なんだかおかしな神の使徒
「不心得者がそのような噂を流すことがあると聞きますが、嘆かわしいことです」
「けれども、占い師の先生に聞いても私は占い師になれないのだそうです。私には占いをするための魔力がないのです」
「それはきっと、何か勘違いがあるのです。女神様は絶対です。メイさんの幸せのために女神様が示された道なのですから、そのような言葉に惑わされてはなりません」
やばい、取り付く島がない。
「使徒様、娘が占い師になる方法がわかりません。女神様のご指示に従うことは不可能ではないのでしょうか」
「大丈夫です。昨日のうちに、この街の皆にメイさんが辻占いになるので協力して欲しいと周知いたしました」
にこりと微笑む使徒に私と父さんは真っ青になった。
取りつく島がない上に、退路が断たれた。
このままでは私は出来もしない占い師にされかねない。それってつまり、詐欺師なのでは。これまでの今世を考えても、私に予知能力なんてない。捕まる未来しか見えない。
愕然として慄いていると、使徒は私たちの目の前のカップに温かな緑色の液体が注いだ。途端にふわりと緑の香りがして、少しだけ気分が沈静する。この香りは多分、薬草茶だ。
「お気持ちはお察し致します。少しは落ち着いてください。ようはメイさんはご実家のお手伝いをなさりたいのでしょう?」
「お手伝いといいますか、調理師になって実家を継ぐつもりでした。それに後取りは私しかいません」
「女神様のご指示は絶対ですが、人の人生のすべてを規定するわけではありません」
使徒はそれまでと違って柔らかく微笑み、自らのステータスカードを私に示した。そこに書かれていた驚くべき内容に私と父は目を見張った。
『ルヴェリア王国フラクタの使徒』
職業どころではない。そこには場所まで指定されていたのだ。
「あの、使徒様……」
「私がこのステータスカードを手にした時、絶望しました。私は行商人の二男で、これまで信仰心など持ち合わせていませんでした」
「それは……使徒様もご家族も突然なことで大変でしたでしょう」
「ええ。ですからマイヤースさんのお気持ちはよくわかります。私も行商を生涯の仕事と定め、旅空こそが私の人生と思っておりましたから」
「その、使徒様とご家族はどうなされたのでしょうか」
使徒は行商人となるべく暮らしていた。なのに一転、使徒になれという。使徒とは魔女の声を聞き、民に伝える役割だ。一旦使徒になればその街を離れる事は無い。一生を教会と狭い範囲で過ごす。つまり、それ以前の生活とは全く異なってしまう。
それでも魔女様のご指示は絶対だ。だから使徒の両親は嫌がる使徒を泣く泣くフラクタの教会に置き去りにし、旅だった。
「最初にステータスカードを手にした時は私も泣いて暮らしたものです」
直後の使徒は絶望に暮れ、何も手につかない状態だったという。けれども使徒は元来真面目であり、かつ不真面目であった。教会での生活を学びつつ、元の生活について考えた。
「そこで私は売れるものをここルヴェリアで買い集め、丸ごと私の家族に行商を任せれば、ここにいながら大きな商売ができることに気が付きました」
「……?」
フラクタは港町だ。ここには世界の各地から様々な事物が訪れる。その中には商材となりうるものが大量に含まれている。その一部は確かにルヴェリアに流通するものの、多くはフラクタの街を素通りし、再び世界に運び出さていく。
「私は使徒となりましたが、行商をしてはいけないわけではないということに気が付きました。そこで私は自身が行商人であればいったいどうするかを考えたのです」
「はあ」
「フラクタに何が運ばれて来るかはその時々によりますが、私は家族の動きとどの時期に何が売れるかをこれまでの経験で把握してありますから、大儲けです」
そう述べて使徒はニコリと微笑んだ。
えげつない。ここは港町フラクタ。
商人にとってはこの街は大きなチャンスだけれど、いつここに何が運ばれるかわからない。だから直接外国商船とではなく、商材を保管するこの街の商店で買付を行う。そこを使徒の家族の行商だけは、商店を通さず、使徒が安く仕入れ教会内に保管した商材をほぼ原価で買い、いつ来るかわからない外国行きの商材を教会に預けて良い値段で代理で売り捌いてもらうことができる。
もう一度言う。えげつない。そのえげつなさは、前世で経済の仕組みを理解しているメイの心に染みた。そして光明が差した。
「あの、使徒様。そんなことをしても良いのでしょうか」
「何故です。使徒はその教会の代表です。しかも私は魔女様のご指示で使徒となりました。何を憚ることがありますか。それに余剰金を教会の拡張や補修に充てているのですから、文句を言われる筋合いはありません」
「はぁ」
「それで私があなた方に伝えたかったことは、魔女様のご指示は解釈のしようがあるということです」