一話 旧市街
読者の皆さま、始めまして。月の獣と申します。
こちらの作品はpixivで公開していた小説の移植版です。
基本的に違いはございません。更新はpixivが先になります。ご了承ください。
https://www.pixiv.net/novel/series/13595863
「…ているか?おい」
なんとなく、人の声が聞こえた。
「聞こえているか?おい、わかったなら何か反応をくれよ…」
がちゃがちゃと、金属とプラスチックが擦れる音が聞こえた。私は今どういう状況だ?
「こりゃ参ったな...」
手をなんとなく音のする方へ伸ばしてみた。その人は手を握り返して、強く握った。温かい...地面が体温を奪っていくなか、たった少しの手のぬくもりも楽園に感じられるものだった。
「ちょっと待ってろよ。準備はすぐ済むさ。」
少しの間耳鳴りがした。耳鳴りは暫くするとおさまった。目を開けてみると短い銀髪の人が耳にさしたイヤホンのようなもので会話をしている。暗い暗い夜だ。風が冷たい。空に、光る何かが一つ見えた。あれは何だろう?
「身元不明だって言ってるだろ…?…知らないよ。この型は博士しか知らないだろ、当たり前さ?たぶん…。あぁ分かったよやればいいんだろ、切るよ。」
輪郭が女性に見えるその人は、腰のあたりに掛けてある銃をいじったあと、こちらへ話しかけた。銃にはケーブルが付いていて、肩のあたりまでそれが伸びている。珍しい形だ。
「おい、よく聞けよ。ここは旧市街だ。お前がどうやってここに迷い込んだかはしらない。服は新市街の形だからな。…旧市街は危険すぎる、今から信頼できる博士のところにお前を連れてっいってやる。何か聞きたいことは?」
喋ろうとしても、言葉が出なかった。口で何かにストップがかかったみたいだった。仕方ないから首を横に振った。
「あぁ、僕は2号。それじゃあ行くぞ。立てるか?」
また首を横に振った。2号は少し面倒くさそうな顔をした。動かそうとしたがどうやったら力を入れられるのか、忘れてしまったようだ。
「そー…か。うん、分かったよ。」
2号は私の体を掴んだかと思えば、いきなり肩に担いだ。視界が急に移動したので驚きを隠せない。乱暴な人だと思った。
「旧市街について、お前何も知らないみたいだな。」
2号は歩きながら言った。旧市街と呼ばれているこの場所は無機質なコンクリートばかりの場所で、ところどころ、というよりほとんどの場所のガラスや塀は壊されていた。踏み固められた地面は、もとはコンクリートのようなものだったのだろうが、上から土がかぶさってその面影は見えない。
「ここは新市街で生きれなかった奴があつまる、いわば犯罪が横行するスラム街だ。」
納得した。でなければこんなふうに壊された街が平然と存在するはずがない。
人影が何人か見えた。全員、何かしらの武装をしている。
しばらく歩いた。レンガとコンクリートでできた小屋が、2号の住処だという。鉄格子の扉と、分厚い銅の扉を抜けた。
「ここが、私達の家だ。今、博士を呼んでくるからここで待て。」
小さい部屋だ。今入ってきたドアと、もう一つ、銅の扉がある。そこから2号はいなくなった。部屋にある埃っぽいベッドに腰掛けている。天井から吊り下がっている、4世代くらい前の形のランプだけがこの部屋の明かりだ。薄暗い空間に、ベッドと、扉と、簡素な棚が一つ。あと金属でできた机と回転椅子。電気系統の物品が端っこの方に追いやられているようだが、それ以外はなにもない。カビとホコリが混ざった匂いがする。
なんとなく足に力を入れていみる。立てない。口で何かを言ってみようとするけど、やっぱり無理だった。手の自由は効く。目も耳もある程度は使える。どうしてだろうか?
