第9話 潜入捜査②
「本日はお集まりいただき、まことにありがとうございます」
カエルのような面をした男が礼をした。彼は、王立学院元法学教授ゲコエル。でっぷりとした腹に小柄な身体。その体型にはあまりに合っていないパッツンパッツンのスーツ姿。ギャグ漫画の中から飛び出てきたのような見た目をしている。
【真理の灯台】は、王立学院の教授陣によって創設された組織だ。そのため、元王立学院の教授たちが、幹部として重要なポストを独占している。だがだからこそ、理論は洗練されており、最も説得するのが難しい革命団体でもあった。
「本日の講義は宦官派の腐敗です。エレナ様、お入りください」
ウォォォーーーーーー!!
大音量の歓声がまばらに湧き立つ。綺麗な赤髪を後ろで結んだ、凛とした女性。30代半ばとは思えないほどの白い肌をしており、そして、何よりも、信じられないくらいの巨乳。
男も女も惚れぼれするほどの胸。
俺は、こう見えても変態王子。
あんなたぶんたぷんと揺れる胸を見せられ、平常心で入れるわけがない。俺も周囲の歓声に合わせて叫ぶ。
オォーーーー!!
グサッ
エリアスが的確に、脇腹を指で刺す。
「目立つな!!」
「うぅぅぅぅ……」
そんなに怒らなくてもだろ……俺が声にならない声でもだえている間に、彼女は教壇に上がり、話し始めた。
「このような歓声をいただき、誠にありがとうございます。私は【真理の灯台】代表職を務めているエレナと申します」
ウォォォーーーーーー!!
また、歓声が上がる。
「しかし、カルト宗教のようだな」
エリアスがぽつりと呟く。たしかに、それは信者と教祖の関係に近いような気がした。しかし、俺にこの空気感にそれとは違う違和感を覚えていた。なにか、不穏な違和感を。
エリナはその歓声が静まるのを待ち、話し始めた。
「宦官は、内乱期に急速に力をつけた勢力です。それまでの宦官は、あくまで大奥の世話係としての役割しか持っていませんでした」
また歴史の授業か。
彼女は、俺やエリアスが王立学院に通っていた頃、歴史学の講師をしていた。特に彼女の研究対象は「宦官」。
この話は講義中に耳にタコができるほど聞かされたものでもある。たしかに、彼女の授業は独創的で面白い。
なにより可愛いし……。
でも、流石に何度も聞かされると、人間、あきるものはあきるのだ。俺はあくびをしながら、ぼんやりと聞く。
「しかし内乱期、第二王子を推すエルダーと第一王子を推すブルーダーが王位継承を掛けた内乱の中、宦官は急激に勢力を拡大することになります。その契機となったのが、カラシニコフという貴族です。エルダーはカラシニコフ、そう、現宦官長を務めるユスタキウスの祖父に、この内乱への参加を依頼しました。カラシニコフはこのことを快諾し、大軍を率いて参戦したと伝わっています。これが結果的に戦争の趨勢を決めた、つまり、第二王子の勝利を決めた決定的な要因でしょう。しかし、この参戦は戦前の資料と照合すると、あまりにも不自然なのです」
王国内乱。
150年前に起きたこの問題は、多くの革命勢力にとって、王権の腐敗の象徴とされている。
表向きは後継者争いという形になっているが、実態は宰相エルダーと元帥ブルーダーとの間に起こった権力闘争であった。
当時のアルビオン王国は英雄・ブルーダー元帥率いるアルビオン獅子軍が他国への攻勢を成功させ、栄華を極めていた。それに業を煮やしていたのが、エルダーだった。エルダーは議会での発言力をブルーダー等軍部が増している現状を警戒していた。
(ブルーダーは、王国を軍事独裁国家に変貌させる……)
そのように確信したエルダーはブルーダーの強権的なやり方に反対する軍部の人間を集めて、独自の義勇軍を作らせた。さらに、その義勇軍に、王国最大の貴族であったカラシニコフの私有軍を動員して、大規模な軍隊としたのだ。
つまり、カラシニコフがいなければ、内乱期において、第二王子は勝つことは絶対にありえなかったのである。
