パラディンの超越者、マーニャ
グラデを倒した俺は、相変わらず荒野をさまよっている。
正直に言って、アキラと色々話していると、それだけでなんか帰った気になるから不思議だ。
とはいえ、その話題も楽しいものばかりじゃないんだが……。
「なあアキラ、今まで遭遇した奴らって、誰一人お前を助けようとしていないんだが……どういう教育をしているんだ?」
「……汚染されたら、死んだものとして教育しているのよ。汚染した相手を操作する黒タイプは、昔からいたじゃない」
嫌味のつもりで『どういう教育をしているんだ』と言ったら『こういう理由で教育をしています』と言われてしまった。
「ああ、いたな……相手を汚染して魔法少女に変身させて、魔法少女っぽくふるまわせるやつとか」
「そんなの、趣味が悪い程度でしょ。もっと直接的に、こう……相手を洗脳して意のままに操るとか、魅了するとか……」
「いたなあ……ああいうのを見るたびに、俺の株も下がっていったんだ……」
アキラについては、俺に汚染されたのでもう諦めるしかない。
それがこの世界の常識ならば、まあ仕方ないことなんだろう。
「でもなあ……それはそれとして、お前を慕う者が一人もいないぞ。誰一人として、『よくもアキラ様を殺したな』って奴がいないぞ。それはどうなってるんだ」
「……最高権力者ってね、孤独なのよ」
「え、なに……私的な友人とか、専属の私兵とかいないの?」
「私的な友人で生きているのは、スサブだけだし……専属の私兵は……まあ、アレね」
オモチャのアキラは、自嘲していた。
「なんなら、積極的に殺しに来るわ」
「……なあ、お前さ、本当にどういう政治してんの?」
マジで専属の私兵がいるってなんだよ、という疑問はないでもない。
でもそれ以上に、その専属の兵にも嫌われているってことに俺は戦慄を禁じ得ない。
「まさにそれよ……政治的に、対立しているのよ。私兵と」
「なんだそりゃ……」
そんな話をしていたからだろうか、俺達はまさに、その私兵と遭遇するに至った。
「お待ちしておりましたよ、アキラ様、スサブ様」
全身を布で包み込んだ、如何にも怪しい風体の女。それが荒野の岩に、腰を下ろしている。
シルエットが分からないぐらいぐるぐる巻きになっているその姿を見て、アキラは声を上げた。
「……マーニャ!」
「なんだ、今の話で出てきた私兵か」
「ええ、そうよ……超越者の一人、マーニャ。私達を神とする宗教団体、パラディンの最強兵力……!」
「ええ、その通りです。黒き神、スサブ様……お会いできて、光栄です」
全身を布でぐるぐる巻きにしたまま、俺に対して光栄と言ってくるマーニャ。
無礼なのか失礼なのかわからないが……さり気に、初めて偉人扱いされているような気がしてきた。
「赤き神トドロキ、青き神イカル、白き神シナ、茶の神ヨロコと共に、世界を守るために出征された、大いなる英雄神」
「ま、まあな……へへへへ……」
「しかしそれはそれとして、お二人には死んでいただきます」
「おい」
こういうのも、慇懃無礼っていうんだろうか。
なんで上げてから下げるんだろうか。
「っていうか、お二人ってなんだよ! 俺はともかく、アキラも殺す気か!?」
「ええ、何であれば、アキラ様の方が憎いので」
「憎いのかよ!」
「むしろ、貴方個人に対して憎悪はありません」
いきなり何を言い出すんだ、こいつは……。
「マーニャも、悪い子じゃないのよ……」
「人を憎むのは悪い子だろ……」
「それではスサブ様に、事情を説明いたしましょう」
なんだろうこの……なに?
この時代だと、『冥途の土産に教えてやろう』が流行ってるの?
なんで俺のことを受け入れてくれないのに、受け入れてくれない理由だけはずっと話してくるの?
「もともと、我らパラディンは『文明崩壊以前の記録』を正確に残すことが目的の組織でした。文化の保存、と言えば分かりやすいでしょう。文明が崩壊した当初は、そういう組織がなければ、何もかもが失われてしまいますからね。しかしそれも、十年ほどのこと。文明が再発展を始めたことで、役目を終えます。それこそ図書館や映像記録を残しておけば、それで十分になってしまいますからね。ですが……そこで新しい目的が生まれました」
「……」
「歴史の編纂ですよ。つまり……文明崩壊後に、貴方がた神々が、超能力者たちが、どんな活躍をしたのか……歴史として保存していくようになりました」
「それが転じて、宗教になったと?」
「ええ、お察しの通りです。今では貴方も神、信仰の対象と言うわけです」
宗教家を相手にしている、と言う感じがしない。
なぜだろうか、宗教や組織を、客観的に語っているからか?
