後編
「ルークくんだね?」
「あい」
騎士風のおじさんの問いかけに、俺は良い子のお返事で応じた。
レスキュー隊の人だよね?
来てくれるって信じていたよ!
いや〜、良かった良かった。
このまま町まで自力移動しなきゃならなかったらどうしようと思ってたんだ。
方角がわかって、移動開始しようとした時、森の地面ってハイハイに向かないって気づいてさ。
森って腐葉土だけじゃないんだよ。
折れた枝とか、トゲトゲした実とか、石とか、縁の鋭そうな葉っぱとか、赤ちゃんの柔らかい手のひらには危険すぎる物がいっぱい落ちてるんだよ。
ちょっとの切り傷だってバカにできない。
破傷風になったら命に関わる。
森の土なんか雑菌だらけだろうし。
じゃあ飛べば、と思うでしょ?
残念、俺の魔法の腕前では、ゆっくり落ちていく事はできるけど、地面から浮かび上がる事はできません。
パラシュートの真似事はできるけど、ドローンの真似はできないの。
魔法は万能だけど、俺は万能ではないのだよ。
というわけで地道に地上を移動するしかない。
俺は知恵を絞って考えた。
魔法でフカフカな土を出して、その上をハイハイすればいいじゃない!
これがやってみたら意外と進みづらかった。
ぬかるみにハマる感じというのかな。
手をつくとスポッと埋まってしまうんだ。
それでも頑張って前進してたんだけど、いまいちスピードが出なくて。
マダムの家の廊下で出せるトップスピードと比べるとカタツムリのよう。
街道に出る前に日が暮れちゃいそうで、焦ったよ。
レスキュー隊のおじさんたち、見つけてくれてありがとう!
ほんと助かったよ。
三人のおじさんたちはそれぞれ馬を連れていた。
抱っこで馬に乗せてもらえたんだ。
前世と今世を通して初の乗馬体験!
お馬さん、いいね、可愛いね!
それから他のレスキュー隊員さんたちと合流して、知らないおじさん集団に囲まれて町に凱旋。
皆大喜びだよ、お祭りムードだよ、俺が主役だよ。
ありがとう、皆さん、ありがとう。
手振ろうか?
目線こっち?
ちなみに自分が生まれた町を外から見たのはこれが初めて。
門をくぐって入るんだね。
ゴツい壁と、大きな門と、槍持って立ってる門番の格好良さに感動!
まさに異世界って感じ!
門の中ではマダムとメイドさんが待ってた。
「ルーくん!」
マダム、泣きそう。
心配かけちゃったね、ごめんね、泣かないで?
「まぁむ」
慰めようと手を伸ばしたら、騎士のおじさんが俺をマダムに手渡してくれたよ。
抱っこから抱っこへ、受け渡し移動です。
「ちょっと聞いた? 今、ルーくんが私のこと『お母さん』って!」
マダム、今泣いたカラスがもう笑った状態。
テンションアゲアゲ?
ところで『お母さん』とは呼んでません。
マダムのダが上手く発音ができなかっただけです。
なのにマダムったら喜んじゃって。
「そうよー、ルーくんのマムよー」
なんてはしゃいじゃって。
あなた母親世代じゃなくて、祖母世代でしょ。
周囲のおじさんたちが微妙に生温かい目になってるよ。
まあいいか。
頑丈の域を超えた強固なベッドに寝かせてくれた恩があるし。
…と思ったら、大人同士の会話によると、あれはベッドが特別だっのではなく、うちのママが旅立つ前にガチガチに守護魔法かけまくったらしい。
他にも俺の衣服とか玩具とかにも、これでもかこれでもかと魔法をかけていったとか…。
うん、母の愛が激重だね。
※
ママはそれから五日後に帰ってきた。
面変りしたパパ(?)を連れてね。
「ルーク、何があったのですか?」
それはこっちのセリフだよ。
ママ、何があったのですか?
横にいらっしゃるパパ(?)の髪の毛が無くなってるんですけど?
ロン毛だったのが、五分刈りくらいになっている。
そのせいで印象違いすぎて、もはや誰だかわからないんですけど。
あなた本当にパパですか?
「ルークが俺の頭ばかり見てるんだが?」
「見慣れないからでしょう。ルーク、パパの髪型は事情があってやむを得ずこうなったのです。また伸びますから気にする必要はありません」
いや、気になるよ?
でも今は教えてくれないんだね?
いつかきちんと説明してよ?
まあとりあえず、その五分刈りの人はパパだという事にしておいてあげよう。
それで、ママは俺に何を聞きたいの?
