第1話 妹を愛でる
アルビオン王国。
この国家には今、不穏な空気が漂っていた。
諸外国との貿易赤字がここ10年にかけて永続的に継続し、国内経済が麻痺しているのだ。
国内の製造業は、原材料や部品の供給が徐々に途絶えていくことにより深刻なダメージを受けている。
特に軍需産業は深刻で、軍艦や戦車など巨大武器の製造が大幅に遅延・中止されている。
このことが原因となり、軍部は文官達との対立を深めている。
さらに、輸出産業の縮小したことにより、大規模なリストラが続出。失業者が多く出た王都周辺ではデモが頻発し、王権廃止を訴える市民団体さえ誕生していた。
そんな不安定な国内情勢はどこへやら、俺は自室で妹を愛でていた。
「お兄様、おやめください」
恥じらう様子を見せるリリアーナをくすぐる。
まだ幼いが、清楚な可愛らしさがある。くすぐるたびに、高い声とほのかな吐息が漏れる。
「ほら、かわいい妹よ。俺にその顔をじっくりと見せておくれ」
「お、お兄、さまぁ」
「相変わらずのシスコンぶりだな。とても王族とは思えない気持ち悪さだ」
その様子を見た眼鏡の男は軽蔑した目で、俺に言う。その男は痩せ型で色が白く、長く伸びきった髪を紐で後ろ手にくくっていた。
「エリアス、不敬だぞ。その言い草」
口をとがらせて、俺は言う。そんな俺を無視し、エリアスは報告書を俺に渡す。
「リリアーヌ様、これからはご内密な話、離席をお願いします」
「分かりました。お兄様をお願いしますね」
そうにこやかに微笑むと、リリアーヌは退席した。俺はエリアスを、ふてくされた顔で睨んだ。
「仕方ないでしょ。彼女だって、一応王位継承候補。派閥争いの渦中にいるんだ」
「俺はそんなものには、興味ありませーん」
そんなことばかり言う俺にあきれた表情を浮かべながら、エリアスは報告書の内容を簡潔に俺に伝える。
「やっぱり、お前の予見通りだ。東国カール帝国では、鉄や食料品などが市場から姿を消していた。商人が高値での買い占めが行っている。一部の民間人は、軍からの特命を受けた商人がやったって言ってるみたいだ」
「へ-そうか。ま、そんなことだろうなとは思った」
俺は報告書に目を通すと、あくびをしながら適当に返事をする。そんな俺の様子に、エリアスは少しいらだった口調で言った。
「で、お前はどう動くんだ、第四王子である王族のリアム様は」
「嫌味か、俺は皇位継承末席だ。何もできることはない」
疲れた表情をしたエリアスは、あっけらかんとした俺を睨む。
「そうやって、能力をひた隠しにする生き方、私には理解できない」
「能力をひた隠しにしているわけじゃない。俺は、ひっそりとした余生を暮らしたいだけさ。それにこの件に関して、俺が何も考えていないわけじゃない。本当に打てる手がないのさ」
エリアスは俺を見た。俺は鋭い眼光を見せながら、話を続けた。
「カ-ルが戦時経済に移行していることは、この報告から分かった。つまり、ここ数年以内に戦争をする可能性が高く、それが我が国アルビオンである可能性は非常に高い。」
「だから、我が国も戦争準備をする必要が!」
俺は、肩をすくめる。
「それをしてしまうと、アルビオンに攻撃する口実を与えることになる。大義名分がある方が戦争は強い。騎士や国民の士気に直結するからな。」
俺は少し間を空ける。エリアスは考えているのか、押し黙っている。
「ここ数十年、あの国は平和的軍国主義を提唱し「戦争不参加」を貫いてきた。その結果、国際的な評価は上昇していき、移住者は年々増加している。」
「それは……」
「一方で、アルビオンは経済力をここ数十年にかけて低下。国民の不満が増大し、しまいには革命まで起こり出しそうな始末だ。国民解放という大義名分がすでに向こうにあるのに、さらに「戦争準備」というカードまで相手に与えるのか」
「まさか、何もしないつもりじゃないですよね」
「さぁな」
俺は、エリアスの問いをはぐらかし、自室を後にした。