5.貴様が姉上に毒を盛ったのか!?
「エリザベート様!?」
その向こうでニコルの上体がぐらんぐらんと揺れ、左に大きく傾いたと思ったら椅子から転がり落ちる。
もろに頭を打ったのか、聞いたことのない酷い音がした。
ほぼ同時にルイーズも倒れ、アンリエットが苦しげに胸元を抑えながら立ち上がろうとして、テラスの上に倒れこむ。
「誰か! 誰か! 早くお医者さまを!!
お嬢様方がお倒れに!!」
少し離れたところに下がっていたアンナが悲鳴を上げた。
「アンリエット!!」
マリー・テレーズは、アンリエットに駆け寄った。
膝の上に抱き上げると、気味が悪いほど真っ白な顔になったアンリエットは、苦しげに浅く胸を上下させていた。
眼の焦点が定まっていない。
それでも、アンリエットは、椅子から滑り落ちてうつ伏せに倒れているルイーズの方に手を伸ばした。
「る、る、る……」
指先が魔法陣を描こうと震えている。
マリー・テレーズは息を飲んだ。
アンリエットは、魔法でルイーズの解毒をしようとしているのだ。
解毒魔法の術式は高度で、マリー・テレーズは習ってもいない。
だが、術者の気力体力をごっそり削ると聞いたことはある。
アンリエット自身も危うそうな今、そんな魔法を使ったら──
「だめよ! アンリエット、やめて!!」
渾身の魔法陣がまたたき、確かに発動した。
だが、ルイーズは倒れたままピクリとも動かない。
ぐるんと白眼を剥いたアンリエットは、壊れたように激しく痙攣し始める。
「いやあああああ!!」
執事が飛んできて、泣き叫ぶマリー・テレーズからアンリエットを奪った。
「お嬢様! 吐いてください!」
真っ青になったアンナが、マリー・テレーズを抱え込み、口に指を突っ込んでくる。
胃の中のものを無理やり吐かされた。
飲んだばかりの茶を一通り吐いたところで、水が入ったコップを押し付けられ、水を飲まされては吐かされる。
何度も何度も口をゆすいだ。
いくらゆすいでも嫌な苦味が消えない。
がくがくと身体が震える。
「とにかく、お部屋に参りましょう」
アンナに支えられて、マリー・テレーズはよろよろと立ちあがった。
テーブルの上は、母の自慢の茶器が倒れ、菓子が吹き飛び、めちゃくちゃになっていた。
執事達が倒れた4人をサロンに担ぎ込み、なんとか手当をしようと慌てふためいている。
一人、裾が乱れて膝までのぞいたまま床の上に放置されているのは──もはや手の施しようがないと見限られた者なのか。
すうっと血が降りていく。
マリー・テレーズはようやく悟った。
健康な若い女性が、4人も同時に急病で倒れるわけがない。
毒だ。
さっきの茶かなにかに、毒が入っていたのだ。
だが──
皆、同じ物を飲んだのに、なぜ、自分だけが無事なのだ。
これでは──まるで、自分が毒を盛ったようではないか。
アンリエットとルイーズはとにかく、ニコルとエリザベートは鬱陶しいと思うことの方が多かったが、幼馴染は幼馴染。
死ねばいいと思ったことなど一度もないのに。
なのに、皆──おそらく、死にかけている。
「離して!!」
部屋に戻そうとするアンナに抗い、とにかくアンリエット達のところに行こうとしてはアンナやメイドに止められているうちに、不意に、肩を後ろから乱暴に掴まれた。
「マリー・テレーズ! 貴様が姉上に毒を盛ったのか!?
逆恨みか!?」
振り返れば、シャルルが顔を真っ赤にして叫んでいる。
誰かが知らせを走らせたらしい。
なにか答える前に、平手で頬を張られ、床に倒れ込んだ。
シャルルの怒号と、間に入ってかばおうとするアンナ、家令の声がどんどん遠くなり──
マリー・テレーズはとうとう気を失った。