「ルークが森で魔法を使ったと聞きました」
ああ、その件ね。
と言っても大した話じゃないんだよ。
森で魔獣に囲まれてると気づいた時、以前ママから教わった事を思い出したんだよね。
危険が迫って助けを呼びたい時は『光』の魔法を空に打ち上げる、って。
それを思い出して、どこかにいるはずのレスキュー隊に見えるように、出力最大で『光』をぶっ放しただけ。
いけーっ、照明弾、いや、閃光弾だーっ、て気合を入れて。
もちろん自分の魔法で自分の目が眩むなんていう初歩的な失敗はしません。
ちゃんと『伏せ』の姿勢で目を守っておいたよ。
どこかにいるはずのレスキューに居場所を知らせるのと、魔獣への目潰しを狙った一石二鳥の魔法は大成功したらしい。
魔獣が『キャン』って言ってたからね。
でもね、その時俺は思ったのだよ。
魔獣は狼型だし、狼ってつまり犬みたいなものじゃん。
犬って視覚より聴覚や嗅覚が優れてるじゃん。
それらも潰しておかないと、俺、安全じゃなくない?
咄嗟に追撃の魔法を選んだね。
嗅覚を潰す魔法は思いつかなかったから、聴覚を潰そう、と。
聴覚を潰すならやっぱり音波だよね。
音すなわち空気の振動。
だから思いっきりぶつけました、空気の固まりを全方位に!
自分を中心とした同心円状に『『『爆発』』』って感じで一斉にぶつけたんだよ。
この世界全てが俺のドラムじゃー、って感じでバーンと叩きつけたね。
魔法の種類で言うなら風魔法。
魔法名を付けるなら『爆風』かな。
イメージだけでやったから、名前も何もないけどね。
そしたら魔物がいなくなり、ラッキーにも木が倒れてくれて、太陽が見えて、方角がわかった。
後はもう、土を盛りながらのハイハイだよ。
俺、頑張ったよ!
…というような内容を1歳児の語彙を駆使して伝えた。
この世界の言葉、1年と1か月しか習ってないから、いまいち語彙が貧弱だけどね。
「ピカってしたの」
「バーンってしたの」
「ジャマなのどいてってして、モコモコってしたの」
てな感じで擬音語メインになっちゃったけど、正しく伝わったかな?
ママ、もっと語彙を増やしたいから、寝る前の読み聞かせに物語本も加えてください。
冒険物語など希望です。
よろしく。
あと頭五分刈りのパパ、あんた本当にパパだよね?
まだちょっと疑わしいんだけど。
本人だって事、いずれきちんと証明してもらうからね?
※
「…眠ってしまいましたね」
「こうしてると普通の子どもなんだがなぁ」
勇者は幼い息子の柔らかな髪をそっと撫でる。
危ない目に合わせてしまった。
よくぞ無事で帰ってきてくれた。
「今度の件、どう見る?」
「ルークを攫ったのは邪神の使いでしょう。貴方が脱出した直後に動き出したとすれば計算が合います。報復のため、或いは人質にするためかと」
勇者は邪神の神殿に閉じ込められていた。
一度囚われれば抜け出せない筈の、その罠から抜け出せたのは、妻である賢者が救出に駆けつけたからだ。
髪の毛を埋め込んだ人形を身代わりに用いて、邪神の目を誤魔化すことに成功した。
しかし脱出に気づいた邪神が息子に魔の手を伸ばすとは。
「危険が去ったとは言えないな。第二、第三の刺客が来るかもしれない」
勇者である以上、狙われるのは当たり前だ。
だが幼い息子が巻き込まれたと思うと、胸が苦しくなる。
「私たちは今、こうして一緒にいます。ルークもこれから成長します。力を合わせて、敵の野望を打ち砕くのです」
「君は迷いがないな」
「当然です。あなたは勇者、私たちは勇者の家族なのですから」
妻は夫より肝が据わっている。
思えば両親もそうだった、どこの家庭でも女が強いのかもしれないな、と勇者は笑った。
「ルークを強く育てよう。何者にも奪われることのないように」
「傷付けられても立ち上がれるように。自らと守るべき人を守れるように」
「今回は魔法で自らを守ったようだけど…」
あれは、魔力暴走だったと思うかい?
それとも1歳児が賢者並みの大魔法を使いこなしたと思うかい?
勇者は軽く妻の頬をつついた。
「幼いルークが魔の森で魔物を蹴散らすなんて、君の教育方針はどうなっているんだい? 今まで何をどれだけ教えてきたのか、これから何を教えるつもりなのか…」
ゆっくりと、聞かせてほしいな。