誰も知らないその職業
翌日、私と父さんは、商店会の経由でなんとかねじ込んだ占い師と面談した。その占い師は海商組合の顧問占い師で、それなりの力がある占い師なのだそうだ。でもこの世界の女神という存在は前世の神にも等しい存在。だからステータスカードは、例えどれほど疑わしくても正しいはず。それがこの世界の常識。でも辻占いの成り方がわからないわけで。
海商組合の応接室は豪華で、その初老の占い師も水晶玉は携えてはいなかったけれど、たくさんのキラキラした指輪や飾りをつけていて、まさに占い師っていう感じだった。
そして占い師はあっという間に結論を下した。
「その子が占い師に? 無理だよ」
思わずぽかんとした。
「は? あの」
「だってあんた、魔力を感じ取れないだろ? 魔力回路がぴくりとも動いていないじゃないか」
「魔力回路、でしょうか」
占い師はそんなこともわからないのかとでも言うように大げさにため息をつく。
「いいかい? 魔法を使うには魔力がわからなければ話にならないんだ。お嬢ちゃん、これまで魔力というものを感じたことはあるかい?」
「ない……です」
ここは魔法のある世界、チートがないかと小さい頃は魔法の練習的なことを随分やってはみたけれど、うんともすんともいかなかった。海商組合御用達の甘ったるい香りの溢れる紅茶を恐縮しながら頂きつつ、占い師の次の言葉を待つ。
「確かにお嬢ちゃんのステータスカードには『辻占い』とは書いているが、これはそもそも占い師なのかい? 辻占いってのは何だ」
「あの、先生もご存知ないのでしょうか」
「辻ってのはあれだろ、道端だろ? そんなところで何を占うっていうんだ?」
呆れるように呟く占い師の言葉は、これ以上無く正論に聞こえる。
「それは私どもにも皆目検討がつかず……」
「ふぅむ。何かの間違いじゃないのかね?」
「間違い?」
占い師は急に声を顰め、私たちに耳打ちをした。
「ああ。女神様のご指示も極稀に、本当に極稀に間違うことがある、という噂を聞いたことがある。本当かどうかはわからないがね」
私たちは驚愕して、ぽかんと口を開けた。
そしてそれはスローライフを維持できる唯一の道。藁にもすがる私たちにとって重要な話。父さんは恐る恐る口を開く。
「本当に、そんなことがありうるのでしょうか」
「ない、とは言い切れない。だって私は未来というものは変わりうると思っているからだ。だから女神様が全てを定めておられるという話に、僅かばかり懐疑的なんだよ」
いつのまにか私たちの小さな声は少しだけ震えていた。
未来。確かに未来というものは変わりうる、と思う。けれども女神の力を疑うなんて、そんな発想はしたことすらなかった。女神の指示が間違う。そんなことがこの世界ではおおよそ信じられないことは、私はこれまでの十年の暮らしで熟知していた。けれどもこの占い師が言うとおり、私は魔力なんて欠片も感知したことがない。
「先生、占いというのは魔力がなければできないものなのでしょうか」
「当たり前だよ。占いってのは未来の香りを嗅ぎ分ける行為だから」
「未来の香り?」
「ああ。例えばこの紅茶、とてもいい香りがするだろう? お嬢さんはなんの香りかわかるかね?」
改めて紅茶には鼻を近づける。
「ええと、茶葉は多分ファウエル王国のあたりの香りがします。それからナランハの実を乾燥させたものがまざってる、ような」
ナランハというのはオレンジのような柑橘系の木の実だ。確かにそんな香りがした。占い師はその茶葉を給仕に尋ねると、確かに『蜜柑と夏の雨』の女神様の領域であるファウエル王国ノリル地方の茶葉で、特級のナランハの皮が香り付けに使われているそうだ。
「さすが料理店の娘だな。私にはそこまではわからない。つまりそういうことだ」
「どういうことでしょう?」
占い師は意味ありげに頷く。
「お嬢ちゃんはこの香りの中からその匂いを嗅ぎ分けたのだろう? 私ら占い師は魔力の流れの中でその先の未来を嗅ぎ取るんだ。だから、魔力が感知できなければ話にならない。お嬢ちゃんは嗅覚がないのに紅茶を嗅ぎ分けようとしているのも同じなのさ」
その言葉はとても納得できるとともに、占い師に至る未来は絶望的に思われた。そうして私たちは救われた気分になった。実際の占い師にそこまで言われたわけなのだから、教会で魔女様にお尋ねしてもバチは当たらないだろうと思う……。だって、占い師になる方法が全くわからないんだから。
「じゃ、じゃあ、私が料理人になっても問題ないですよね!」
「それは……わしにはわからないなあ。適正には示されていないんだろう?」
結局はそこに戻る。でもそれはステータスカードを受け取る前ときっと同じ。けれども無職のままってことは無いはずだ。職につかないと生きていけないわけだし。父さんは決意を込めて頷いた。
「メイ、教会に行こう。メイが占い師になれなさそうなことは間違いないん。女神様にお尋ねしよう。女神様もきっといい道を示して頂けるさ」
「そ、そうね。きっと料理人でもいいって言ってくれるに違いないよ、ほら、スキルに調理もあるし?」
女神様に質問する。それは普通では考えられないほど恐れ多い行為。だから私と父さんが教会の扉を明ける時、奇妙な緊張を覚えて思わず手を繋いでいた。そして繋いだ父さんの手も、僅かに震えていた。だけど私のスローライフがかかっているんだから仕方がない。そう心のなかで唱えた。
いつもは清廉さと親しみやすさを覚えている街の中心にある教会は、その豪奢な尖塔の影を長く伸ばしてその巨大さで私たちを威圧しているように感じられた。
けれども私たちの訪れは既に予想されていたのか、にこやかな使徒に迎え入れられ、奥の間に通された。
「マイヤースさん、私も辻占いというものを調べてみたのですが、これまでこの領域の魔女様の記録で『辻占い』という職業が示されたことはありませんでした」
その言葉にホッとする。誰もわからないなら、そもそも成りようがないじゃない。
「では、やはり女神様が間違」
「メイさん。女神様が間違うことはありません。何故なら女神様はこの領域の全てを把握されているからです」
食い気味の使徒のやや狂信的な視線にどきりと心臓が跳ねた。灰色の短髪と青い瞳から導かれる表情はにこにこと柔和に見えるけれども、よく見れば目が全く笑っていないことに背筋に一筋、汗が流れた。