34.私、このままでいいんでしょうか
「え。では、どうすれば……?」
アンナは戸惑っている。
「なにがなんでも、セニュレー侯爵家をまるっと潰したいとかでなければ、警察に駆け込むのはナシで。
なにより、あなたはシャルルを傷つけていないのだもの。
罪といっても、傷害未遂かなにかでしょ?」
カタリナが重ねて言う。
ノアルスイユも「そんなところでしょう」と頷くと、アンナは視線を伏せた。
首を捻っていた記者が、メモ帳を取り出した。
「じゃあ、魔石ペンダントの件はなかったことにするとして。
降霊会で、エリザベートとニコルの霊がまず降臨。
続いて、マリー・テレーズの霊も現れてシャルルを断罪し、追い詰められたシャルルが心臓発作を起こした。
マリー・テレーズがシャルルに怒りの鉄槌を下したのかもね?的なアレですかね。
アンナさんの短刀の件はナシ、通りすがりの降霊術師『アルベルト』、『匿名のブラントーム姉妹のご遺族』も、なるべく存在感を薄める方向で……」
「そういうことにしておくしかないかしら。
やっぱり、あの雷撃には、マリー・テレーズの思いが乗ったとしか思えないし。
なんにせよ、三十年も経っているのによく発動したものだわ」
カタリナは、それでよいかと皆を見回した。
アルフォンスとイザベルが、迷いながらも頷く。
断罪云々言われても、マリー・テレーズの霊は、アンナに説明を丸投げしただけで、あとはカタリナがシャルルを煽り倒していただけだったような気もしたが、ノアルスイユも一応頷いた。
「でも……私、このままでいいんでしょうか。
そもそも、マリー・テレーズ様が、旦那様に疑われてしまったのは、私のせいなのに」
アンナはか細い声で言った。
「どういうこと?」
「亡くなったニコル様を除けば、お茶に触れる機会があったのは、私しかいないじゃありませんか」
アンナは引きつった笑みを浮かべようとした。
「気を失われたマリー・テレーズ様をお部屋で寝かせ、しばらくして一階に降りた時には、もう私と眼を合わせる者はおりませんでした。
皆に疑われていると気がついたところに、旦那様に、なにがあったか説明するよう申し付けられて……
できるだけ、見た通りに申し上げはしたのですが、私の、びくびくした態度のせいで、旦那様はマリー・テレーズ様が毒を盛り、ニコル様のせいにするよう私に強要したのではないかとお疑いになってしまったのです」
「それ、あなたのせい?
肝心の、ニコルの瓶がなくなっていたんだもの。
伯爵があなた達を信じきれなかったのは、圧倒的にシャルルのせいでしょ?」
カタリナが困り顔になる。
そこそこに腹の黒い貴族であれば、侍女にすぎないアンナが泥をかぶせられ、貴族の令嬢を四人も殺した極悪人として、火炙りになっていてもおかしくないところだ。
つい臆してしまったのは、人として致し方あるまいとノアルスイユも思った。
別に、保身のために嘘をついたわけでもない。
「それだけではないんです。
私自身にも……マリー・テレーズ様を疑う心がございました。
あの香燻茶に毒が入っていたのではと思いつつも、ニコル様がお嬢様方、特にエリザベート様を殺めるようなことをなさるとも思えず。
もしかしたら、私が眼を離した隙に、お嬢様が魔法でどうかされたのではないかと……
お嬢様は、いつもはエリザベート様の小言や、ニコル様の匂わせを受け流していらっしゃいましたが、あの日はご様子が違いましたから」
「いやいやいや、魔法でどうにかするのは、ほんっとに無理だから」
カタリナが言い、アルフォンス、イザベル、ノアルスイユも頷いた。
アンナは深々とため息をついた。
「魔力のない私には、先日の公開実験の記事を見るまで、それがわかっていなかったのです。
肝心なときにお役に立てず、しかもずっとお嬢様を疑ってきた私を、まさか、まさかお守りくださるとは……」
アンナは割れて半分になった魔石を握りしめ、またすすり泣き始めた。
人を慰めるということが根本的に苦手なカタリナが、あうあうおろおろする。
だが、イザベルが、そっとアンナの肩を抱いた。
「でも、あなたは名乗り出て、今日ここに来てくれた。
今度こそ、犯人にされてしまうかもしれないのに。
それは、マリー・テレーズ様にかけられた疑いを晴らし、伯爵家の名誉を回復するためでしょう?
短刀だって、もし巧く行かなかったら、自刃するために持ち込んだものではないの?」
穏やかに語りかけるイザベルの声に皆、聴き入る。
は、はい、とアンナは小さく頷いた。
「私にもね、姉達のことを疑う気持ちがあった。
あんな殺され方をしたのだから、きっと悪いことをしたんだろうと思いこんでいる人達に、心の底から違うと言い切れなかった。
私は子供だったからわからなかっただけで、本当はマリー・テレーズ様にか、それともフォンタンジュ男爵令嬢に酷いことをして、その報いであんな目に遭ったんじゃないかと……」
イザベルにも、そんな惑いがあったのかと驚きが静かに広がる。