しかし、本来であれば、カラシニコフの出兵はありえないことであった。
「この時、カラシニコフはエルダーとの間に、荘園抗争という問題を抱えていました。エルダーの荘園拡大路線、この方針がカラシニコフ領の荘園にも及び、地域紛争が何度も起こっていたのです」
そう、エルダーは戦争資金を集めるために、カラシニコフ領に攻勢を仕掛けていたのだ。そんな人間と、同盟を結ぶことなどまずありえない。誰もがそう考え、「第一王子を推すブルーダーが勝利することは間違いない、これからは軍部の時代だ」と胸を高鳴らせていた。
しかし、事態は一変する。
カラシニコフはエルダー側として参戦したのだ。
このことが「エルダーが裏でカラシニコフと共に、王国を転覆しようとしていた」という陰謀論を生み出した。この陰謀論を革命集団は国民に広め、多くの国民がこの思想を信じるようになっていた。
そして、この思想の根幹にあるのが【真理の灯台】、いや、特にエレナか。
彼女が王立学院教授として最後に書いた論文『内乱初期のエルダー公について:カラシニコフ公との関係を中心に』
この論文は論文でありながらも見る者の心を扇動する力を持っていた。そのため、彼女の論文は全文が検閲され、王立図書館において禁書として扱われることになった。そして、その内容とは、
「そこで私は仮説を立てました。エルダーとカラシニコフは、ある密約を結んだのではないか、という仮説を」
そう、彼女はここで恐るべき嗅覚を発揮して、カラシニコフとエルダーが結んだであろう密約の仮説を立てたのだ。
エレナの熱量が上がっていく。
「カラシニコフは参戦にいたるまで、エルダーとの間に3回に渡る協議を行っています。しかし、カラシニコフは無条件でエルダーに荘園を明け渡した上で、参戦しました。そんな都合の良いことがあるわけがありません。相手は、あの宦官を作った男なのですから。ここから話すのは、私は王立学院で最後にした研究の内容です。結論から言いましょう。」
「エルダーがカラシニコフに渡した密書の内容、それは」
衝撃的な言葉が飛び出す。彼女は、もうそんなところまで掴んでいるのか。論文で書かれた内容よりも深い知見を得ている。すさまじいな。俺は驚嘆し、息を呑んだ。周囲の聴講生たちも驚きのあまり、息が止まっている。
歴史学というものは、推理小説に近い。与えられた史料から、その当時の人物の考えを推察していくものだから。
だからこそ、名探偵のような深い洞察力のある仮説を提唱する歴史学者もいれば、迷探偵のように論理の迷路に迷い込み、不明瞭な仮説しか出せない者もいる。
彼女は名探偵と言ってよいだろう。徐々に、真実の大枠を掴もうとしている。
そして、俺は確信する。聡明な彼女にならば、この手を切るだけで充分だ、と。
「ここで話は変わりますが、内乱終結時にカラシニコフが行った演説を紹介したいと思います」
彼女が話し始める。カラシニコフの演説。この有名な演説。入り出しは、
『こたびの内乱、その責は
「「私にある」」
皆が驚き、俺の方を見る。極力、目立ちたくはない。できれば家で妹とゆっくりと過ごしたい。
だが……。
ここで目立つことこそが、後々目立たないための唯一の方法だから……。
俺は仮面を脱ぎ捨てる。白い仮面がカランカランと音を立てて床に転がり、暗い部屋にぼんやりと俺の顔が浮かび上がった。
「説教くさい授業は、相変わらずだな」
俺が叫ぶ。エリアスは頭を抱えている。やめろ、と言わんばかりに彼は俺の服のそでを掴む。が、俺は彼の制止を無視する。このことは後々の大きな布石となるのだ。だからこそ、邪魔はさせない。
「久しぶり、エリナ先生」
瞬間、俺が誰かを悟った【真理の灯台】の貴族たちが一斉に銃口を向けた。それを見たカインは貴族たちを威圧するよう、静かに大剣を抜く。
「お前らと交渉しに来た、第四王子リアムだ!!」




