33.そこから先は、一瞬のこと
そこから先は、一瞬のことだった。
「やめろ!!」
アルフォンスが二人を止めようと立ち上がり──
「殿下!!」
カタリナがアルフォンスを行かせまいと、立ち上がりざまその胸に身体ごとぶつかって止め──
クリフォードが、アルフォンスを守ろうとシャルル達との間に入って壁を作り──
他の護衛達と管理人が、もみ合うシャルルとアンナに駆け寄ろうとし──
同じく、駆け寄ろうとしたノアルスイユはロープにひっかかって転び──
短刀を奪い取ったシャルルが、顔を真っ赤に染めて抗うアンナを床に叩きつけた瞬間──
アンナの胸元にぶら下がっていた魔石がぱりんと割れた。
「雷!!」
鋭い、若い女の声がホールに響き、か細い紫色の光がシャルルの胸へとほとばしる。
くあっと眼を剥いたシャルルが動きを止め──
二度、三度と小さく揺れたかと思うと、そのまま仰向けに床の上に倒れた。
ダーンと、凄い音がする。
駆け寄った護衛が、握ったままだった短刀を確保し、シャルルの鼻先に手のひらを当て、首の付け根を抑えた。
「心臓が、止まっています」
騎士は一言報告すると、気道を確保し、心臓のあたりを押し始めた。
イザベルが床の上に倒れたままのアンナに駆け寄り、ひざまずいて抱き起こす。
幸い、頭は打っていないようだ。
「い、いいい今のは?」
記者がアンナに訊ねた。
「む、昔、マリー・テレーズ様が作ってくださったのです。
本邸で舞踏会のお手伝いをしていた時に、酔っ払った殿方に絡まれたことがあって」
アンナは震える手で、半分吹き飛んだ黄色い魔石を掲げた。
「もしまたそういう目に遭っても、一瞬だけ相手を怯ませられるから、その隙に逃げなさいと……
お嬢様は、本当にお優しい方だったんです。
なのに、……なのに……」
ぼろぼろと、アンナは涙を溢れさせはじめた。
涙はすぐに嗚咽に変わる。
そっと近づいたアルフォンスがローブを脱いで渡し、イザベルがアンナの肩を包んでやった。
ノアルスイユもハンカチを渡す。
いつの間にか、粘土板上の炎は消え、魔石も光を失っている。
シャルルに渾身の一撃をくらわせたマリー・テレーズは、女神フローラのもとへ旅立ってしまったのだろうか。
「あの、休憩用の部屋をご用意しておりますが」
管理人が遠慮がちに言い出した。
思えば夜も深けている。
救護を続ける騎士達を残して、皆ぞろぞろと移動した。
管理人が用意していたのは、主棟の東端、家族が過ごすための居間だった。
もともと、弧を描いて張り出した窓に沿って造りつけのベンチがあり、そこにアンナとイザベルが座る。
アルフォンスとカタリナ、ノアルスイユ、記者はいくつか置かれたソファや椅子に座った。
おろおろとくっついて来た用心棒達も、借金の話は後日なんとかするから、とりあえず少し休んでから帰りなさいとカタリナに言われ、すみっこに座る。
管理人がレモンシロップを冷えた水で割ったものを配ってくれた。
レモンシロップは、冬の間にトレヴィーユ荘のレモンを砂糖に漬けて作ったものだそうだ。
さっぱりした酸味としつこすぎない甘さ、そしてかすかな苦味のおかげで、ノアルスイユはだいぶ回復した。
少し落ち着いたところで、カタリナは、セニュレー侯爵に、トレヴィーユ荘でシャルルが斃れたので迎えをよこしてほしいという手紙を書き、用心棒達に託した。
それを潮に、シャルルの救護をしていた護衛も交代する。
処置を続けてはいるが、反応はないとのことだった。
イザベルが促し、皆で女神フローラへの祈りを呟いた。
祈りが終わったところで、深々とアンナがため息をつく。
「皆様、色々とありがとうございました。
私、警察へ参りませんと」
まだ顔色が白っぽいものの、決意を固めた様子だ。
「いやいやいやいや……
それはさすがに勘弁してあげて。
あなたが警察に行けば、三十年も前の護身用の魔道具でシャルルがやられたって話をしなくちゃいけなくなるじゃない。
そんなの、魔力が全然使いこなせてなかったって天下に晒されるようなもの。
貴族としてありえない大恥だし、最悪、爵位返上まで行ってしまうわ」
カタリナが慌ててぶんぶんと手を横に振った。
「魔法を修練すれば修練するほど、魔法に対する防御力も上がっていく。
侯爵の弟として貴族籍を持っている者が、あの程度の『雷』で死んでしまうなど、あってはならないことなんだ」
いまいちわかってなさそうなアンナにノアルスイユが説明する。
「個人的には、シャルル卿は貴族の名に値しない方だったことを明らかにすべきだと思いますけれど」
愚かな保身のために姉二人を殺されてしまったイザベルは無の表情で言い、アルフォンスが「気持ちはわかるが、さすがに影響が大きすぎる」と宥めた。




