3.エリザベートとニコル
じきに、なぜ次兄が微妙な顔をしたのかわかった。
幼馴染としてたまに交流していた時には気づかなかったが、シャルルには自分を「盛る」癖があった。
自分には素晴らしい友人がたくさんいる、令嬢達に大人気だ、学業でも魔法でも学院で高く評価されている──
だが、実際のところはだいぶ違う。
舞踏会で紹介される男性の友人は、見栄を張って身の丈に合わない暮らし方をしている遊び人ばかり。
女性の友人は、妙にケバケバしい令嬢や夫人達。
露骨にマリー・テレーズを見下し、口では甘いことを言いながら、シャルルと思わせぶりに目配せを交わすような人々だ。
学院での評価もそうだ。
シャルルが自慢するほど魔法に長けているのなら、卒業を待たず、魔導騎士団からスカウトが来そうなくらいだが、そんな話は全然ない。
少なくとも語学はどの言語も自分の方が出来るし、シャルルは会話の中で古典を引用してみせたこともない。
要は薄っぺらい男だと、わかる人にはわかっているのだろう。
シャルルのエスコートで舞踏会に出る度、どこか気の毒げな眼で見られているのは気のせいでは絶対にない。
思い返すうち、シャルルへの嫌悪感がどんどん募ってきた。
おそらくシャルルは、世間知らずの男爵令嬢を騙し、自殺に追い込んだのだ。
そんな美男子気取りの顎長下劣男に、どうして自分が人生を捧げなければならないのだろう。
好きな人と思いのままに結婚できない身であることは諦めているが、せめて人としてまっとうな男性に嫁ぎたい。
そう願うことも、いけないことなのだろうか。
マリー・テレーズは眼を伏せたまま、生まれて初めて「家」に逆らうことを考え始めた。
そうだ、この際、今回のスキャンダルを逆手にとって婚約解消することはできないだろうか。
それで嫁ぐのが遅れたり、最悪修道院入りすることになっても、このままシャルルと結婚するより全然マシだ。
婚約解消まで持っていくには、父母、特に母を説得する材料がもっと必要だが、もともとシャルルを評価していない次兄に相談すれば、援護してもらえるかもしれない。
まずは、早くルイーズを帰して、学院でのシャルルの様子を知っているアンリエットと腹を割って話さないと──
「お嬢様」
侍女のアンナが声をかけて来た。
振り返ると、取次を待たずに勝手に入ってきたのか、シャルルの姉エリザベート、そしてマリー・テレーズの従姉妹であり、幼馴染でもあるリュイユール子爵家の娘ニコルがすぐ傍まで来ている。
ニコルの手提げから、例の絵入り新聞が覗いていた。
最近、主に王都の本邸で暮らしているニコルは、自分ではなくエリザベートにご注進したらしい。
マリー・テレーズとアンリエット達は慌てて立ち上がり、エリザベートにお辞儀をした。
シャルルがこの界隈の「王子様」なら、美人だが尊大すぎて結婚が決まらないまま23歳になったエリザベートは「女帝」だ。
従僕達が、エリザベートとニコルの椅子を持って来る。
席を少しずらして、マリー・テレーズの左手にアンリエットとルイーズ、右手にエリザベートとニコルという並びになった。
エリザベートは席に座ると、さっそく小言をくどくどと言い始めた。
言い募るうち、急にフォンタンジュ男爵令嬢を口汚く罵りはじめたり、半年も前の舞踏会にマリー・テレーズが着たドレスはいただけなかったとか、話があっちに飛びこっちに飛ぶ。
どうやらエリザベートは、縁もゆかりもないシャルルに勝手に執着した狂女を、マリー・テレーズ達が巧く捌けなかったのが諸悪の原因だと考えているようだ。
そして、マリー・テレーズのせいで自分達の名誉に傷がつけられてしまった、どうしてくれるとなじってくる。
エリザベートだけでなく、シャルルも侯爵夫妻もそう考えていることは容易に想像がついた。
たまたまあの場に居なかったので自分は関係ないと思いこんでいるのか、ニコルもエリザベートにのっかって、マリー・テレーズを非難する。
「マリー・テレーズの取り巻き」と言われたら、多くの人が思い浮かべるのは、マリー・テレーズが招待された舞踏会や茶会にやたらくっついてくるニコルのはずなのだが、気づいていないのだろうか。
巻き添えを喰って、ついでにあれこれダメ出しされたルイーズがしくしくと泣き始めた。
この場でうかつにルイーズをなだめると、さらにエリザベートを怒らせるのがわかっているので、アンリエットは大柄な身体を縮めるようにうつむいたまま、自分にも飛んでくる罵言に耐えている。
優しくて賢いアンリエットは、マリー・テレーズが一番大切にしている友人だ。
それを、不格好だからって魔導師を目指したって無駄だ、おとなしく後添いの話でも探せばいいとかあんまりだ。
アンリエットの愛らしさ、美しさがわかる眼もない上、賢さを理解する頭もないエリザベートの方がどうかしている。