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前編

「ルーク。あなたのパパは勇者です。あなたは勇者の血を引く子どもです。わかりますね?」

 ママは真面目な顔でそう言った。


 1歳の誕生日を迎えたばかりの赤ん坊に何言ってんだか。


 ママは魔法を究めた賢者で、すごく頭が良いんだが、子守唄の代わりに魔法書の読み聞かせをしたりとか、どこかズレている。


 まあ俺が赤ん坊の割に賢すぎるせいもあるんだけどさ。

 異世界の記憶持ち転生者なもんで、知能の高さで周囲をしばしば驚かせている。

 ママも時々驚きつつ、賢い所は母親譲りだからと納得しているようだ。

 初めての子育てだから普通がわかってないんだな。

 普通の1歳児はもっと単純な会話しか通じないと思うよ。


「あい」


 俺は良い子のお返事をした。

 これでも『はい』って言ってるつもり。

 声帯の筋肉か神経が未発達なのか、『はい』が『あい』になっちゃう。

 舌が回らないのとはまた違う感じ。

 赤ちゃんの体って不思議がいっぱいだよ。


「パパがヒドラ討伐に出かけてもう三十日。いくらなんでも遅すぎます。移動日数に天候による影響を計算に入れても長すぎです。ヒドラごときに手を焼く筈もなし。何か不測の事態で帰れなくなっていると考えるべきでしょう」


 うん、俺も同意する。


 パパさんは掛け値なしの本物の勇者だ。

 最近会ってないから顔は忘れ気味だけど。

 魔王を討伐した実績もあり、ドラゴンを単身相手取る英雄。

 ヒドラに苦戦するわけがない。

 何か別の原因で帰りが遅れているのだろう。


「色々考え合わせて、ママがパパを迎えに行く事にしました。帰れない原因があるなら、取り除かなければ。外からの助けがなければどうにもならないのかもしれません」


 うん、そうだね。

 勇者といっても万能ではない。

 どんな敵にも負けないけれど、罠にかからないわけではない。

 力ずくでは突破できない状況に陥ってる可能性があると俺も思う。


「ルークを置いていくのは心配ですが、連れて行くのは危険です。ママがいない間は隣の奥様に預ける事にします」


 隣家の奥様はマダムと呼びたい感じのゴージャスかつビューティフォーな初老の婦人だ。

 俺の事は可愛がってくれているから、期間限定なら普通に面倒見てくれるだろう。

 

「往復で十日、現地でパパを探すとして、ひと月経っても手がかりが得られなければ、一度帰ってくるつもりです。最長でふた月のうちには必ず帰ります。あなたは勇者の息子。どうか良い子でママの帰りを待っていてください」

「あい」


 こうしてママは旅立ち、俺は隣家のマダムに預けられた。



「ん〜、ルーくんのほっぺた、マシュマロみたい。食べちゃいたいわ〜」


 食べないでください。

 あと、名前、ルーじゃなくてルークです。


 俺はマダムに頬をモチモチされている。

 爪が赤くて長くてちょっと怖い。

 美人が年取ると魔女っぽく見えるよね。

 マダムもそんな感じ。

 可愛がってくれてるのはいいんだけど、スキンシップ多めなんだよね。

 なんで一定の年齢の女性は赤ん坊の頬を撫で回したがるかね?

 お肌のキメ細かさとスベスベ感に虜になっちゃうのかね。


「赤ちゃんってどこもかしこも柔らかくて、足の裏なんかゆで玉子みたい。ツルツルすべすべでいいわ〜」


 本当、食べないでください。

 柔らかいのは認めるけれど。

 まだ上手く歩けないから、足の裏ってほぼ未使用なんだよね。

 つかまり立ちして歩行訓練する事もあるけど、ほとんどの移動はハイハイしてます。


 俺の直接のお世話はメイドさんがしてくれるのだが、マダムも割と一日中俺と一緒にいてくれる。

 危険がないように見張りつつ、遊び相手をしてくれてるのだが、そろそろ預けられてひと月になるというのに、よく飽きませんね?


 正直、俺はマダムとの遊びには飽きてきた。

 玩具はたくさんあるのだが、積み木とかボールとか単純な物がほとんどだしな。

 一番楽しいのはトランプで神経衰弱をやる事だが、これは大人を負かして俺が一人勝ちしてしまうので、あまり度々やるわけにはいかない。

 お世話になっているおうちで勝ちまくるのを避けるくらいには、俺は接待というものを理解しているのだ。


「今日はお天気が良さそうね。ルーくん、お庭で遊びましょうか」

「あい!」


 外遊び!

 大賛成です!


