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第44話 グラーノフ攻防戦③

「チッ、やはり正規軍の規律は厄介だな」


 ヤコブは忌々しそうに舌打ちをする。銃撃を受け、負傷した住民たちが苦しそうに悶える。ヤコブは安い葉巻に火を付けた。そのぼんやりとした灯りが、暗い塹壕の奥を一瞬、照らす。


 帝国軍は、総司令官マルクス・レギオン指揮下のもと、従来の都市制圧を諦め、周到な掃討作戦を実行し始めた。


 マルクスが第一段階に据えたのは、敵の逃走と外部からの支援を完全に断ち切る、区域の隔離と完全封鎖だった。


 マルクス率いる帝国軍は、都市全周に検問所を設置し、都市包囲網を形成した。


 食料、医療物資、さらには、リアムから秘密裏に輸送されていた武器に至るまで、全ての物資が完全に遮断された。牧畜都市という特性上、その監視は周囲の広大な牧草地や農道にまで及び、周辺都市への逃走ルートは完全に封鎖されている。


(文字通り、俺たちは袋のネズミだな……)


 ヤコブの吐いた葉巻の苦い煙が、暗い塹壕ざんごうに充満する。


 すでに捕虜となった市民に対しては、身元登録と厳格なる移動制限が義務付けられ、潜伏している外部の戦闘員、あるいは市民を装ったゲリラの情報を徹底的に洗い出す作業が開始されていると聞く。

 

 【真理の灯台】のリーダーであるエレナは、ヤコブの方に向き直ると、彼に問いかけた。 


「あなたはこの局面、どう切り抜けるつもりですか?」

「お嬢様は心配なんかしなくていいんだよ。それよりも、あの策は順調なんだろうな」


 エレナがうなずく。ヤコブの細い首から肩にかけて深く掘り込まれたタトゥーが、筋肉の隆起によりかすかに動く。それは、獣が息を吹き返すかのような、不吉な蠢動しゅんどうであった。



◇◆◇◆

 【真理の灯台】が命綱として掘り上げたその塹壕は、単なる掘立て穴ではなかった。広大な牧草地の起伏に巧妙に隠された、深く、堅固な地下壕。内壁は土嚢どのうで補強され、上空の偵察からは容易に発見されないよう、入念に偽装されていた。


 そして、その地下壕の暗い口から、わずかばかりの男たちが這い出る。夜の闇と同化するように、音もなく……。彼らはヤコブの精鋭部隊。顔には泥と炭が塗られ、まとう布地は周囲の夜の風景に溶け込んでいた。


 夜の帷の中を這うその精鋭部隊の隊長は、リキュール。もともとは貧しき農奴であったこの男は、グラーノフの反乱において、その非凡な戦術眼と冷徹な実行力を見込まれて、登用された。地方領主による凄惨な虐待の末、左腕が欠損しているその男は、闇夜の中で獲物を狙う猛禽もうきんのように目つきを光らせる。


「油断している場所から食い破るぞ」


 リキュールは音もなく息を吐き、右手の指先で地を掴む。彼の命令に従い、精鋭部隊はさらに深く、敵の警戒区域へと侵攻していった。



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