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39.なにかが、そぐわない

「そうそう。でもあの瓶、シーズンごとにあちこちの商会がサンプルの茶葉を入れて置いていくものだから、貴族でも平民でも、それなりに外商が来る家には似たような瓶がやたらあるじゃない。

 茶葉の飲み比べをする時に、そのまま使うことだってあるし」


「そうですね。うちの実家にもよく転がってます」


 ノアルスイユは頷いた。

 この間、実家に顔を出したら、一番上の甥が大事な宝物──大量のハンミョウの死骸を保存・分類するのに使っていて、義姉が発狂しかけていた。


「シャルルは、致命的な証拠はとっくの昔に隠滅したし、今更事件をほじくり返されたって平気だって、なんだかんだで安心しきっているに違いない。

 そこで、イザベル副院長がそれっぽい瓶を出してきて、実はルイーズが掴んだまま事切れていて、そのままブラントーム伯爵家が保管していた、きっと犯人の指紋が残っていると言ったらどうなったかしら?」


 カタリナは人の悪い笑みを浮かべた。

 んんん?とノアルスイユは首をひねった。


「いやいやいや、瓶は一つしかなかったんですから、偽物だって即バレるじゃないですか」


「すぐにはバレないわよ。

 アンナは、イザベル副院長が瓶を出してくれば、だからあんなに探しても出てこなかったんだって納得するでしょうし、シャルルは自分が瓶を持ち去ったとは絶対に言えないもの。

 それに、シャルルは、お茶会には出ていないんだから、瓶が一つだけだったかどうかわからないのよ。

 誰かが別の茶葉のサンプルを出して、香燻茶と比べたりしたかもしれないでしょう?

 自分が持ち去ったのは別の瓶で、本物はルイーズが握り込んでいたってこともありえるじゃない」


 カタリナはドヤ顔で説明した。


「ああああああ、そうか!

 まず、瓶を持ち去れたのはお前だけだろうとあなたがシャルルを糾弾、シャルルが追求をかわしたら、イザベル副院長が、実はブラントーム伯爵家にずっとあったとニセの瓶を出す。

 今更別の瓶が出てきて驚愕したシャルルが、どういうことなのか確かめようとして──たとえば、アンナに香燻茶以外の瓶があったのかと聞いたりしてボロを出す、それを狙ったということなんですね。

 三十年前の瓶じゃ指紋もなにも残ってないにしても、揺さぶりの材料にできなくはない」


 は?とカタリナは声を上げた。


「え? そうなの!?

 指紋って、ずっと残るものだと思ってたわ!」


 ノアルスイユは逆にぶったまげた。


「なにを言ってるんですか!

 ガラス面に残る指紋は、指先についているほんのわずかな皮脂の跡なんですよ。

 どんどん劣化してしまうから、保ってせいぜい2、3ヶ月。

 インクをつけて指の跡を紙に捺したものなら、きちんと保存すれば何十年でも大丈夫ですが」


 眼鏡をくいいっと持ち上げながらノアルスイユが解説すると、カタリナは普通、そんなこと知らないし、と口先を尖らせた。


「意気揚々と偽物の証拠を突きつけて、シャルルが指紋なんてもう残っていないんだから関係ないと開き直ってトボけたら、どうするつもりだったんです?」


 ノアルスイユは、じろりとカタリナを睨む。


「えええと……あなたがなんとかしてくれたんじゃないかしら。

 これこれこういう条件であれば、指紋はうんと長く保つんだとかなんとか言って」


 カタリナは明後日の方を向いて早口で言った。


「いやだから、私はアドリブに弱いんですから!

 相談してくださいよ相談!!」


「そうよね。アンナとシャルルが揉み合いになった時、あなただけロープに脚をとられて転んでいたものね」


 しみじみとカタリナに頷かれたノアルスイユは軽くキレた。




 道中、色々と揉めはしたが、馬車は無事トレヴィーユ荘に着いた。

 カタリナは、門を入ってすぐ、コテージのかなり手前で馬車を停めさせる。


「管理人と待ち合わせですか?」


 訝しみながらも助け降ろしたノアルスイユの方を振り返り、カタリナは「お楽しみの大団円よ」と華やかに笑って、さっとコテージに入っていく。


「おおお、奥様!?

 困ります、旦那様は今、本館で!」


 ノックもせずに玄関のドアを開き、入ったところで、掃除の最中だったらしい下女が慌てて立ちふさがった。


「奥様じゃないわ、これでもまだ、お・嬢・様!

 フレネー夫人に会いに来たの。

 通してちょうだい」


 つんと澄ましてカタリナは言うと、ぐいいっと下女を押しのけて、短い廊下をずいずいと進む。

 あわあわと下女が追いすがるが、カタリナは止まらない。


「だめですよ、いくら雇い人の家とはいえ、勝手に押し入るなんて」


 慌ててノアルスイユがカタリナの肩に手をかけた時、居間の奥からつばの深い白のボンネットをかぶった中年の女性が出てきた。

 管理人の妻か。


「ミランダ、大丈夫だから台所に」


 そっと下女に声をかけて下がらせると、ボンネットを取りながら、夫人は二人を居間へと招き入れる。


 ダークブラウンの髪は、うなじで小さく結われていた。

 足首まである、小花柄をプリントした木綿のふんわりしたワンピースを着て、襟元を白のスカーフで覆ったいで立ちは、平民の既婚女性によくあるもの。

 年の頃は、四十歳前後というところか。

 見るからに、穏やかそうな女性だが──


 なにかが、そぐわない。


 あえて言うなら、挙措が美しすぎる。


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