 外に行けば馬小屋もあるし、犬もいる。

 そういう動物触れ合いコーナーに行けなくても、芝生の上に座るだけでも結構楽しい。

 蟻とか観察できるし。

 この世界でも昆虫は多種多様で見てて飽きない。

 少し離れたところでは、庭師のお爺さんが柵にペンキを塗っている。

 興味津々の猫がペンキに近づこうとするのをお爺さんが片手で阻止している。

 その攻防戦を観察するのも楽しい。


 俺が生き物を観察している間、マダムは俺を観察する。

 生き物ウォッチング楽しいよね、お互いに。


「ルーくん、後ろ頭のつむじがロールパンみたいで可愛いわぁ。うちの子にしたいわぁ〜」


 勘弁してください。

 いや、マダムの事は嫌いじゃないよ?

 でも俺にはママがいるから。

 俺はママ一筋なの。

 よその家の子にはならないよ。


 遊び疲れて、おねむになってきた。

 お庭の木陰に籐製の揺りかごベッドが置かれ、俺はそこに寝かされる。

 このお昼寝布団の肌触りが最高で、俺はたちまち眠りに引き込まれて…。




 ……!!




 激しい衝撃。

 ガタガタした揺れ。

 バサバサとうるさい音と風圧。

 生臭い風。

 ふわっと体が持ち上がる感覚。


「誰かーっ! 誰か来てーっ!」

「魔物が、魔物が!」

「坊やを離せ!」


 マダムの叫び、他にも複数の大声、物が散乱する音。

 …非常事態?


 眠たい目を開けてみると、目の前には柱みたいに太い鳥の脚らしき物があった。

 つつーっと視線を上にずらすと、羽毛に覆われた天井…ではない、鳥の腹だな、これは。

 更にバサバサ羽ばたく鳥の翼、但しサイズは畳よりでかい。


 総合すると、俺は揺りかごベッドごと、巨大な鳥に掴まれて、空中を運ばれているのであった。


 あ〜れ〜。



 ビョオォ〜…。

 おやまあ。

 風の音って結構うるさいね。


 ものすごい非常事態なのだが、俺は冷静さを保っている。

 体に直接魔鳥の爪が刺さっているわけではないのが大きいな。

 揺りかごベッドとお昼寝布団は予想外の頑丈さで、俺の体をガッチリ守ってくれている。


 しかしのんびりしてはいられない。

 魔鳥の大きさは前世で見たどの鳥より大きい。

 多分、軽飛行機くらいあるんじゃないかな。


 そんなサイズだから羽ばたきも強く、速度も速い。

 こうしている間にもマダムのおうちからどんどん遠ざかっている。

 俺がさらわれるのをマダムとメイドさんたちが見ているから、レスキューが来るはずだけど、間に合うかどうかはわからない。


 この魔鳥が野生の魔物だとすると、巣に運ばれて雛の生き餌にされるだろう。

 野生でなかったら使役者の元に運ばれて、パパやママに言う事聞かせるための人質にされるだろう。

 どっちも避けたい展開だ。


 目的地到着までにレスキューが追いついたとして、魔鳥を射落としてくれるだろうか?

 俺が墜落するのを恐れて、射落とさないんじゃないのか?

 そうなると馬で追えない山の上とかに運ばれたら詰んでしまう。


 ここは一発、自力脱出といこう。

 幸い俺の目の前には無防備な魔鳥の腹がある。


 魔法書の読み聞かせを子守唄替わりに育ったのは伊達じゃない。

 見よ、俺の才能。


 魔鳥の腹に掌を向けて攻撃魔法を放つ。


「荒ぶる雷鎚よ我が敵を撃て、『雷電(サンダーボルト)』」


 青白い電光が俺の手から魔鳥の腹へ、下から上へ駆け上った。

 逆さ落雷って感じだね。


 『雷鎚』が『いたずち』になっちゃう舌足らずな詠唱だけど、呪文は発音より内容理解だとママが言ってた。

 究極的には無詠唱でも発動するのだから、頭の中で言えてれば舌が回らなくても大丈夫、ちゃんと発動するんだよ。


 魔鳥は瞬間的に硬直した。

 感電したよね?

 失神した?


 羽ばたきが止まったまま、魔鳥はゆっくりと落ちていく。

 翼が開いてるから、グライダーみたいな滑空状態ではある。

 けど危ないよ、これ、なんでベッド掴んだままなの?

 離してよ。


 離してくれたらベッド浮かせて軟着陸するんだから、魔法で。

 離してくれないと、魔鳥は重たいから浮かせられない。


「はなせー」


 ベッドを掴んでいる魔鳥の爪をペシペシ叩いたけど、反応無し。

 もしかして感電したせいで筋肉が収縮して指が広げられない?