「ですが……貴方もすでにご存じの通り、元々あった黒タイプの超能力者による汚染犯罪に加えて、黒タイプによる汚染兵器による痛ましい事件が起きました。これによって黒タイプ全体への悪評が広まり……黒き神である貴方さえも、史実から取り除くべきだという動きまで始まりました」
「……一応言っておくわ、スサブ。私はそれに反対してきた、いえ私だけじゃなくてイズミやヒシメ、ホノオもね」
「ええ、そうでしたね。セントラルベースを築いた四柱の神は、史実を捻じ曲げるべきではないと主張されていました。それが、軋轢を生んだわけです」
まあ……わからんでもなかった。
少なくとも俺は、どっちが悪かなんて、言えるものじゃなかった。
「センシティブな問題だな……」
「ええ、そうですね。一方的な被害者である貴方に、理解をしてしてもらえるとはありがたい。ですが……だからこそ、私には私の立場がある」
ずずず、と念が発せられてきた。
それはこれから、戦闘が始まる予兆だった。
「私はパラディンの超越者、マーニャ。その戦いは、信者のためにあると考えています」
「信者の為に、神を殺すってのか? 俺だけじゃない、アキラまで」
「文明崩壊以前の宗教とは違い、現代の宗教は『そこにいる超能力者』が神です。そして信者を考えてくれない神……指導者など、必要ありません」
ばばば、と、風が荒れるように。
マーニャの着ていた布がはがれていった。
「汚染された兵器によって、家族を失った者がいた。黒き神によって、友人を残骸に変えられた者がいた。その信者たちが『黒き神を崇めたくない』と言っても、頑なに史実や私情に固執し……あまつさえ、黒き神が帰還したときには単独で動いた」
マーニャに対して、アキラは反論しない。
こいつもわかっていたが……本当は、超越者を全員引き連れて、俺を全力で叩くべきだった。
私情を抜きにすれば、そうするべきだった。
最高責任者なのに、中途半端な対応をした。都市のため、信者の為に動かなかった。
それを、こいつは怒っている。
「私は私の規範に則って……お二人を討ち取らせていただく!」
「歴史改変主義者と原理主義者の戦いか……やれやれ、宗教戦争に参加するとは思わなかったぜ」
正直、悪感情はなかった。
マーニャの言っていることは『一理』あるし、『立場』にも理解ができる。
「だがな……俺は強いぞ?」
「承知の上……ですがこちらにも、神の力がある!」
布がほどけるとそこには、青い全身鎧と青い剣で武装した、妙齢の女性マーニャがいた。
一応言っておくが、露出度はまったくない。それこそいい意味で完全武装した、全身をカバーする鎧だった。
剣の方も、巨大でデザインも凝っている。懐かしい趣味だった。
「ファンタジーな武装だな……イズミを思い出す」
「そうでしょう……ね!」
黄色のオーラを発しながら、マーニャが走ってくる。
なるほど、黄色と青の二色か……と思ったところで、脳裏に疑問が浮かんだ。
おかしい、なにかおかしい……!
「はあ!」
「……!!」
俺が疑問に思っているが、それでもマーニャは止まらない。
そのまま一気に、俺へ切り込んできた。
何か違和感を覚えた俺は、大きく飛びのいて回避する。
追撃しようとしてくるマーニャに、念動弾をぶつけてみた。
「なんの、この程度!」
まったくの、無傷。
いかに本気ではないと言え、その鎧に傷一つ付けられなかった。
「前に戦ったヴィギレよりも頑丈だな……」
「当然でしょう」
「おかしいな、アイツは確か……!」
トネリの超越者、ヴィギレ。
彼女はたしか、こう言っていた。
『私は現役の超越者唯一の青タイプ! つまり青タイプとしては最強! いくら黒い神だからって、その私を汚染させられるわけが……ない!』
つまりこのマーニャが、青タイプであるわけがない。
それならつまり……こいつの身に着けている鎧や剣は、こいつが作ったものではなく……。
他の超能力者が作ったものを、こいつが着ているってことか……?
手抜きとはいえ、俺の攻撃を受け止めるレベルとなると……まさか!
「イズミが作ったもんか!」
「その通り! 青き神イズミ様の遺産……神聖武装! パラディンの超越者に伝えられた、最強の武器ですよ!」
青タイプの特性は、維持。
それが極まれば、死んだ後にも残せるってことか……。
だがそれは……!
