31.あなたが犯人よ!
「毒は、湯や砂糖に入っていた可能性もあるのでは?」
「いや、湯はやはり考えにくいと思うんですよ。
厨房で用意するのだから、他の使用人の目もある。
それに、令嬢達の飲食に関わる使用人なら、少しずつ毒を盛って、病死に見せかけた方がはるかに安全だ。
しかし、どういう毒を使ったのか……」
ノアルスイユは考え込んだ。
そうだ、薬草園の毒草がむしられていたという話もあった。
鎮静効果のあるダチュラ、ベラドンナ、ヒヨスあたりなら、薬草園によく植えられているし、この別邸に出入りしていた者なら入手できたかもしれない。
だが、茶に混ぜたくらいで、人を死なせてしまう毒草は限られる。
特に、あっという間に昏倒して、ほぼ即死してしまう毒となると──
「あの……思い出したことがあるんですが」
遠慮がちに、管理人が口を開いた。
「私が若い頃、薬局で買える鎮静剤を使った睡眠強盗が流行りまして。
強い薬でしたが、匂いも苦味も強いとかで、そのあたりを誤魔化しやすい、癖の強い酒を飲むときには気をつけろと言われていました。
どういう名前だったか……とても変わった名前だったと思うんですが」
ノアルスイユは眉を寄せた。
確か、そのエピソードは聞いた覚えがある。
なんという名の薬だったか──
「あああああああ……!
あれだ! 『リーベルヒの悪夢』!!」
「そうです、それです!」
無事、記憶を絞り出せて喜ぶノアルスイユと管理人に、カタリナが首を傾げる。
「なによそれ? そんな名前の薬があるの?」
「や、あくまで通称です。
エルメネイア帝国の化学者リーベルヒが四十年ほど前に合成した鎮静剤で、独特の匂いがあり、確か酸にも反応します。
そして、治療域と有毒域の間が狭い。
適量用いれば薬ですが、少し多すぎると毒になり、なんなら患者を殺してしまう。
開発当初は大変期待され、大々的に各国で売り出されたのですが、後からもっと使いやすい薬が出たこともあって、今では廃れました」
説明していて、ノアルスイユは学院の報告書を思い出した。
除籍された生徒達は、「遊び部屋に女性を連れ込んで好き放題していた」「麻薬に手を出していた」と書かれていた。
当時、この薬が簡単に手に入ったのなら、彼らも連れ込んだ女性に使っていたのではないか。
「それで『悪夢』なのね」
カタリナは納得して頷き、アンナの方に向いた。
「じゃあ、香燻茶が入っていたニコルの瓶はどうなったの?」
困り顔になったアンナは、膝の上のロープをもみねじるようにした。
「それが……
いつの間にか見えなくなっていたのでございます」
「え!? その瓶から毒が検出できれば、ニコルが毒を持ち込んだという証拠になったのに!?」
ノアルスイユに責められていると感じたのか、さらに萎縮したアンナはおろおろと視線を泳がせる。
「夕刻、こちらにお見えになった旦那様にお嬢様方が倒れられた時のことをご説明していたら、瓶はどこだとお訊ねになり、執事の指示でそのままにしていたテーブルの上を見たら……瓶だけがなくなっていたのです。
急いであたりを探し、雇い人全員に問いただしました。
お嬢様がお持ちになったのではと、お召しになっていたものやお部屋も改めましたがやはり見当たらなくて。
夜、お目覚めになったお嬢様もご存じなく、庭に転がり落ちたのかもという話になり、翌朝、池のあたりまで皆でずうっと探したのですが……
その日の午後、セニュレー侯爵家、ブラントーム伯爵家との話し合いで、お嬢様方は病死したことにすると決まって、瓶探しもそれっきりになりました」
沈黙が降りた。
これでは、マリー・テレーズの無実が証明できないではないか。
くっくっくと誰かが笑い始めた。
やがて、派手な高笑いになってゆく。
カタリナだ。
カタリナが笑っている。
「なるほど、そういうことだったのね!」
粘土板の上でゆらめく炎がごうっと膨れ上がり、皆の影がホールの壁に不気味に踊った。
「瓶をリュイユール伯爵が確保できていれば、毒はニコルが持ち込んだものと確定していた。
次はニコルがどうしてこんなものを持っていたのかという話になって、たどれば犯人に行きあたる。
当然、犯人は、香燻茶の瓶をなにがなんでも隠滅しないといけない。
でも、瓶を回収する機会があったのは、リュイユール伯爵の前に、現場に来た者だけ」
カタリナは、シャルルをびしいっと指した。
「あなたが犯人よ! シャルル・セニュレー!
アンナ。事件直後、彼はここに来て、テラスでうろうろしていたのよね?」
「は、はい!
シャルル様は、事件が起きてすぐにいらっしゃいました!
旦那様がいらっしゃる、ずっと前に!」
アンナが大きく頷いて、シャルルを睨みつける。
「普段からこの館に出入りしていたあなたなら、瓶を回収して証拠隠滅をするだけじゃなく、ついでに薬草園の毒草をむしって、いかにもここの毒草を使いましたって見せかけることもできた。
ろくな根拠もなく、マリー・テレーズを糾弾したのだって、自分の罪を彼女になすりつけるためでしょう?」
「なにを馬鹿な!?
私が姉のエリザベートを殺すはずがなかろう!!」