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中編

 急遽集められた救助隊は南側街道沿いに南下していた。


「塗料の跡、南に向かって続いています!」

「大きな黒い鳥が南へ飛んでいくのを農民が目撃しています」

「よし、このまま街道を南下する。引き続き手がかりを探せ」


 集まってくる情報を総合し、赤ん坊を攫った魔鳥を追跡する。


 事件発生は今から15分ほど前、レッドラム男爵夫人邸より一人の男児が連れ去られた。

 攫われた被害者はルーク・ブルーウルフ、1歳と1か月の男児、頭髪は明るい茶色、瞳は青。

 両親が不在中、男爵夫人に預けられていた。

 男爵夫人邸の中庭から揺りかごに入った状態で、魔鳥と思われる巨大な猛禽に揺りかごごと持ち去られた。

 事件発生直後、超大型の鳥が飛び去る様子を複数の市民が目撃している。

 更に、現場に居合わせた庭師が魔鳥にペンキ缶をぶつける事に成功している。

 点々と続く塗料が追跡の手がかりとなった。


 町の警備をかいくぐり、男爵夫人邸の警備も突破しての白昼の凶行。

 餌として捕獲したのか、何者かに操られているのか。

 いずれにせよ男児は危険にさらされている。

 一刻も早く救い出さねば。


 救助のため集まった騎士3名、兵士12名、民間人10名。

 班に分かれ、機動力に優れた騎士が先行し、残りはその後を追う。

 鳥に追いつくのは容易ではないが、視界に捉えることができれば希望はある。


「隊長、前方上空、目標と思われる飛行生物がいます!」

 運が我らに味方したか。


 空に一点の染みのようなものが浮かんでいた。

 距離が遠すぎて、獲物をぶら下げているかまではわからない。

 だが十中八九、あれが男児を攫った魔鳥だ。


「追跡する。攻撃範囲に入ったら撃墜するぞ」


 魔法が届く距離ならば、男児が落下してもダメージを与えず受け止める事は可能だ。

 最善は男児を無事保護する事。

 最悪は遠くに連れ去られ、生死すらわからない事だ。

 次善は男児に傷を負わせてでも奪い返す事。

 それも叶わなければ遺体だけでも取り戻す。

 逃げられてはならない。

 見失ったら負けだ。




 距離はじわじわと縮まっていくが、高度が下がらない。

 なかなか攻撃範囲に降りてこない魔鳥にイライラさせられながら、追跡を続ける。

 魔物にも知恵の回る奴はいる。

 弓や魔法の届く距離を知っていて、その範囲外をキープするのだ。

 あの魔鳥は追跡されているのを知っていて、安全な高度を維持している。

 高度を下げれば即座に撃ち抜いてやるものを!


 しかし距離が近づいた事で細部が見えた。

 確かに脚に何かぶら下げている。

 男児の入った揺りかごと見て間違いない。

 魔鳥め、地に落ちろ!


 そんな願いが天に届いたか。

 突然、魔鳥の羽ばたきが止まった。


「なんか今、光りませんでしたか?」

 目の良い部下がそんな事を言う。

 言われてみれば翼の裏側がチカッとしたような気もする。


 動きが止まった魔鳥は斜めに高度を下げていく。

 その行く手には…。


「魔の森に落ちるぞ!」


 森は魔獣の住処だ。

 なんとか手前に落とそうと撃墜を試みるも虚しく、魔鳥は魔の森へと落下していった。

 目測で落下地点の見当をつける。


「外縁から50〜100メートル内側ってとこでしょうか。もう少し手前かもしれませんが」


 踏み込めない程の深奥部ではない。

 だが安全な場所でもない。

 墜落死を免れたとしても、魔獣の牙にかかる可能性が高い。

 道もない見通しの悪い森の中で、小さな子どもを捜索、発見までにかかる時間は…。


 絶望的だ。


 だが遺品だけでも回収しなければ。

 それが役目だ。

 嫌な仕事になりそうだ、と口に出さずに思った。


「一人は後方に連絡。俺ともう一人は森に入って捜索する」

「あの子、助かりますかね」

「助かるかじゃない、助けるんだ」

 自分でもあまり信じていない言葉が口から出る。

 絶望的な状況でも望みは捨ててはならない。

 辛い結果になるとしても。


 


 二手に分かれようとした、その時だった。

 森が、光った。


 森の上空が真っ白になるほどの閃光。

 一体、何が。

 その疑問を口に出す前に。


 衝撃波が届いた。


 腹に響く轟音。

 大地を揺るがす振動。

 殴られるような突風に一瞬、呼吸が止まる。


 一拍遅れて、無数の鳥が森から飛び立つ。

 ウサギや鹿が飛び出していくのも見える。

 何かから逃げるように、一斉に。


 何が、一体何が起きている?


 馬が動揺するのを宥めながら、その場で待機する。

 異常事態だ。

 突入する前に様子を見なければ。


 閃光は収まっている。

 森に静けさが戻ったか、と思いきや。


 ザザザザ…と森の木々が二つに分かれた。

 まるで高貴な人に道を開けるかのように。


 そうやって開いた『道』を我々は声もなく見つめた。


 ややあって、目の良い部下が掠れた声で呟いた。

「なんか来る…ちっこいのが…こっちに…」


 やがてそれははっきりとした形になって見えてきた。

 木々が退いた場所に土がモコモコと盛り上がり、柔らかい絨毯のようになる。

 その土の上を小さな、とても背の低いものが、リズミカルな足取りで歩いてくる。

 いや、違う。

 歩いているんじゃない、這っているんだ。


 小さな赤ん坊が懸命に這ってこちらへ来ようとしているんだ。


「…魔物が化けてるって事ありますかね?」


 部下が呟く。

 信じ難い光景なのは確かだが、そうじゃあるまい。


「攫われた子ですよ。特徴が一致します。奇跡だ」


 もう一人の部下が言う。

 ああ、そうだよな、俺もそう思うよ。


「確かめなくてはな」


 この世にまだ奇跡が起きるという事を。


 馬を下りて徒歩で近寄る。

 近づくにつれて細部が見て取れるようになる。

 土埃で汚れた小さな顔。

 真剣そのものの表情で、大事な仕事に取り組んでいる最中といった様子。

 もしかすると町まで這って帰るつもりなのかもしれない。

 明るい茶色の髪、青い瞳。

 本物だな。

 魔物だったらもっと小綺麗な見た目に化ける。

 こんな鼻水だらけの泥だらけには化けないだろう。


 こんな小さな赤ん坊が土属性魔法を使っている。

 硬い地面は嫌だったか、フワフワの土の上が良かったか?


 土の匂いに、ふと、子どもの頃に畑で遊んだ事を思い出す。

 表面は乾いて温かく、中は湿った土の、あの感触が蘇る。

 そうだな、同じ手をつくなら柔らかい土の上がいい。

 石ころだらけの地面は嫌だよな。


 一心不乱に這っていた男児はこちらに気づいて前進を止めた。

 脅かさないようにそっと近寄っていくのをお座りのポーズで待っている。

 そのまま怯えずにいてくれよ。

 お兄さんたちは怖い人じゃないからな。


 少し手前で止まって、しゃがんで目線を合わせ、優しく声をかける。


「ルークくんだね?」

















「あい」



 



 

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