予想外の私の適職
ここはルヴェリア王国のちょっと端っこの海際の街、フラルタ。
爽やかな潮風に青く煌めく海、それからもくもくと水平線から立ち上がる真っ白な雲とライトブルーの空、その天頂から燦々と照りつける日差しを反射する白い低層の建物が海沿いに整然と立ち並ぶ美しい街だ。
そしてその海沿いのレストランの扉が今日も開かれた。
「いらっしゃいませ! リストランテ・マイヤースにようこそ!」
「おお、嬢ちゃん。まだ小さいのにもう働いているのかね?」
初めてのお客さんはだいたい私を見て驚く。
「ええ! お二人様ですね! こちらのお席にどうぞ!」
ここは私の両親が営む料理店で、こんなふうにお客さんを案内するのが今の私の、小さい頃からの日常だった。でも私が本当にしたいことっていうのは給仕係じゃなくってさ……。
「あの、父さん、このお魚はもう少し焼いたほうが……?」
「いつも言ってるだろメイ、父さんの料理は完璧だ。早くお客さんにもってってやんな」
その自信満々な父さんの顔とヒラメに似た魚のグリルに、絶対あと、3分は焼くべきだと歯噛みする。あと3分、それでこの魚は全部がむら無く完璧に焼き上がって最高の味になるのに! ……この店がその海沿いの景観以外は今一つという評判なのは、きっと父さんの料理が少し大雑把だからだろう。
でも私は日本からの転生者で、もっと言えば料理好き。日本人的に生焼けの魚など許すことはできないよ。あと3分で! 美味しくなるのに!
「まぁまぁメイ。明日になれば解決するわ。もう少しだけ我慢しなさい」
「母さん……」
会計を終えた母さんは私を見て微笑む。私が父さんより料理の腕が上なのは、家の食事を作っている母さんにはわかっている。私もたまに手伝っているから。でもこの世界では、10歳にならないと真っ当な仕事とは認められないし、適性を持っているってだけで父さんに鼻で笑われるのだ。絶対私の方が料理が上手いのに。
「大丈夫よ、メイならきっと料理人の適性があるわ」
「いや母さん、メイは計算が早いし正確だ。きっと商人の適性がある」
そりゃ、日本の教育を受けてる私に計算なんて簡単なものだもの。でも私は料理がしたい。そしてこの風光明媚なこの町で美味しいご飯を作りながらスローライフがしたい! 気がつけば私をそっちのけで両親は口喧嘩を始め、いつのまにか両方の適性を持っているだろうということで落ち着いたようだ。
この世界には日本と違って職業適性という概念がある。父さんは料理人の職業適性を持っているから堂々とレストランを経営しているし、母さんは商人の適性を持っているからこんなふうに仕入れや会計なんかの仕事をしている。
10歳の誕生日になれば教会でステータスカードがもらえて、そこにその人の適性というものが書かれている。そしてその適正に従って子どもは修行を始める。たとえば剣士の適性があれば町の守衛隊で見習いにしてもらえるし、職人の適性があればその工房で見習いの修行を始める。
そしてカードを受け取れば、私は給仕係を卒業してやっと堂々と料理ができるってわけ。それで前世の知識で料理を魔改造して、この店をフラルタいち,いやルヴェリアいちのレストランにするんだ!
私は何よりマイヤースが好きだった。たくさんの気のいいお客さんも、テラス席から見える真っ赤な夕焼けも、たまに晴れた夜に落ちる流れ星も、何もかも。
だから父とともに教会の30歳ほどの少し陰気に見える若い使徒、ようするに神父のような存在の前に立った時、私は未来をちっとも疑っていなかった。私の適職は料理人。これだけ料理に飢えているんだから料理人に違いないと。
適職:辻占い
「は?」
「どうしたメイ」
「あの、父さん、その、適職が……」
「ステータスカードというのは家族でも簡単に見せるものじゃないんだぞ? お前は調理人か商人だろう? そうで……」
困惑する父さんにカードを見せれば、そのまま絶句し硬直した。
ステータスカードはその人間の将来の可能性を示す。領域によって少し異なるけれど、おおよその能力の傾向や特殊な能力、いわゆるスキルのようなものが備わっていれば、たいていはカードに記載される。
その中で適職というカテゴリは、その人が持つ能力や、これまでの人生や環境や性格、希望といったものが色々と考慮されて、いくつかの方向性が示される。
だから私や両親も、一番身近で接している調理師や商人が表示されると思っていた。そして万一それらが全く適さない場合、たいていは役人なんかのこれまでの生活で関連があった職業がいくつか表示されるもの、のはずだ。
父さんは私の肩を揺さぶる。明らかに動揺している。
「な、なあ辻占いって何だ? どうしてそんなわけのわからないものがでる? メイ、お前ひょっとして、占いが得意だったりするのか?」
「私も意味なんてわからないよ。友達と花占いをするくらいだし、その、えっと、そもそも占いって何?」
「ひょっとしたら未来予知の特殊な能力や何らかの魔法の力を授かっているとか……」
そう思ってみたけれど、ステータスカードの表示はむしろ魔力の素養が全くないとしか思えない。当然特殊なスキルなんて何もなく、かわりに『調理』とか『接客』とか、私がこれまで培っていたものがスキルとして載っている。その事自体は私は予想していた。それなのに、全くそぐわない適職。
わずかに思いあたる事実に戦慄する。