2号が戻ってきた。もう一人、若い男の人を連れている。男の人は黒い髪をしていて、長い髪を右肩から下に流している。首に刺青が入っている。少ししか見えない。何せ、着ている服のフードだったり、髪だったりが模様のあたりにまとまっているからだ。
「ああ、君が例の人かい?こんにちは。2号から話は聞いたよ。」
男の人が回転椅子に腰掛けてこちらへ挨拶をした。2号は扉の近くで銃をまじまじと見ている。こちらへは全く興味がないようだ。
「…君、なにか覚えていることはあるかい?」
首を横にふった。基本的なコミュニケーションと生活に必要な常識は知っているくせに、他は何もわからない。旧市街のことも、何も知らなかった。
「そうか。多分政府の…まあ、なんでもない。私はここの施設の管理主だ。シグマと呼んでくれ。」
彼からもらった名刺のような小さな紙に、Dr.ΣIGMAというサインが書いてあった。2号は言う。
「あーシグマ博士?もういいだろう?部屋に戻りたいんだが。」
「2号、まだここにいろ」
2号は明らかに嫌そうな顔をした。雑音にかき消されてしまったが、たぶん舌打ちをしていただろう。
シグマ博士はメガネをくいっとしてから、私の手を取った。
「この眼鏡はファッションさ。伊達だよ。それでな…」
シグマ博士は手を見てみたり、目になにか当ててみたり、いろんなことをした。何だったのかはわからないが。こう近くで見ると、シグマ博士は結構背が高くて、肌がきれいだ。髪型だけどうにかなれば、それなりにモテそうではある。
「そうだね、君は人間だね。純粋なやつだ。この時代に珍しい…」
単刀直入に言われた。逆に人間以外の人がここにいるのか?...シグマ博士から説明を聞いた。ここにいる人間に見えるもの、シグマ博士や2号も含めて、そういうのは「機械人形」とよばれるものであること。旧市街の人の九割九分は機械人形であること。それはAIが生み出した、人間には理解できないほど緻密な構造、「魔法」によって生み出されたものであること。そして、それに私は当てはまらないこと。
「私はその、機械人形を生み出す仕事をしているんだ。世間からは俗に魔法使いとも言われたりするがね。超高度技術が魔法と呼ばれるなんて、皮肉だな。」
シグマはなんとなく私の出自についてなんとなく察しているようではあるが、私に伝えようとはしない。すごくむずむずする。
「まあ、君が喋れない欠陥品であるというのは明らかだ。うむ...そうだ、君には名前がない。不便だろう?『オラクル』と名乗りなさい。しばらくはここで暮らすといい。」
シグマはそう告げ、2号になにか話すとそのまま部屋から出ていってしまった。
「僕は仕事をするのは嫌いなんだ。部屋につれてってやるから、あとは1号とか15号とか、その辺の仕事好きに頼ってくれよ?」
2号はまた乱暴に肩に担いだ。銅の扉の先に廊下がつながっていて、入ってきて右側の3番目の扉を開けた。ベットが2台あった。一つはとてもきれいに整っていて、もう一つは布団もない。ただマットレスがあるだけだ。
「今、布団とシーツ持ってくるから、ちょっと待ってろ、なんか欲しいものあるか?」
飲み物を飲む動作をした。2号はそれを見てすぐに部屋から出ていってしまった。
次に部屋に入ってきたのは2号ではなかった。2号は銀色っぽい短い髪で、銃を腰にかけていた。でも、次に入ってきたのはもっと髪が長くて深緑をしている女の人。
「こんにちは、お名前は…オラクルさんでしたっけ?2号に頼まれて、色々持ってきましたよ。」
その人は簡単にベッドメイキングをしてくれて、金属容器に入った水も持ってきてくれた。さらにチョコが入っているパンも持ってきてくれた。拡声器でも使ったかのような音量でお腹が鳴った...
「どうぞ。2号からの伝言で、おそらく混乱による脱力だと聞きました。とりあえず、これでも食べて、落ち着いてくださいね。」
私はパンに手を伸ばして無心に食べ始めた。おいしい。すごく、ものすごくおいしい。
「ふふ。私は13号といいます。ここの施設で主に救護と料理をしています。そして、あなたと同じ部屋に住んでいる人でもありますね。」
パンを食べながら聞いていた。…なんかチョコが苦い。さっきはあんなに美味しく感じたのに、今はそうでもなく感じた。
「ここの施設には、0号、1号、2号、5号、8号、13号、15号、そしてシグマ博士の8人で暮らしています。ここであなたとお会いできて本当に嬉しいです。」
パンを食べきった。最後に水で苦みを消し去った。13号は部屋の電気を消して就寝の準備をした。私もそれに合わせて寝ることにした。ゆらゆら視界が揺れているー…
夢を見た。
シグマ博士のような人がいる。雰囲気は似ているが、見た目が違う。刺青もないし、長髪でもない。きれいな都市の噴水の前でサンドイッチを食べている。そこに誰か、年老いた人が近づいて話しかけた。
「やあ、デイヴィッド・キャンベル・スキャートリー君。」
「ああ、先生。こんにちは。その名前は長いでしょう。どうか私をスキャッターとでも呼んでください。」
サンドイッチを食べながらそういった。口がもごもごしている。
「そうだ、先生。サンドイッチがあと3つあるんです。お一つどうですか?」
「そうだね。スキャッター君の特製サンドイッチでももらうかな。」
先生と呼ばれるその老人は、スキャッターの横に座ってサンドイッチを食べ始めた。老人はサンドイッチを1つ食べ終わると煙草をふかした。スキャッターはまだ食べている最中だ。
そこで夢から覚めた。何ともお腹がすきそうな夢だったが、すぐに内容は忘れてしまった。
部屋を眺める。昨日と同じようにきれいにベッドメイキングされている。すでに13号は起きて、どこかに行ってしまったようだ。地面に足をおろした。立てる。歩ける…!