「……!」
「おや、戦意が無くなりましたね。亡き戦友の形見を、壊したくないと?」
「正直に言うと、そうだ。そういうお前はどうなんだ、イズミの残したもので俺と戦うってのは」
「イズミ様が喜ばないであろうことは、私も察しがつきますよ。ですが……信徒と指導者ならば、信徒を尊重するのが私です」
「なんとも都合のいい話だな……」
俺の中で、思い出がフラッシュバックする。
優しくておおらかだった、イズミ。あいつがどんな思いで、後世に武器を残したのかと思うと……。
それだけじゃない、社会の信徒と、俺との友情の軋轢が、どれだけ苦しめたのかも……。
あらためて、突き付けられる。
そして今俺は、仲間の残した武器を使う者と戦うわけで……。
その軋轢に、苦しんでいた。
「なんとでも言ってください。これが私の最善です」
「!」
「イズミの残した剣で、友であるスサブを斬る。その罪は、私が背負いましょう!」
黄色のオーラを噴き上げて、俺に接近してくるマーニャ。
それに対して俺は、とりあえず防御を固める。
黒いオーラを噴き上げて、その斬撃を弾こうとするが……。
「お察しの通り、私に青タイプの能力はありません。私自身の性質は黄色と……もう一つは何だと思います?」
「何を……!」
「加重の、茶色ですよ!」
ずずん、と、俺のオーラに切り込んでくる斬撃。
イズミの作った剣が、瞬発の黄色と加重の茶色で押し込んでくる。
これは、なかなかの威力だ。防げないわけじゃないが、このままだと、下手をすれば……!
イズミの遺品が、折れる。俺が、折ってしまう。
それは……それだけは!
「……ボール・プール!」
「ぐ!?」
俺はとっさに、地面を汚染した。
それによってマーニャの足場が、カラーボールに変わる。
マーニャは体勢を崩してカラーボールに沈み、俺はその隙をついて離脱する。
「……アキラ、一応聞くが、知ってたのか?」
「そりゃあね」
「……それぐらいは、教えておいて欲しかったぜ」
飛びのいた俺は、いろいろと考えを巡らせた。
そして出た答えは……イズミの遺産を、汚染したくない、壊したくないってことだ。
「さすがの勝負上手ぶり……ですが、退いていては勝てませんよ」
「そうかな」
「私は、すべてを飲み込んでここにいる。何一つ目的を、意志を持たない貴方に、私を倒すことはできない」
「そうだな……俺は中途半端だ。アキラを殺したくない、イズミの遺産を壊したくない、かといって死にたくもない。その俺は、中途半端だ……」
マーニャは、再びの突撃を準備している。
最強の鎧で身を守って、最高の剣で切り込む。単純だが、最適な戦法だ。
これに黄色と茶色が高レベルで加わっていれば、なるほど強い。
だが俺だって、負けてやる気はない。
「実力差で、ねじ伏せさせてもらうぜ」
俺は逆に突撃し、マーニャの背後に回り込む。
グラデならあっさり対応しただろうが、全身を鎧で覆う彼女はそれに対応しきれない。
「な!」
「それ、オーダーメイドじゃないんだろ? 動きが鈍いぜ」
俺は彼女を抱え込んで、そのままぐるぐると回り始めた。
「な……なにを!」
「その鎧と剣……台無しにしたくないんでね! 中身のお前を潰させてもらう!」
俺が振り回し続ければ、その遠心力で肉体に直接ダメージがいく。
こいつもそれなりに鍛えているんだろうが、それでも人間である限り耐えられる限界があるはずだ!
「こんなもの……!」
「腰に組み付かれていて、ぶん回されていて……サイズがピッタリじゃない鎧を着ていて、でっかい剣を持っていて! それで反撃できるかよ!」
俺がどんどん加速していくと、マーニャはどんどん抵抗力が弱まっていく。
やがて脱力し、剣を握ることもできずに手放して……やがて、人形のようになった。
そこで俺は減速して、彼女を横にさせると……。
「うわあ……」
「アンタがやったんでしょうが……」
「も、もうちょっとギャグチックになるかと思ったんだ……」
今までで、一番凄惨な負け姿だった。
このままだとマジで死ぬので、俺は彼女の鎧を脱がせると、汚染してキーホルダーに変える。
「チャイルド・ロック! これで延命できたな……あとで集中治療室送りだけども」
「アンタの汚染技って、こういうとき便利よね。加減できる上に応急処置もできるし……」
「そうだな。さて……」
ふと、俺は剣と鎧を見る。
優しかったイズミの、その遺産だった。
「これは、普通に運ぶか……さっきマーニャが着ていた布でくるめばいいだろう」
「そうね……それにしても、あと一人か」
「……なあ、もういい加減、実力差を理解してくれないもんかね?」
「それは難しいわね。なにせまだ本命が残っている」
最初の相手は駆除業者、ハスカールだった。
次いでは警察、トネリだった。
三番目は格闘興行団体、ソルダリーだった。
さっき倒したのは宗教団体、パラディンだった。
ここまで出そろえば、出てない組織に見当もつく。
「……軍隊か」
「そうよ、他の都市と戦うために存在する、最強の戦闘組織、軍隊……セントラルベースでは、レギオンと呼ばれているわ。そこの超越者がいる限り……貴方が手に負えないほどだとは、理解しないでしょうね」




