45.いつか、そういう気持ちになれれば
「ニコルは、絶対に加害者ではないと確信していました。
そして、ニコルの命が狙われていただなんて、思ってもみなかった。
浮ついたところもあったし、私にとっては扱いづらい従姉妹でしたが……まさかフォンタンジュ男爵令嬢を手引したり、ゴシップ紙に情報提供していただなんて」
「なぜ、ニコルはそこまでしたんですか?
手記には、やたら張り合ってくると書いていましたが」
そこがさっぱりわからないノアルスイユは訊ねた。
「今にして思えば、という話ですけれど……
母親が早くに亡くなったこともあって、子供の頃から、ニコルは私の母に可愛がられていました。
母は、美容やおしゃれ、女性同士の他愛もないおしゃべりが大好きで、社交界で少しでも名を上げることを重視していました。
私はそういうことに全然興味が持てなかったのですが、ニコルは母に上手に合せていて……
流行のドレスなんかは、私よりもニコルの方が作って貰っていたかもしれません」
マリー・テレーズはため息をついて、小さく首を横に振った。
「そうは言っても、本家の娘と分家の娘では、扱いが違います。
デビュタントの時も、私は先祖代々家に伝わるエメラルドのネックレスをつけさせてもらったけれど、ニコルの時は、母が見立てて、成人祝いとして叔父が買ったもの。
もちろん悪いものではなかったし、可愛らしい、ニコルによく似合うネックレスでした。
でも、私がつけたものとは、石の格は比べ物になりません」
「ま、そうなるわよね。
男性だってそうだわ。
大学を出るまでは同じでも、本家の息子なら普通は宮廷に出仕できるけれど、分家の息子だと並外れて優秀でないと宮廷勤めは難しいんだし」
カタリナが頷いた。
「そうですね。
母やニコルの価値観からすれば、私よりニコルの方が明らかに『良い令嬢』なんです。
可愛らしくて、愛嬌があって、気転も利いて、魅力的で。
なのに、やっぱり要所要所で、ニコルは下に扱われる。
王都の舞踏会や、この近辺の方たちをお招きした茶会でも、そういう場面はあったんじゃないかと思います。
それが、ニコルにはどうしても納得いかなかったんじゃないかと。
ニコルは、まわりを見返したかったんでしょうね」
「なるほど……」
「でも、私はうっとおしいとは思いつつも、ニコルの気持ちなんてまともに考えたことがなかった。
姉妹同然に育ったのに、本気で向き合うこともせず、ああまた馬鹿なことをしているなとしか思っていなかった。
だから、彼女が狙われただなんて思いつかなかったんです」
あの頃、もう少し周りを見て考えていれば、とマリー・テレーズは呟くように言った。
「たられば」ではある。
だが、ニコルとの関係の歪みをなんとかしていれば、あんな事件はそもそも起きなかったという思いを捨てるのは難しいのだろう。
「……いずれにせよ、カタリナ様がいらっしゃらなければ、私達はアンナが四人を殺したと思い込んだまま女神フローラの花園に旅立つことになったでしょう。
本当に、感謝しております」
マリー・テレーズと管理人はもう一度カタリナに深々と頭を下げた。
真っ向から感謝されるのが苦手なカタリナが、あうあうと困り顔になる。
「いやいやいや、こっちも必死だっただけだから。
ま、結局のところ……
伯爵家はあなたを疑い、
あなた達はアンナを疑い、
アンナはあなたを疑って、
イザベル副院長も、アンリエットやルイーズがなにか酷いことをしたんじゃないかと疑って。
関係者がお互い疑いあったまま、月日が経ってしまった、ということになるのかしら」
「そういうことですね。
気がついたら三十年も。
よく考えたら、お二人が生まれる前からの話ですね」
ゆっくりとマリー・テレーズは頷いた。
ただ、四人の若い女性の命が奪われただけではない。
あの事件は、リュイユール伯爵家を中心に、家族や友人、慣れ親しんだ者達の信頼を破壊し、不信の種を蒔いたのだ。
「たしかに今更名乗り出てもというのも、わからなくもないけれど……
あなたが生きていたって知れば、今のリュイユール伯爵も、イザベル副院長も、アンナもきっと喜ぶと思うの。
いきなり連絡をとり辛ければ、わたくしが仲立ちしてもよいのだし」
「……いつか、そういう気持ちになれれば、お願いするかもしれません」
マリー・テレーズは微笑んでみせた。
今のところ、そのつもりはないようだ。
ふむ、とカタリナは仕方なさげに頷く。
「じゃ、これからのことだけれど」
気分を切り替えるように、カタリナは二人を強めの視線で見上げた。
「いずれにしても、ここの管理からは退いてもらうしかないけれど。
ただ、二つ……いや三つ、頼みたいことがあるの」
「はい? なんでしょう」
夫婦は戸惑っている。