「氷の槍とかにしとけば良かったあああああ〜」


 俺は魔鳥と一緒に落ちていった。

 どこまでも、どこまでも。





 ……。

 …生きてる。

 良かった、どこも怪我してないよ。


 幸か不幸か落ちた所は森の中。

 高い木の枝がクッションになって、落下の勢いを緩和してくれたよ。

 魔鳥は木のてっぺんに串刺し状態で引っかかってる。

 あれは間違いなく死んでるね。

 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。



 ベッドは落下の衝撃で壊れてしまった。

 ベッドが衝撃を吸収してくれたからこそ、俺が助かったと言える。

 マダム、頑丈なベッドに寝かせてくれてありがとう。

 帰ったらハグするよ。


 さて、現状を確認しよう。

 周りは背の高い木々ばかり。

 聞こえてくるのは鳥のさえずりと葉擦れの音。


 人間の気配がない。

 人工物…小屋とか、道とか…も何もない。

 猟師さんとか、木こりさんとか、森で働く人いないの?

 

 飛んでた時間はそう長くなかったはずだけど、町からどれだけ遠ざかったんだろう?

 人生未踏の地に来ちゃったなんてことないよね。

 …あるかな?


 帰れなかったらどうしよう。

 じんわりと涙が込み上げてきた。


 帰りたい。

 ママとパパと俺の、三人のマイホーム。

 遠くにいるのわかってるけど、ママに会いたい。

 パパでもいい。

 今すぐ会いたいよ。


 喉の奥から熱いものがせり上がってくる。

 心細さを吐き出すように、大声で泣いた。

 わんわん泣いた。

 振り絞るようにママを呼んだ。

 喉が痛い、吐きそう。

 でも泣かずにいられない。

 前世で大人だったからって、嗚咽は理性で止められるものじゃないんだよ。

 仕方ないんだよ、赤ちゃんだもの。

 俺は今、小さな赤ちゃんなんだもの。





 ひとしきり泣いて、どうにか泣き止んだ。

 泣くと疲れる。

 無駄に体力消耗するのはよろしくない。

 ここからはちゃんとする。


 人のいない森の中から町への帰還を目指す。

 サバイバルだね。

 おうちに帰るまでが冒険だ。

 俺はお昼寝布団の端で涙と鼻水を拭った。


 さて、方針としては、短期決戦。

 できれば当日中に帰還するのが望ましい。

 何故なら、1歳と1ヶ月という月齢では森の中で栄養を摂ることができないから。


 いや、狩りならできるかもしれないよ?

 魔法を使えばね?

 でもウサギとか仕留めたとして、それどうやって食べる?

 調理器具ないから、焚き火で炙るくらいしか出来ないよね。


 焼いただけの塊肉なんて、赤ちゃんには食べられません!

 まだ前歯しか生えてないんだからね?

 奥歯無しでどうやって噛めと?

 離乳食をパクパク食べてはいるけど、歯茎で潰せる柔らかさじゃないと無理だから。

 野草や木の実も同じ事。

 茹でたり刻んだりの加工がされてないと、食べられません!


 無理して食べてお腹を壊したら、脱水症状で死にかねない。

 そんな危ない橋は渡りません。


 というわけで、速攻で帰還する方法を考えねばならない。

 ここが前世知識の見せ所だ!


 お昼寝したのは午後だから、太陽は西に傾いていたはず。

 飛んでる間は太陽が右手の方に見えたから、南に進んできた筈だ。

 なので、単純に考えたら北に向かって移動すれば帰れる筈なんだけど…。


 どっちを向いても背の高い木。

 見上げても空が見えない。

 つまり太陽が見えない。


 方角、わっかりっませ〜ん!


 前世の記憶で、切り株の年輪見たら方角がわかるとかいう雑学ネタがあったけど、立木ばかりで切り株なんか見当たらない。

 さて、困った。


 前世で『迷子になったらその場を動かず迎えを待て』とかいうのもあったけど、この場合それが適用できるのか?

 ここを動かずにいていいものだろうか?

 場所が森だと視界が利かないし、捜索隊に見つけてもらうには草地とかの開けた場所に移動すべきでは?


 そもそも森なんて、魔物の巣窟なのでは…?


 その時、茂みが動いた。

 いや、茂みそのものではなく、その向こう側で何か動いたように見えた。


 …なんか不自然。


 五感を研ぎ澄ませる。

 魔力感覚も開放する。

 そんな俺のセンサーに引っかかったのは。


 俺を包囲する狼型の魔獣の群だった。




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