第2話 御前会議①
エリアスに用意させた報告書と献策を読む。
たしかにこの策がはまれば、カール帝国との戦争の勝率は0%から3割程度まで上がるだろう。しかし。しかし、だ。
彼は現実に照らし合わせた策を立てられていない。
第一、まだ可能性の段階であるカール帝国との戦闘を行う準備が議会で可決できるわけがない。
現時点でこの策を実行すれば、俺はおろか俺の周囲の人間含めた全員の首が飛ぶ。まあ、そのために俺がいるのだが。
こんな暇人である俺だが、唯一王族として公務に参加しなくてはならない時がある。
御前会議
父である国王アルフレッド三世の下、後継の王子たちが集まり、国家の方針を議論するのだ。そこには、各王子の他に、有力な議員や将軍、王子たちの世話係である宦官なども参加する。王位継承戦において末席である第四王子の俺には、この場において発言権はない。強いていうなら、父王だけは私のことを気に入り、寵愛してくれているが……。
御前会議に足を運ぶと、すでに俺以外の王族は揃っていた。
「遅いぞ、リアム」
第一王子エドワード。実直な性格であり、民からの信任も厚い王子である。鍛え抜かれた肉体と威厳のある顔つき。質実剛健な人物で贔屓を行わず、王位継承に一番近い人物である。
「まあまあ、エドワード様。リアム様にもご事情があられたのですよ」
エドワードを宥めるこの男こそ、王宮のマムシこと大宦官ユスタキウス。恰幅の良い体型と温厚な性格で、王党派を従える宦官のボスである。王国の伝統を誰よりも重んじ、保守的な人物として知られる。表立っては自身の意見を主張すことは決してないが、彼と敵対した人物は政敵として王国からさまざまな形で排除されている。
こんな優しげな言葉を投げかけているが、王宮から俺を排除しようとしている人物でもある。現に今の言葉だって、「王宮の大事な会議に遅れてまでしなければならない用事が彼にはあったんでしょう」という嫌味を含んでるしな。
まぁここまで敵視されるようになった理由には、俺が「金の無駄だ」と王国が重要視する建国祭典の予算を削減する案を提出したり、宦官の一部にはびこる汚職をエドワードに告発したことなどが原因だろう。
特に汚職の告発がまずかった。
宦官たちの資金源は、有力貴族や商人からの賄賂が大半を占めており、この賄賂を断たれると派閥の存続ができなくなる。まぁ一応、王国から謝礼金が支払われているのだが、他派閥と比較すると少額になるため、派閥の維持を考えるとこの手しかないのだろう。そのため、汚職の告発は、彼らの生命源を絶たれることと同義であった。
さらに、エドワードが宦官という制度に疑念を抱くきっかけを与えたというのも、俺を排除したい原因なのだろう。エドワードを彼ら派閥が推す理由は、一番コントロールしやすい王子だからにほかならない。特にユスタキウスはエドワードの教育係であり、エドワードに思想哲学、礼儀作法、道徳、宗教に到るまですべての知識を教えたのは彼だ。
エドワードにとって彼は師であり父であり、そして一番信任のおける人物なのである。その信任にひびを入れかねないことをしたのだ。そりゃ、怒って当然だ。
だがまぁ、愚直な王子と老獪な宦官。
コンビとしては、一番厄介な組み合わせといえる。彼が国王になれば、俺は晴れて粛清候補にノミネートだな。
「相変わらずお堅いなぁ、エドワード兄さんは。可愛い末弟に対して、そんな扱いをするなんて。あ、リアム君は気にしないでね」
髪を掻き上げながら爽やかに言うこの男こそ、エドワードに次ぎ王座に近いと目される男、第三王子アーサーであった。
端正な顔立ちをしており、彼に好意を寄せる女性は多くいる。国民の間でファンクラブが作られるほどであり、国民人気が最も高い王太子だろう。さらに、聡明な頭脳を活かして、王族でありながらも外交官として、他国の交渉を行っている。
俺は軽く会釈をして、自分の席に座った。
「そんな甘い考えでは王族は務まらん」
「エドワード兄様は、真面目すぎますって」
この会話を横目に見ながら、アーサーの後ろで静かに佇む男がいた。宰相ロデリック。アーサーの後ろ盾であり、頭脳明晰な現実主義者である。細いが筋肉質である洗練された肉体に、短髪の白髪。口には長い白髭を携えており、多くの皺が顔に刻みこまれている。
彼は知略を重んじ、大学や図書館などを建造することで市民に教育を啓蒙している。そして優秀な人材に支援を施し、様々な分野の場所に送り込んでいるのだ。
そのため国家の中枢には彼の教え子が多数おり、それが彼の政治力によってつながっている。彼が調停者として間を取りもつことで、対立する有力者同士でも無意味な争いをすることなく、建設的な交渉ができるのだ。
彼がアーサーを推す理由。それは単純な動機だろう、アーサーが知的で穏健な性格だから。彼自身がアーサーという人物に特段肩入れしているわけではない。
あくまで「王国を守る」ため、適任な候補を支持しているだけだ。だが現実問題、公正な視野を持ち国家を運営できる人材。それには、彼以上の適任はいない。
バン
勢いよく、机が叩かれる。その振動による地響きが、足から伝わってきた。大柄な男が、声を張り上げる。
「くだらねぇ」