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36.降霊会の後始末

 女性陣が去ったところで、ノアルスイユは眼鏡をくいいいいっと持ち上げながら、アルフォンスを睨んだ。


「ところで殿下。

 なんでここに来ることを私にも黙っていたんですか?」


「あー……君に知られると、反対されて面倒だから黙っておけと。

 それに、びっくりさせたら反応が面白いとかなんとかかんとか?」


 アルフォンスは明後日の方に視線をさまよわせながら言う。

 主語ははっきりしないが、カタリナかジュスティーヌか、それとも双方か。

 ノアルスイユはぐぬぬとなった。


「ままま、とにかくシャルルの状態を確認しよう」


 ごまかすようにアルフォンスは、シャルルのところに向かう。

 既に救命活動の規定時間を越えていたが、シャルルの反応はなかった。

 クリフォードが時間を確認して記録し、管理人が持ってきてくれたシーツをシャルルにかける。


「黙祷を」


 アルフォンスが促し、皆で頭を垂れた。


 今夜のシャルルの言動は、もともとは小心な人物が虚勢を張っているようにしかノアルスイユには見えなかった。

 カタリナの糾弾が正しければ、邪魔なニコルを殺して窮地から逃れるつもりが、姉エリザベートも、関係のないアンリエットとルイーズも殺してしまったシャルル。

 運良く、マリー・テレーズに罪をなすりつけることはできたが、落伍者として荒んだ生活を無為に送るしかなかった。

 彼の、この三十年はどのようなものだったのだろう──


 シャルルの遺体の番をしながら、リュイユール伯爵家を今後どう遇するのがよいのか話し合っていると、明け方近くになってセニュレー侯爵家の執事が来た。

 アルフォンスは、案の定腰を抜かしてあわあわしている執事になにが起きたかをさっきの打ち合わせ通り説明し、後日、セニュレー侯爵とリュイユール伯爵、ブラントーム伯爵を王宮に招いて、三家の「話し合い」を行うつもりだと告げて遺体を引き取らせた。


 その後──

 降霊会の件は大々的に報道され、王都にセンセーションを巻き起こした。

 後追い報道もどんどん行われ、三十年前の話とはいえ、関係者の多くは存命なわけで、まぁまぁいろんな話が出ていた。

 カタリナがぽろっと言っていたように、ポーリーヌはシャルルに殺されたとする説とか、物置小屋で首を吊っていたのを見つけたシャルルが慌てて火を放ったのではないかとする説もゴシップ紙では出ていたが、もはや確かめようはない。


 そして半月後、三家の「話し合い」が行われた。


 アルフォンスの立ち会いのもと、セニュレー侯爵は両家に正式に謝罪。

 リュイユール伯爵家に奪った資産を返還し、三十年分の逸失利益も分割払いで補填する約定を交わした。

 現侯爵は貴族院の議員を降り、長男に爵位を譲って隠居する。

 同席した長男は、祖父の旧悪を知らなかったようでかなり動揺していたが、約定を守ると誓ってくれた。

 ブラントーム伯爵も、慰謝料として譲られた地所と、地所からの収入で購入していた債券を返還したいと、晴れ晴れとした顔で言い出した。

 三十年も経っているので、債券だけでも一財産になっている。

 リュイユール伯爵はそれは過分だと固辞し、こちらは利益を返還するしないで揉めたが、ほどよいところで、アルフォンスが後は両家で話し合うよう促して「話し合い」は無事終わった。


 カタリナが「素敵な方」と言っていたように、リュイユール伯爵はなかなかの好男子。

 三十歳を過ぎているが未婚とのことで、今冬、王都の社交界にリュイユール伯爵家が復帰したら、未婚の令嬢を中心に大騒動になりそうだ。

 ま、ブラントーム伯爵にも年頃の令嬢がいるので、過分だというのなら、地所からの収益を持参金として娘を貰ってくれ的な展開になりそうな予感もするが。


 ということで、騒動は次第に収まっていったのだが、カタリナは十日どころか、2ヶ月近く修道院に滞在する羽目になった。

 静修というのは、「女神フローラへの奉仕および自らの心に静かに向き合う以外なにもしない」ことを指すので、新聞社の原稿を確認したり、手紙を読み書きするのもダメなんだそうだ。

 決められたこと以外のことをすると、最初から日数を数え直すことになる。

 春先から、いつになくカタリナに振り回されていたノアルスイユは、カタリナが修道院で静修無限ループに嵌っている間、のびのびと読書を楽しんだ。




 だが、そんな静かな日々がいつまでも続くわけはなく──


 初夏から夏へと移り変わる頃、天気もよいのに家でだらだらと本を読んでいたノアルスイユは、先触れもなくやって来たカタリナにさっくり捕獲された。

 冬の社交シーズンに合わせて、「サン・ラザール公爵家の家宝展」をトレヴィーユ荘で行う準備を始めたから、ちょっと見てほしいと、強引に馬車に乗せられる。

 例によって付添もいない。

 さすがのカタリナも、修道院で少しは反省したかと思っていたら、全然そんなことはなかったらしい。


「あれからほんっと大変だったのよ。

 朝の四時に起こされて、お祈りのほかは、ずうっと神殿の床を手で磨かされて。

 一日2食だし、豆のスープばかり出てきて、後は夜に魚を焼いたのがたまーにつくかどうかって感じだし。

 こんな苦労をさせられたのは、生まれて初めて!」


「しかし貴女、むしろ肌ツヤがよくなっていませんか?」


 夏らしい、淡い青の散歩服を着たカタリナをジト目で眺めながら、ノアルスイユはぼそりと呟いた。

 苦労した苦労したと言われても、まくし立ててくるカタリナのどこに苦労の跡があるのかさっぱりわからない。


 一瞬で、カタリナはテンションを爆上げした。


「え、そう!? 最近肌の調子がよいなとは思っていたのだけれど、朴念仁のあなたが気がついたってことは気のせいじゃないんだわ!

 一日一杯だけ、指ぬきかっていうくらい小さなグラスで薬草酒を飲まされたのだけど、もしかしてあれが良かったのかも。

 どうしよう、あの薬草酒、自家用だって言っていたけれど、寄付したら分けてくれるかしら!?」


「ま、それは好きにしてください。

 それより、あの降霊会、結局どういうことだったんですか?」


「ん? どういうことって?」


「すっとぼけないでくださいよ。

 よく考えたら、なんか出てくる度に『エリザベート様』とか『マリー・テレーズ様』とか呼びかけていたの、全部イザベル副院長だったじゃないですか。

 十日間静修するからとかなんとか言って、巧いこと場を誘導するよう協力してもらってたんじゃないですか?」


「あー……」


 カタリナは視線を泳がせた。


ノアルスイユ「読者の皆様の世界ですと、修道院製の薬草酒といえばシャルトリューズが有名ですね」(眼鏡きらーん)

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