何? 転生者だからなの?
この世界では誰にも言ってはいなかったけれど、私は転生者だ。前世は地球の日本の神津という町に生まれて、暴走トラックにはねられたのが最後の記憶。
前世の私の記憶で辻占いというと、道沿いに机と怪しげな四角いライトをおいて座っている人たちだ。占われたい人がその前の席に座り、占い師が占う。ひょっとしたらこの私の前世の知識が、このわけのわからない『辻占い』っていう適職に関連しているのかもしれない。
でも私の前世は占い師なんかじゃ全然なかったし、この世界に転生してからも道路で占いをしている人なんて見たことがない。『辻占い』なんて職業は聞いたこともなかった。
いや、辻占いって。
「私のスローライフは!?」
「メイ……? とりあえず気をしっかり保つんだ。父さんもものすごく混乱している。一度帰って少し相談しよう。この道を必ず選ばなくてはならないわけでもないはずだ、きっと」
父さんは恐る恐る使徒を見上げたら、使徒がすごい顔で睨んでいる。
「どうかされましたか?」
「その……娘の適職が見たこともないものでして」
「……拝見してよろしいでしょうか」
恐る恐る使徒にカードを渡せば、使徒の瞳がきらめいた。この教会の使徒はこの人だけだから幼少の頃から知っているけれど、昔から少し薄気味悪いところがある。
「使徒様! 使徒様はこの職業をご存知なのでしょうか!」
「いえ……占い師はともかくこの『辻占い』という職業は初めてみました。少し調べてみますから、後日にまたお越しください。女神様は全てを見通していらっしゃいます。きっとあなたに良い道を示されているはずですよ」
スローライフは?
私と父さんはよくわからない空気に居たたまれず、本来喜ばしいはずのステータスカードの授受を葬式のような雰囲気で過ごしたまま、逃げ帰った。
その日の営業は家族みんなが気もそぞろで、私は3回グラスを取り落とし、父さんは2回ソースを掛け違えて、母さんは1回計算を間違えた。
そしてその夜、仕事の後に家族会議が開かれた。
いつも通りざぷんと聞こえる海の音だけがなんとか私たちを正気に、日常に保っていた。
一体何故こんなことになったんだろう。
占いなんて一体どこから沸いて出たのか、皆目検討がつかなかった。辻占いというのはあの路上で占いをしている人のことだよね。占いを頼んだこともない。つまりやり方なんてわからない。
「ねぇメイ。あなた本当は占い師になりたかった……なんてことはないわよ……ね?」
「あるわけないよ、母さん。それに私、占い師なんて会ったことがない……んだから想像がつかないんだけど。占い師ってどんな仕事なの?」
「占い師か。この街にもいるにはいるが、父さんも母さんも会ったことはないな」
この街は港町だ。
両親に聞く占い師というのは、よい航海を行うのに適する海路、つまり海賊やモンスターの少ない航路を占う験担ぎ的なところが大きいみたい。他に聞くのは例えば領主様がその領地を治めるための方針の参考にするために招聘するもの、らしい。いずれにしても私たちの生活からはかけ離れすぎている。
そしてどうやって占い師が占いをするのかはわからないけれど、やはり師匠について占いを習うそうだ。その内容は秘匿されていてさっぱりわからない。父さんが聞いたところでは占いの際には呪文を唱えているそうだから、きっと魔法で占っているのだと思う、らしい。
全て又聞きで、根本的に両親も占いや占い師を見たことがなかった。
「あの、父さん、母さん。私には占いなんて無理だと思うの。魔法使えないし」
「そう、だよな。けれどもステータスカードに書かれていることが間違い、の、はず、が、ない……よな?」
父さんは不安げに母さんを見つめる。
「それに辻占いって何?」
「私も聞いたことがないわねぇ。辻ってことは道端で占う、のかしら。占いを?」
やっぱりこの世界にはそもそも『辻占い』という職業はなさそうだった。
でもそれよりも私には困ったことがある。
「それで……私、明日から厨房に入ってもいい……かな」
「……駄目だ」
「何で! 調理のスキルがあるじゃない」
「俺もお前が作るご飯は美味しいと思うよ。だが……調理師が適職になかった。だから……仕事として調理をさせるわけには……いかないんだ」
目の前が真っ暗になる。この世界に職業選択の自由なんてほとんどないことにやっと気がつく。ほとんどの人が希望したい職業が適職に現れるから何も問題なかったし、私もちっとも疑っていなかった。なのに無い、だなんて。
「でも、でも辻占いなんて成りようがないじゃない。そんなこといわれちゃうと何の仕事にもつけなくなっちゃうよ!」
「そこ……なんだよな」
父さんは首を傾げる。
「普通はもう少し大雑把な内容なんだけどなぁ」
「そうなの?」
「ああ。父さんは料理人と漁師、それから船乗り、商人が出た」
「母さんは、商人、女中、教師、ええとそれから……詩人」
母さんは何故だか目を逸らす。
「え、詩人? 母さん詩を作るの?」
「その、若い頃は好きだったわ。けれども普通はこんな感じで大雑把にいくつも示されてるものなの」
「それにこれまでの生活や環境なんかも影響されるんだ。父さんはこの料理店を爺さんから引継いだ。だから一番に料理人があって、それから友達に漁師や船乗りが多いからきっとそれが出て、商売柄繋がるから商人が出たんだ。こういう職業ならついても上手くいくから」
私は手の中の小さな名刺大のカードを再び見つめる。そこには『辻占い』以外に何もかかれていなかった。透かしても温めても。私は調理人も商人も表示されていないから、向いてない……。でもそんな馬鹿なって感じ。
それにこの職業の記載もそもそもおかしいらしい。普通は例えば海鮮料理人とか雑貨商人とか、そんな指定があることもほとんどないらしい。だからきっと、辻占いというのがあったとしても『占い師』とかになるはずで、父さんも母さんも、『辻占い』なんて誰も聞いたことがない職業が載るっていうこと自体、聞いたことはないらしい。
「ねぇ、そもそも私がその、占い師になれるとは思えない、んだけど。そうだよね?」
「けれども女神様が間違うはずがない。……幸いなことに明日は休みだ。伝手を頼って何とか占い師に会えるように取り図ろう」
女神様というのは大抵の場合絶対だ。
父さんの額には、苦悶が覗き始めた。このステータスカードが示す未来は、私だけでなく私の家族とこの料理店の未来をも全て覆すもの。私は一人っ子で、いずれはこの店を継ぐ予定だった。けれども料理人でも商人でもない私は、このお店に関わることができなくなってしまう。私がこの店を継がないと、祖父が始めたこの店が父の代で絶えてしまう。常連さんみんなに愛されて、それなりに繁盛しているのに。
その事実が、話し合いを続けるうちに、じわじわと私たちの間に浸透する。
私が店を継がないなんて、そんな未来は誰も想像もしていなかった。明日は調理師になったお祝いに、コックコートやシェフ帽、それから包丁なんかの道具を揃えるためのお休みに決めていたのに。