流れに戻す」


鏡の精はしばらく黙っていたが――

やがて、呆れたように息を吐いた。


「……やれやれ。

仕方ない。おまえに着いていくとするか」


「一緒に協力してくれるの!?」


「まあな。

私も、鏡に戻る方法を探したいからな」


そのとき、森の奥から微かに聞こえてきた。


――陽気な合唱の声。

――♪ ハイホー ハイホー 仕事が好き~ ♪


「……ねえ」


ユキが呟く。


「今の歌、もしかして――」


鏡の精は、聞いたことのない歌にきょとんとした。


「大人数でえらく楽しそうだな。

そんなに仕事が好きなのか?

きっと良い雇用主なんだろう。

……こどもおばさんとは大違いだ」


そして、小さく肩をすくめる。


「悪党ではなさそうだし、行ってみるか」


こうして黒岩ユキと、ネズミの姿をした魔法の鏡は、

七人の小人たちが待つ“本来の物語の中心”へと足を踏み入れるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