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9.王都最悪の超事故物件です!!

 所有者がカタリナに変わったことは管理人も知っていて、すぐに話は通じ、案内してもらうことになった。

 管理人はアンドレ・フレネーと言い、先代大公妃が所有する以前からここを管理しているとのことだった。

 案の定、元は騎士だったが、怪我をして続けられなくなり、縁あって別邸の管理人となったそうだ。

 というか、こういう場合は管理人にあらかじめ連絡をしておくものではないかとノアルスイユは思ったが、カタリナとしては抜き打ちで訪れることで、管理人の人物を見たかったのかもしれない。


 なにはともあれ、館の状態確認だ。

 入って内玄関を抜けてすぐ、中央のドームの真下にあたる部分は吹き抜けのホールになっていて、馬蹄型の大階段が二階へと続く。

 図面で見たばかりの構造だが、実物は想像よりもはるかに優美で、ノアルスイユは嘆声を漏らした。


 一階も二階も、保存状態はきわめて良好。

 部屋ごとに意匠の異なる寄木細工の床はどこも艷やか。

 家具さえ入れれば、明日からでも住めそうだ。

 窓や扉などの建具や壁灯などもボアンヴィル独自のデザインで、一つ一つじっくり鑑賞したくなる。


 最後に、主棟の一階奥にある広々としたサロンに入った。

 中庭に面した側は、膝の高さから天井近くまで大きな窓になっており、窓の間を埋めるように二箇所設けられたガラス扉から直接外に出られる。

 すぐ外は、四季の花をかたどるモザイクタイルで飾られた広々としたテラスだ。

 

 テラスの向こうは、緩やかに下っていく斜面を巧く使った回遊式庭園。

 一番低くなったところに池のきらめきが見える。

 池の傍には、蔦の絡まる古典様式の東屋もあった。

 右手には、隠居所らしい屋根も見える。

 敷地の向こうには、さっき馬車で渡ったランデ河が流れ、遠くに王宮の尖塔もはっきり見えた。

 一階の高さでこのくらい眺めがよければ、二階からなら王都を一望することができそうだ。


「お天気の良い日に、ガーデンパーティーでもしたら気持ちが良さそうね!」


 自分で住むつもりはないと言っていたが、カタリナはうっとりしている。

 きっと、この美麗な館の女主人として、いつもにも増してチヤホヤされる自分の姿が脳裏に浮かんでいるのだろう。


 だが、ノアルスイユはテラスのモザイク画を縁取る文字に眼を吸われた。

 ボアンヴィルの名と竣工年月日と共に「トレヴィーユ荘」と書いてある。

 トレヴィーユ荘という名だったが、後に「檸檬荘」に改称したということか。


 トレヴィーユ荘。


 なんだろう、記憶に引っかかる。


 トレヴィーユ荘。トレヴィーユ荘。トレヴィーユ荘。


 なにか、良くないことに絡んでいた気がする……


「あああああああああ!」


 昔読んだ、犯罪実話本を思い出したノアルスイユは、声を上げて管理人の方に振り返った。


「こ、ここここは! トレヴィーユ荘なのか!?

 三十年前、悪事を働いて婚約破棄されそうになった伯爵令嬢が、腹いせに婚約者の姉や共犯者だった幼馴染達を毒殺し、その後もしばしば令嬢達の幽霊が出たという!」


 管理人は、この上なく苦々しげな顔になった。


「……毒殺事件があったのは確かです。

 幽霊など、一度も見たことはありませんが。

 まさか、ご存知なかったのですか?」


「ちっとも」


 カタリナは、ぽかんとしている。

 事件そのものを知らないようだ。

 あわあわとノアルスイユは両腕を振った。


「まずいですよ、これは。

 犯人は亡くなっていますが、生きていれば四十代後半。

 同世代以上の貴族なら、事件のことは皆知っています。

 ここに手が出せるような富裕な平民も。

 この物件、借りる者も買う者もおそらくいません。

 王都最悪の超事故物件です!!」


 は!?とカタリナがのけぞった。


「……あのポンポコ親父ィイイイイ!!

 そういうことだったのね!!」


「ポンポコ!?」


「前に、お父様のことを『たぬき親父』って言ったら、令嬢なんだからもっとかわいい言い方にしなさいって、お姉さまに叱られたのよ!」


 カタリナの父、サン・ラザール公爵はいつも片眼鏡モノクルを嵌めた、いかにも切れ者風の実力者。

 腹黒度は確かに高いが、「ポンポコ」という語感の愛らしさとはまるでそぐわない。

 公爵家姉妹の謎センスに、ノアルスイユはめまいがした。


「まずい……まずすぎるわ。

 私個人でここの維持費を払い続けるのは厳しいし、だからといってこの屋敷を返上したら、わたくしには独立して暮らしていくだけの才覚がないって話になる。

 今度こそ、無理やり嫁がされてしまうわ。

 こんなに大きな物件を、なぜ独り身のわたくしにって思っていたけれど、要は結婚させるための罠だったのね……」


 イライラと歩き回りながら、カタリナは亡くなった大伯母や父親、祖母など結婚しろしろとうるさい親族達を口汚く罵った。

 学院時代になれっこになったノアルスイユは無の表情で聞き流すが、管理人は、ひたすらおろおろあわあわしている。

 眼尻を吊り上げてキレ散らかす、芝居の悪役令嬢のような本物の公爵令嬢など、生まれて初めて見ただろうから仕方ない。


「ん? あれは?」


 ふとカタリナが、二階の部屋、東棟のまんなかあたりを見上げて眉を寄せた。

 飾りのない、ごく小さな窓に日除けのカーテンがかかっている。


「今、誰かがこっちを見下ろしていた、ように見えたのだけど」


「はいいいい!?」


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