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44.社交術の基本

「このコテージで叔父の居候をしていた頃、手伝いのついでに時々使用人用の休憩室でお茶を飲むことがありました。

 アンナさんとも、一緒になることが多かったんですが、普段はおとなしい人なのに、女性に対する犯罪に関しては、妙に激しい反応をする人だなと……

 当時、どこぞの商会の娘が、社交場で知り合った男に連れ出され、酷い目に遭ったあげく殺されたという事件がありました。

 誰かが『ちゃらんぽらんなことをしていたんだから、そんな目に遭っても仕方がない』と言ったら、いきなりアンナさんがバーンとテーブルを叩いて立ち上がって、『私はそんな考え方を許容できません!』と叫んで、どこかに行ってしまったんです。

 皆、あっけにとられて、後を追う者もいませんでした」


 管理人の説明に、マリー・テレーズが頷く。


「私も、そういう面はあるなと、思ってはいました。

 身内か親しい友人か、誰か身近な人が被害を受けたことがあるんじゃないかと……」


「なるほどね。ま、わたくしとしては、アンナの意見に全面的に同意だけれど」


 カタリナがちらりとノアルスイユの方を見てくる。


 ノアルスイユは全力でこくこく頷いた。

 性犯罪に限らず、被害者を安易に非難する行為は、要は「自分はちゃんと行動しているから、大丈夫」と安心したいがための卑劣な逃避にすぎない。


「でも、どうしてそれが動機になるの?」


「フォンタンジュ男爵令嬢の件が、アンナの逆鱗に触れてしまったのかと思ったのです。

 私達は彼女の死をとんでもない厄介事としか捉えていませんでした。

 それが許せなかったのではないかと」


「いやいやいや。そんなことで毒を盛られたんじゃ、たまったものじゃないわ。

 アンナがフォンタンジュ男爵家の係累だったとかならまだしも」


 カタリナは、顔をしかめて言う。


「しかし、それだと、アンナは意図的にあなたにだけ毒を盛らなかった、ということになりますよね?

 どうしてそんな風にしたと考えていたんですか?」


 ノアルスイユは気になって問う。


「私が舞踏会でフォンタンジュ男爵令嬢に巧く対応していれば、ああはならなかったわけですから。

 一番責任の重い私を、より苦しめるためかと。

 軟禁されていた間、いっそあの時、皆と一緒に死んでいればよかったと、幾度も思いましたから」


 マリー・テレーズはそう言うと、死地から救い出してくれた管理人の手をそっと握った。

 管理人は握り返して、優しげに頷いてみせる。


 お一人様街道を驀進しているカタリナとノアルスイユは、夫婦の美しい絆を目の当たりにして、それぞれ違う方向にすっと視線をそらした。


「この別邸に戻ってきたときには、私達はてっきりアンナの犯行だと信じておりました。

 だから、置いたままになっていた例の文箱の中に、新しく書いたアンナへの手紙と、昔アンナに教わったやり方で刺繍をしたハンカチを入れて、もう一度封印したのです。

 もし、甥か一族の誰かがあの文箱を手に取ることがあれば、とにかくアンナを探し出してほしいと思って」


「あーあの刺繍、あんまり見たことがないやり方だなと思って、詳しい人に見てもらったら、ルシカ諸島の刺し方だとかで。

 アンナが新聞社に連絡してくれなければ、最悪、刺繍工房を回ってこの刺繍ができる人はいないか、探すつもりだったのよ。

 あんな事件があったんじゃ、侍女として別の家に勤めるのは難しかっただろうし、もし王都にいるなら、刺繍あたりの賃仕事でもしているんじゃないかと思って。

 実際、そうだったわけだし」


 カタリナはうんうんと頷いているが、ノアルスイユはぶったまげた。


「え? じゃ、じゃああの、アンナのその後を心配していた手紙は……

 もしかして、彼女に自白を促すつもりで書いたんです!?」


「ええ。そのつもりで書きました。

 なのに、アンナは無関係で、しかも私の仇を討とうとしただなんて。

 アンドレから、アンナが手紙を読んで泣いていたと聞いて、もうどうしたらいいのやら……」


 消え入るような声で、マリー・テレーズは言う。


 ノアルスイユは深々とため息をついた。

 追い詰められた状況で、それでも侍女を気遣う優しさに普通に感動したのに。

 感動を返せとまでは言わないが、解せない。


「ま、褒めて感謝して気遣ってみせたりしつつ、あれやこれやと人を操るのは社交術の基本ではあるけれど。

 でもなぜニコルを疑わなかったの?

 あの香燻茶、どう見たって怪しいじゃない」


 カタリナは納得いかなさそうに訊ねた。


「それは……

 あの場に居合せなかった方が、ニコルをまずお疑いになるのはわかりますが、私はニコルが意気揚々とあの茶を淹れて、飲んで、酷い倒れ方をするのを、目の当たりにしましたから」


 突然、惨事に転じた時の様子を思いだしたのか、マリー・テレーズは言葉を切って眼を閉じた。


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