37.二の矢は用意していたのよ
「それにあの時の席の配置と、あなたのドレスとヴェール。
あなたがカウチに座るのは最初から決まっていた。
ホールの床には美しいモザイク画があるのに、わざわざ絨毯を持ち込んで敷いていましたよね?
絨毯の下に魔導回路を仕込んで粘土板とつないでたんじゃないですか?
粘土板だって、本物の出土品ではなく、それっぽく見えるように作らせたものでしょう」
「うぐ……」
「さらに、足元をあの黒のサテンのドレスで覆えば、魔力を発動させる時に出る光は外に漏れない。
ドレスの下で靴を脱ぎ、つま先から魔力を流して粘土板に組み込んだ魔法陣を操作してもまずわからない。
ヴェールで咽喉や口の動きを見えにくくしていたから、咽喉だけの声を回路に伝えて、炎が喋っているように響かせることだってできたはず。
少なくとも、『マリー・テレーズの亡霊』程度のことなら、これくらいの仕込みをしておけばなんとかなる」
「あらいやだ、やっぱりバレッバレだったわね!」
カタリナは開き直って笑った。
はー、とノアルスイユはため息をつく。
「それにしても、巧いことシャルルがボロを出してくれてああいうことになりましたが、ボロを出さなかったらどうするつもりだったんですか?」
「んんん……ま、あなたならいいか。
今回は色々世話になったし。
一応ね、二の矢は用意していたのよ」
「二の矢?」
「シャルルが犯人であるという物証、ぽく見えるもの。
わたくし、マリー・テレーズの手記を読んだ時からシャルルがニコルに毒入りの香燻茶を渡したんだろうと思っていたの」
は?とノアルスイユは口をぽかんと開いた。
あの時点でカタリナは見通してたのか。
「えええ……ああ、そういえばこの事件の本質は人間関係だとかなんとか、社交場で言ってましたね」
「そうそう。実際、そうだったでしょう?」
「まあ、そう言えなくもないですが。
どうしてシャルルがニコルに渡したと考えたんです?」
「いやもう、降霊会で言った通りよ。
日記を見ても、ニコルはマリー・テレーズをずっと攻撃してたじゃない。
ニコルはあまり品の良くない社交場にも出入りしてたんでしょ?
ポーリーヌを舞踏会に紛れ込ませたのも、マリー・テレーズとのトラブルを絡めて新聞にたれ込んだのも、ニコルなら出来るし動機だってある。
で、そんなことされて一番困るのは、実はマリー・テレーズじゃなくて、シャルル。
なんであの四人が殺されたのかわからないから、生き残ったマリー・テレーズが疑われたのだけれど、ニコルには殺される理由があったのよ。
というか、あなた、なんで同じものを読んだのに気が付かなかったの?」
何度説明させるつもりだと、イラッとした顔でカタリナは答えた。
ノアルスイユは視線を泳がせる。
いや、たしかにそこまで仲が良いわけではないなとは思ったが。
「ええっと、じゃあ二の矢、というのは?」
「ニコルの瓶ぽく見えるものを用意してたの。
流れによっては、イザベル副院長にあの場で出してもらうつもりで。
ルイーズが握りしめて絶命していて、そのままずっとブラントーム伯爵家で保管していたってことにして」
「はぁ!? 殺人事件の証拠を偽造して、よりによって聖職者にそんな大嘘つかせるつもりだったんですか!?
万一、法廷で決着をつけることになっていたら、あなたもイザベル副院長も偽証罪じゃないですか!
真っ黒ですよ!」
ノアルスイユは呆れて大声を出した。
いくらなんでもやりすぎだ。
カタリナは「裁判になるなんてありえないもの」とかごにょごにょ言い訳をしながら、事情を説明した。
カタリナは、自分の憶測を含めて、すべてイザベル副院長に打ち明けた。
イザベルは、子供なりに見聞きしていたやりとりや当時の別邸界隈の空気と照らし合わせ、シャルルが犯人で間違いないと断言。
こんな馬鹿げた犯罪で二人の姉を奪われたと知ったイザベルは怒り狂い、長年の修行の甲斐もなく魔力暴走を起こしかけ、カタリナが必死で結界を張って抑え込む破目になったらしい。
ともあれ二人は、シャルルの罪を暴くため、協力しあうことになった。
「じゃ、最初っからイザベル副院長もシャルルが犯人だと確信してたんですね。
でも、彼女、普通にシャルルに挨拶とかしてなかったですか?」
「演技よ、演技。
最初っからお前だろうって感じで行ったら、シャルルが身構えてしまうから、ギリギリのところまで、こっちは気がついてない振りをしようって、イザベル副院長に言われていたの。
彼女、小柄でほんわかしてて、いかにも純真な修道女って感じだけど、あれでなかなかポンポコなのよ」
「ポンポコ……」
ノアルスイユは、思わずうつろに繰り返した。




