謎めく抜け道
「解釈……?」
「そのままですよ。あなた方にとって私は何でしょうか」
「その、この教会の使徒様です」
「ええ。みんなそう考えています。けれども私の主観では、私の第一は使徒ではなく、アルベール商会のグレイブ・アルベールです」
「はぁ?」
今度こそ私と父は慌てた。なぜならば目の前の使徒は使徒ではないというのだ。使徒というのは女神様の忠実な僕であるはずなのに。
……あれ? でも使徒でもあるのよね。それは間違いがなくて。
「納得頂けましたか?」
「いえ、その、よくわかりません」
「私は使徒を一番の仕事としつつ、アルベール商会として行商を行い、趣味で薬草園を作って薬草を売り捌いています。このお茶は美味しいでしょう? 私は昔から植物が好きだったのですが、旅暮らしでは栽培なんて不可能です。小さな頃の夢が叶いました。それにこの教会の敷地は魔女様のお力で満たされていますから、とても栄養価が高いのです」
「女神様のお力を利用して薬草を作って売りさばいているのですか?」
「ええ。素晴らしいお恵みです」
その悪意のなさそうな笑顔に破戒僧という言葉が浮かんだけれども、この使徒は昔から誰よりも女神様への信仰が厚いような気がする、信仰とは何かがよくわからなくなってきたけれど。
「つまり、あなたが辻占いをしながらご実家の調理師を兼ねることに何の問題もありません」
「辻占いをしながら、実家を継ぐ?」
「ええ。女神様のご指示は人を縛るものではなく、幸福を指し示すものです。多くの方への女神様のご指示は、有り体に言えばどのような人生を選んでも大差がありませんから、複数の無難な職業が示されます。けれども私やあなたのように、特に幸運となる道が存在するのであれば、それが示されるのです」
ひどい言い草だ。そのどこか陶酔するような目線はやっぱり気持ち悪い。
でも最も幸福になる道。
私が辻占いになることが、私にとって最も幸福だというの? しかも実家を継いだ上で?
よくわからないけれど、やはり問題は最初に戻る。そもそもその辻占いというものになる方法が皆目見当がつかない。それが何かですらも。
「使徒様。使徒様と私では決定的に違う点があります」
「それは辻占いが何か、という点ですね」
「ええ。使徒様にはそれが何かお分かりになるのでしょうか」
「わかりません」
そのきっぱりとした答えにあっけにとられた。それでは何の意味もないじゃない。不可能な話を振られても困るのだ。
使徒はふむ、と頷き少しだけ間を置いた。
「先ほど私は、この領域で女神様が『辻占い』を指示したことはないと申しました。つまり、それが何か誰もわからないのです」
「いやだから、本当に」
「ええ。本職の占い師の方がわからなかったのでしょう? それなら誰にもわかりません。だからメイさんがその何かを決めて仕舞えばいいのです」
「はぁ?」
「私も使徒というものが何かは私が決めました」
それはなんとなく、目の前の堂々たる使徒から聞いた好き勝手ぶりからも、そうなのかもしれないとは思う。
けれども誰にもわからないから、私が決めて仕舞えばいい? そんな無茶苦茶な。意味がわからない。それなら実家を継ぐことを辻占いと言ってもいいの? それであれば、事業承継とでも書いておけば良いのだ。とすれば、わざわざ辻占いとしていることに何かの意味があるはずだ。
「メイさんの中に辻占いと言う言葉の意味はありませんか?」
「私の中に?」
「ええ。あなたに都合のいい辻占いを仕事にしなさい。あなたにできることは何かありませんか? 女神様は絶対です。詳細に記載されればされるほど、特別な道が用意されています。きっとあなたになら、その意味はわかるはずです」
使徒はなんだかよくわからない圧の強い瞳で私をじっと見つめた。
「ようは仕事としては『辻占い』にしといて、料理を『辻占い』の内容にすればいいってことでしょうか?」
言葉の意味的に無理がありすぎる気はする。
「父さん、私、調理のスキルを持ってるんだから、お客さんに料理するのは問題ないよね?」
「それは……」
「だって使徒様は使徒をしながら行商をやってるわけでしょう?」
「そのとおりです」
「まあ……でも料理で占い?」
私の中の辻占いであればいいとする。
私の中で辻占いといえば、やはり路上に机を出して占いをするやつだ。
あの占い師たちは魔法使いではない。記入される個人情報や服装、それから会話や相手の仕草なんかのテクニックで相手の悩みを特定し、それをあたかも自ら占ったかのようなふりをして披露して玉虫色の回答で金を取る。それは魔法じゃなくて、ただのテクニックだ。
テクニック。
……その辻占いでよければ私にもできるかもしれない。私の勤めていた探偵事務所の所長はおかしな人だった。宥めもすかしも何でもする人だったけど、色々なことを私に教えてくれていた。
占い。占いは吉凶を占うだけじゃない。例えば失せ物探し、探し人。そしてそれは確かに私の前世、探偵の仕事で間違いない。
この世界にない新しい、魔法ではない占い師。それが私の未来。顔を上げれば使徒は絶妙なほほ笑みで私を見つめていた。
「答えが見つかったようでなによりです。私も同じ境遇の人間を見つけられて僥倖です」
「同じ境遇……」
「こういう悩みは誰もわかってもらえないものでしてね。これまでなかなか孤独でしたよ。メイさん、今後ともいつでもお頼りください。女神様の幸運をお祈り致します」
同じ境遇という言葉に妙な悲壮感が漂っていた気はしたけれど、とりあえず方向性を考えるヒントは得られた。そしてそれは思ったより、絶望的ではなさそうで、わずかに未来に光が開けた、気がする。混乱のほうが大きいけれど。
あれ? そうするとやっぱり私は辻占いになるのかな。何だか騙された気分だけれど、実家を継ぐのは問題はなさそうだし、詐欺師にもならなくて済みそうな気はする。なんだかライアーフォックスにつままれた気分だ。あれはモンスターだから、つままれたら怪我をしそうだけれど。
「メイ、父さんにはよくわからないのだが、お前が店を継いでも問題はないのか?」
「使徒様のお話では多分、問題ないんだと思う」
「でもお前の中の辻占いっていうのは何なんだ。新しい職業だなど、それほど簡単に作れるとは思えないが」
私もそう思うよ……。
「それについては私もちょっと考えないといけないけれど……それより予定通り出るかけましょう?」
「予定通り?」
「ええ。店を継いでいいみたいだから、コックコートと道具を買ってちょうだい、父さん」