扉を開けて廊下へ出る。地面はほぼ踏み固められた土だ。外とあまり変わりない。明かりがついている扉を一つ開けた。13号がいた。あと何人か。昨日言っていたあの人たちだろうか。埃っぽい椅子に座っていたり、寝っ転がったりしている。
「あら、オラクルさん。おはようございます。」
「おい13号?なんか変なもの食わせてないだろうな。」
入口の方から、2号が顔を見せた。寝癖が付いている。
「変なものはあげていませんよ、昨日はいつものパンを食べさせました!美味しそうな顔で食べるから、もう感激してしまったのです。」
2号はそのまま微妙な表情をしてどこかへ行ってしまった。昨日のパンは確かに苦かった。でも、そこまで壊滅的ではなかったが...
「常套手段だね。あんたクスリ入れられてるよ、おつかれさん。」
背もたれからこちらに話しかけてきたのは名前も知らない人。
「言い方が悪いですよ、8号。これは精神的苦痛を伴わない治療方法の一つとしてちゃあんとあるのですから。」
13号は誇らしげに語った。話を聞くところによると、どうやら食べものの中に治療薬を仕込んで食べさせるというのが好きな治療方法らしい。昨日食べたパンには、混乱による脱力症を和らげる薬が入っていたみたいだ。それを聞くと、なんだか気分が悪くなった。そのあともらったスープもなんか美味しく食べられなかった。
シャワーを浴びて、歯を磨いた。服は8号に借りた。ちょうど身長が同じくらいなのが8号しかいないのだ。さっぱりしたところで、2号を探した。どこにいるだろうか?廊下には10の扉があった。今私が把握しているのは、食堂と自分の部屋、あと洗面所だけだ。突き当りの鉄格子の窓が付いた扉を開けて中に入った。ただの物置きだった。
その右側にも鉄格子の扉があった。開けて中に入ったが、また物置きだった。でも、さっきと一つ違うことがある。物置きの棚の隙間、手記が挟まって落ちている。埃をはらって、土も落とした。
「2113-3-15 Dr.E Establishment of the Old Town and its relationship with the government. 」
今は確か、2129年の11月19日だと聞いた。16年前の手記?中は専門的な言葉が書き連ねられている。読めたのは最初の数ページだけで、あとは乱雑な文字で読めもしない。読めた所にはおおよそ、こんなことが書かれていた。
「旧都市は、新都市の政府軍の行き過ぎた抑圧運動により発生したスラム街なのである。紫雲とよばれる人が旧都市に超快速通信網を開通させ、それ以来旧都市でも機械人形が生まれるようになった。旧都市は地下にアリの巣状の穴が広がり、下に行けば行くほど貧困層を意味する。全容は不明。」
紫雲という人は有名人なのか?
「ああ、君だったかオラクル。あれからどうだい。ここには慣れたかな?」
シグマ博士の部屋を訪ねた。13号が部屋を教えてくれたのだ。シグマ博士の部屋はいかにも技術工という雰囲気だ。ほかの部屋より一回り大きい。
「君用に外部デバイスを簡単に作ってみたんだ。ちょうどいい、調整していこうか。」
眼鏡のようなものだ。目にかけてみたが、なにも起こらない。視界の端の方に黒色の眼鏡のふちが見えるだけだ。シグマ博士の言うとおりに眼鏡の上の方を撫でた。特に変化はない。
「君は貴重な人間だから、目に機械を入れるとか、そういうことはしたくないんだ。」
『そうだろう、オラクル?』
視覚情報として文字が浮かび上がった。いわゆる何世代も前のSNSであった、DMに似た機能らしい。多くの機械人形は既にこの機能を体内に取り込んでいるというのだから恐ろしい。それをかけてシグマ博士にまたいろいろと見られた。今日の博士はいいにおいがする。香水の匂いだ。シグマ博士はふだんそんなことをするタイプではないと思っていた。
「この後、すこし旧市街に出るよ。君も行くかい?暇そうだった2号も一緒さ。」
首を縦に振った。
一番最初にシグマ博士に出会ったあの部屋に二人でまたやってきた。2号はそこで待っていたようだ。シグマ博士はいつのまにか片手に1mくらいの棒のようなものを持っている。2号にそれを手渡した。
「博士?これ重いから持ってくのいやなんだけど」
しぶしぶそれを背中の方にかけた。なるほど、剣のようだ。見た目だけじゃわからなかった。
「君の安全を守るためだよ。旧市街では何が起こっても不思議じゃない。」
...既に2号は銃で武装しているが?とツッコミを入れたくなった。
シグマ博士もデザインが似たものを腰にくっつけている。同じのを私にも渡した。
「オラクル。君は何かあったとき、太刀打ちなどできないだろう。でも一応の可能性に懸けてこれを渡しておくよ。オラクルがそんな状況にならないことを願うが...」
2号が言ったように結構な重さだ。引っ張ってみると30cmくらいの赤色の刃が出てきた。使わない事ばかり祈る。
博士が扉を開けて旧市街の方へ抜けていった。博士のローブが風になびいているーー
お読みいただきありがとうございました。
是非コメントやTwitterのDMで感想をお寄せ下さい。




