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30/47

30.つまり、令嬢達の死命を分けたのは──

「ポーリーヌは、見も知らぬマリー・テレーズにいきなり婚約を解消してほしいと泣き縋り、その後焼身自殺して黒焦げの遺体となって発見された。

 焼身自殺はかなり珍しいけれど、なにがなんでも自分の身体をこの世から消し去りたい場合には選択肢に入ってくる。

 入水じゃ、なにかのはずみで引き揚げられることもあるもの。

 婚約解消を焦っていたこと、焼身自殺を選んだこと……彼女、あなたの子を妊娠していたんじゃないかしら」


 冷たい視線がシャルルに集まった。


「違う! 知らん!」


「当時フォンタンジュ男爵家は、夫人が大病を患って亡くなったばかり。

 ノアルスイユの調べでは、彼女、奨学生として学院に入っているのよね。

 男爵家の内証も苦しかったんでしょう」


 じっと、カタリナはシャルルの方を見た。


「田舎から、一人で王都に出てきて、友達もなかなかできない。

 相談できる人もいない、家に迷惑をかけられない。

 そういう立場だからつけ込まれ、そういう立場だから助けを求めることもできなかった。

 ……ずいぶん、苦しい思いをしたのでしょうね。

 頼ってもらえなかったご遺族も、さぞやお辛かったでしょう」


 カタリナは、いつになく憂いを帯びた声で呟いた。

 シャルルは黙り込んでいる。


「ま、彼女のことは、本当に自殺だったのかってことも含めて、今更証明のしようがないことだけれど」


 さらりと、ドキッとするようなことを言いつつ、カタリナはアンナに続きを促した。


「一時間ほどして、予告通り、アンリエット様、ルイーズ様がいらっしゃいまして、私はお茶をお出しして、近くで控えておりました。

 お話の内容まではわかりませんでしたが、皆様、深刻なご様子で。

 しばらくすると、取次のメイドが来て、エリザベート様、ニコル様がいらしていると。

 お嬢様に申し上げようとしたら、メイドのすぐ後ろまでいらしていたので、やむを得ず、そのままお通しすることにしました」


 ここまでの話は、マリー・テレーズの手記と一致している。


「席に着かれたエリザベート様は、お嬢様をお叱りになりました。

 声高におっしゃるものですから、下働きの者にも聞こえてしまいそうで、はらはらしておりました。

 なんとか流れを変えねばと頃合いを見て茶器を一度下げ、新しくお茶を淹れる支度をしました。

 そこで、ニコル様が、小さな瓶を取り出されて、珍しいお茶をいただいたので、ご一緒にいかがかとおっしゃって」


 アンナはそこで言葉を切った。

 当時を思い出すように、眼を瞬かせる。


「エリザベート様はお喜びになり、ニコル様が手ずからお淹れになりました。

 私は、お嬢様方のお好みに合わせて、砂糖やミルク、レモンを足し、」


「レモン!?」


 ノアルスイユは思わず大きな声を出してしまった。

 マリー・テレーズの手記には、そんな記述は出てこなかった。


 レモンを入れると、紅茶の香りがわかりにくくなる上、色も変わる。

 質の悪い紅茶をごまかすための、庶民の飲み方だ。

 貴族でも、騎士など身体をよく使う者の中には、疲れがとれるとレモンを入れるのを好む者もいるが、品が良くないと言われがち。

 だから、貴族や富裕な平民の茶会ではレモンを添えることはない。


「はい、マリー・テレーズ様は、レモンと砂糖をたっぷり入れた紅茶がお好きでしたので。

 よく、庭で穫れるレモンを入れて、お出ししていました。

 あの日は、その年最後のレモンがございました」


「香燻茶にレモンって、どういう味になるのかしら。

 合う気が全然しないのだけれど……

 他の令嬢達は?」


 カタリナが眉を寄せて訊ねる。


「レモンはお嬢様だけです。

 エリザベート様、アンリエット様はお砂糖を、ニコル様、ルイーズ様はお砂糖とミルクを」


 きょとんとアンナが返した。

 つまり、令嬢達の死命を分けたのは──


「レモンだ!

 レモンのせいでマリー・テレーズだけ助かったんだ!!」


 ノアルスイユは叫んだ。


「レモンには、強い酸が含まれる。

 茶に盛られた毒が酸に反応して、毒性が変わったんじゃないですか!?」


「毒によるが、十分ありえるな」


 なにかと妙なものを盛られがちな王太子という立場のために、毒については無駄に詳しいアルフォンスも頷いた。

 カタリナが記者の方をきっと振り向く。


「ソレル! マリー・テレーズの手記を読んだ医学院の教授は、なんて言っていたの?」


「個人的な印象としては、青酸カリも当てはまらなくもないが、どちらかというと強い鎮静剤のように見えると」


 急に話を振られた記者がもごもごと説明する。


「酸に反応する鎮静剤……

 そして、おそらく無味無臭ではないもの……か」


「無味無臭ではない、というのは?」


 考え込むノアルスイユに、イザベルが訊ねた。


「教授も指摘していましたが、入手しにくい香燻茶をわざわざ手に入れて毒を混ぜたとすると、あれほど癖が強い紅茶でなければ誤魔化しにくい匂いや味があったとしか思えません」


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