29.当日の、朝……
「そして、ポーリーヌは焼身自殺してしまい、マリー・テレーズは悩んでいたと。
どんな風に悩んでいたのかしら?」
「いえ、具体的にはおっしゃいませんでした。
ただ、お嬢様が違う対応をしていれば、あんな恐ろしいやり方で亡くなることはなかったのではないかと、ちらりと」
「彼女に責任はないとは思うけれど、そう考えたのはわからないでもないわね。
では、事件当日のことを、朝から教えてくれるかしら」
「当日の、朝……」
アンナは記憶を呼び戻そうとするように、斜め上に視線を上げて、少し間をとった。
「あの日は、夕食前に本邸に戻る予定でした。
ご一家は、週末にサン・フォン侯爵家の舞踏会に招かれておりました。
お嬢様も、その日を挟んでしばらく本邸でお過ごしになることになっていて」
あ?とノアルスイユは引っかかった。
一家揃って舞踏会に行く予定だったということは、ポーリーヌに舞踏会で絡まれた件は、その時点ではさほど問題視されていなかったということか。
ま、普段からマリー・テレーズが「まっとうなご令嬢」だと知られていたのなら、絡んできた方がおかしいという話になって、そこまでの傷ではなかったかもしれない。
「ですが昼前に、ブラントーム伯爵家から早馬で、アンリエット様のお手紙が届きました。
新聞にフォンタンジュ男爵令嬢のご自害の件を、お嬢様との諍いに結びつけた、大変な記事が出てしまっていると。
追って、その新聞を持っていらっしゃるということで、テラスでお茶の支度をしてお待ちしておりましたら、お昼過ぎにアンリエット様、ルイーズ様がいらっしゃいました」
「ああ、その時のことは覚えています。
アンリエットが急に別邸に戻って来たかと思うと、『大変なことになった』とすぐにルイーズを連れて出ていったんです。
トレヴィーユ荘に行くなら私も行きたいと言ったんですけれど、それどころじゃないんだと強く叱られて。
びっくりして泣きそうになった私を慌てて抱きしめて宥めてくれたのが、姉達との最後でした」
当時、トレヴィーユ荘の向かいにあった、ブラントーム伯爵家の別邸で過ごしていたイザベルが眼を潤ませながら言う。
それが、二人の姉との別れだったのか。
「イザベル副院長は、当時、お姉様方からなにか聞いていらしたのかしら」
カタリナが訊ねる。
「いいえ。私はまだ子供でしたから、たいしたことは。
舞踏会の騒動が起きた直後は、ルイーズは、フォンタンジュ男爵令嬢は、少女小説によく出てくる、ヒロインの恋人を奪おうとする勘違い令嬢みたいだったと少し面白がっていました。
でもその後、アンリエットは……たぶん、困ってました」
「困っていた?」
「マリー・テレーズ様は、男爵令嬢がどんな方なのか知りたいとおっしゃる。
できることなら、ご自身でもう一度、直接お話してみたかったようです。
でも、男爵令嬢には、姉が近づきたくないと思うような噂もあったようで。
だけど、自分で確かめたわけでもない噂をマリー・テレーズ様にお伝えするのは気が進まない……要は板挟みになっていたのかと」
「噂? どんなものでしたの?」
「姉が、親友のマリー・テレーズ様に当時どうしても申し上げられなかったことを、聖職者となった私が憶測で言うのもなんですが」
イザベルは苦笑した。
「だいぶ派手に遊んでいる……というより『たちが悪い連中に、いいように遊ばれている』といったものではなかったかと」
「「「あー……」」」
皆、ため息をついた。
しゅるる、と金色の炎も縮む。
ノアルスイユはシャルルを盗み見た。
シャルルは、視線を落として固まっている。
また冷や汗をかいているようだ。
カタリナが、ちらりとノアルスイユを見る。
たまには仕事をしろと言うことだろう。
「焼身自殺事件に関する学院の調査報告書を読んだのですが、確かにフォンタンジュ男爵令嬢はしばしば外泊していたようです。
当時、だいぶ学院の風紀が乱れていたようで、寮生を中心に、除籍から退学、厳重注意まで、処分を受けたのは生徒の一割近くに上ります。
その時、シャルル卿、あなたも厳重注意を受けていますよね。
不審な外泊やら、交友関係やらで」
「……実習で一緒だったグループに不良がいて、仲間だと思われてしまっただけだ」
シャルルが唸る。
あくまで突っぱねるつもりのようだ。
しかし不思議だ、とノアルスイユは思った。
三十年も前のことだ。
シャルルはポーリーヌとの関係を、なぜこんなに否定するのだろう。
なんだかんだで、男性の不貞にはこの国は甘い。
婚約中に他の女性と関係を持ったとしても、別れたと言えばそれで普通は許される。
相手が焼身自殺しているとはいえ、法的な責任が発生する話でもないし、公職に就いているわけでもない今のシャルルの立場ではダメージなどないのに。




