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32.わたくしなら、絶対に生かしておかない

 カタリナが高らかに笑う。


「だって、あなたはエリザベートを殺すつもりなんてなかったんだもの。

 あなたが殺したかったのは、ニコル。

 あちこちの社交場に出入りしていたニコルは、あなたとポーリーヌの関係を嗅ぎつけ、巧いこと彼女を手なづけると、他家の舞踏会に手引してマリー・テレーズにすがりつかせた。

 ニコルは、ずっとマリー・テレーズを蹴落としたくて仕方なかったんだもの。

 彼女なら、ポーリーヌを舞踏会に潜り込ませて、あれがシャルルの婚約者のマリー・テレーズだ、泣きつけば婚約解消してくれるかもしれないって教えてやるくらいのことはするわ」


 アンナと管理人が、驚愕した顔でカタリナとシャルルを見比べた。


「ポーリーヌが亡くなってしまったら、ニコルは後先考えずに舞踏会でのトラブルと絡めて新聞社にタレ込んで大騒動にもした。

 マリー・テレーズをおとしめる絶好のチャンスですもの。

 でも、ニコルはやりすぎた。

 結局、宮廷庁が生徒の素行を調査するような騒動になって、除籍者や退学者もたくさん出た。

 あなたはお仲間に口止めをしてなんとか逃げ切ったけれど、ニコルが生きていたら、こんなに巧くいかなかったはず」


「あの件は、儂には関係ないことだ!

 ニコルが生きていたら、どうだと言うんだ!」


 シャルルが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「ポーリーヌがあなたとの関係をニコルに相談したってことは、ニコルはあなたの悪事をある程度は把握していたってことじゃない。

 報告書によれば、ポーリーヌは、美人局の餌役だったそうね。

 普通に考えて、ポーリーヌの秘密の恋人だったあなたが無関係とは考えにくいし、なんならあなたが主犯じゃないの?

 そんなのバレたら学院は除籍、家からも縁を切られて平民として裁かれかねない。

 ニコルは、マリー・テレーズ憎しで、自分の家の名を傷つけるようなことも平気でするような娘。

 そんな短慮な娘に、人生が吹き飛ぶような弱みを握られた。

 わたくしなら、絶対に生かしておかないわ」


 凄みのある声でカタリナは言うと、じろりと皆を見回した。

 全然まったくさっぱり洒落にならない迫力だ。


「以前から、ニコルは、あなたと結婚したいとちょいちょいほのめかしていたんじゃないかしら。

 マリー・テレーズより自分が上だと別邸界隈の令嬢達に思い知らせるには、婚約者のあなたを奪うのが一番だもの。

 ポーリーヌの扱い方を見れば、あなたが普通にクズだってわかっていたでしょうに、自分なら大切にしてもらえるとでも思っていたのかしら。

 あなたよりマシな男性なんてこの世にいくらでもいるんだから、こだわらずに良い方を探せばよかったのにね」


 社交場で、カタリナは「視野狭窄した価値観」がこの事件の本質だと言っていたのをノアルスイユは思い出した。

 マリー・テレーズには薄っぺらい人間だと看破されていても、別邸界隈の「王子様」だったシャルル。

 ニコルは一種のトロフィーとしてシャルルを欲したのか。


「でも、あなたはニコルと結婚するつもりは全然なかった。

 持参金が少なすぎるんだもの。

 もしあなたが嫡男で、あくまでニコルを望んだとしたら、伯爵家は彼女を養女にして嫁がせたかもしれないけれど、次男のあなたと結婚させるためにそこまでするいわれはない。

 なにをどうしたってあなたとは結婚できないとニコルが悟ったら、腹いせにあなたの悪事を暴露するに決まっている」


 アルフォンスがやや目を細めて、シャルルをじっと見つめている。

 嘘だ妄想だと叫び続けるシャルルの手が、わなわなと震え始めた。


「舞踏会の騒動で、あなたはニコルをなんとかしないといけないと焦りはじめた。

 なのに、ポーリーヌが亡くなるとすぐ、ニコルはゴシップ紙に舞踏会での騒動の話をタレ込んだ。

 記者は、あなたのところにも裏取りに来たんじゃないかしら。

 知らぬ存ぜぬで追い返したって、騒動の目撃者はたくさんいるんだし、記事はきっと出てしまう。

 これ以上余計なことをされる前に、ニコルを黙らせるしかない。

 事件の前日あたりかしら? あなたはニコルに色良いことでも言いながら『特別に手に入れたので、皆には内緒で飲んでくれ』と『リーベルヒの悪夢』をたっぷり入れた香燻茶をこっそり渡した。

 まさか、わざわざそう言って渡した物を、エリザベートもいる席でニコルが自慢気に出すだなんて、思ってもいなかった」


 カタリナはそこで言葉を切り、小さく吐息をついた。


「言われた通り、ニコルが一人で飲んでいればよかったのにね。

 きっと、いくらなんでも苦いって一口で止めたでしょうし、死にはしなかったんじゃないかしら。

 そうしていれば、アンリエットもルイーズも、エリザベートもマリー・テレーズも死なずに済んだはずよ」


 イザベルがシャルルを睨みながら、幾度も頷く。


「でも、半可通のエリザベートが香燻茶はこういうものだって顔で飲んでみせたから、他の四人もちゃんと飲まないといけない空気になって……皆、致死量を越える量を飲んでしまった。

 助かったのは、たまたま紅茶にレモンを入れていたマリー・テレーズだけ。

 関係ないアンリエットとルイーズに姉のエリザベートまで亡くなってさぞや驚いたでしょうけれど、あなたにはもう、マリー・テレーズに罪をなすりつける以外、道はなかった」


「馬鹿な……なにを言ってるんだこの女は!!

 三十年も経って、今更どうやって証明するつもりだ!!」


 シャルルは激昂するが、カタリナは高笑いした。


「なぜわたくしが、あなたの有罪をわざわざ『証明』しないといけないの?

 マリー・テレーズだって、一度も『証明』されてないじゃない。

 わたくしに必要なのは、それなりに辻褄のあった物語ストーリー

 まともな証拠がなくたって、それらしい物語があれば、人は簡単に真実だと信じ込んでしまう。

 社交界なんてそんなもの。

 あなただってよく知っているでしょう?

 被害者面してマリー・テレーズに罪を着せ、実質、彼女も殺したんだから」


 蓮っ葉にうそぶくと、カタリナはにんまりと口角を吊り上げた。


「というかあなた、どうしてわたくしが証明できるかどうかを気にしているの?

 まるで真犯人みたいじゃない」


 あ?と、シャルルが妙に不用意な声を漏らした。


 誰かが息を呑む。

 カタリナの穴だらけの憶測が結局正しいのか?

 そういうことなのか?


「お前かーッ!!!」


 不意に、獣の咆哮のような声が上がった。


 アンナだ。

 アンナは立ち上がると、素早くなにかを抜き払った。

 イザベルが甲高い悲鳴を上げる。

 ギラリと光ったのは両刃の短刀だ。


「お嬢様のかたきいいいッ!!」


 アンナは短刀を両手で逆手に握りしめ、そのまま隣のシャルルに刃を振り下ろす。


 シャルルは椅子から転がり落ちるようにして逃れ、跳ね起きると、追撃してくるアンナの手首を必死に掴み、あっという間にもみ合いになった。


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