28.なぜだろう、敗けた気がする
「わ、私でよろしければ」
アンナが頷く。
「アンナ。そもそも、マリー・テレーズはどんな人だったのかしら」
アンナは皆を見回して、ごくりと喉を鳴らした。
王太子や公爵令嬢がいるような場で、自分が話すことになるとは思ってもいなかったのだろう。
気後れしているアンナを励ますように、アルフォンスが頷いてみせる。
「わ、私は、お嬢様が十二歳になられた頃から、お仕えしておりました。
お仕えし始めた頃から、どこか大人びた、お行儀の良い方で……
そのまま、お美しく、しとやかで、教養も豊かな、なに一つ欠けるところのない、年頃の令嬢となられました。
ご縁を結びたいという話も多々あったのですが、奥様のご意向で、別邸が隣同士だったセニュレー侯爵家の次男・シャルル様とご婚約が整い、事件が起きた時は、あと一年ほどでご結婚されるはずでした」
当のシャルルの方には眼を向けず、アンナは訥々と説明する。
「立派なご令嬢だったのね。
でも、事件の少し前に、トラブルに巻き込まれていたんじゃないかしら」
「は、はい。
事件の半月ほど前、ベルトラン伯爵家の舞踏会にお出ましになったところ、妙な方に絡まれたとかで……」
三十年経っても、主のスキャンダルを口にしたくないのか、アンナは言葉を濁す。
「面識もなかったフォンタンジュ男爵令嬢ポーリーヌが、舞踏会のさなか、マリー・テレーズにいきなり『シャルル・セニュレーとの婚約を解消して欲しい』と泣いてすがって騒動になった。
それを従姉妹のニコルがリュイユール伯爵に変な風に告げ口して叱られた、そんな風にマリー・テレーズは手記に書いているのだけれど」
カタリナが直球でぶつけると、アンナは「そのように伺いました」とうつむきながら頷いた。
「その件、マリー・テレーズはどう受け止めていたのかしら」
「お嬢様は大変戸惑われ、特にポーリーヌ様が……亡くなられたとアンリエット様にうかがってからは、お悩みのご様子でいらっしゃいました」
「戸惑っていた、というのは?
婚約者の恋人が出てきて、嫉妬していたのではなく?」
シャルルが「違う、恋人などではない」と苛立った声で言うが、アンナは厭そうな眼でシャルルをちらっと見ると、カタリナに向きなおった。
「いえ、嫉妬というわけでは。
もともと、シャルル様との婚約には気が進まないご様子でしたので」
シャルルが「ケッ」と紳士らしからぬ声を漏らした。
自分には関係ない、早く解放しろとかなんとかぐだぐだ言い始める。
「あら。どなたか意中の方でもいらしたの?」
カタリナもシャルルをまるっと無視して続けた。
「いえ、はっきりとは。
でも、近辺のお嬢様方が集まっておしゃべりされている時のご様子では、違うタイプの方がお好みなのかと思っておりました」
「ここにいる殿方で言うと?」
アンナは困り顔になったが、あたりを見回し、おずおずと「たとえば、あちらの方のような」と、そこそこにイケメンな護衛のクリフォードに視線をやった。
ここぞとばかりに胸を張って謎にアピールしていた記者は肩を落とし、同じく選に漏れたアルフォンス、ノアルスイユも無の表情になった。
カタリナがこっちをちらりと見て、眼で笑っている。
なぜだろう、敗けた気がする。
「ポーリーヌの件に話を戻すと……
ポーリーヌに、なにか働きかけなかったのかしら。
たとえば、伯爵家から男爵家へ抗議するとか、ポーリーヌに注意するよう学院に連絡するとか」
「いいえ。シャルル様が、学院で話をつけるとおっしゃって。
家から抗議だのなんだのすると、却って噂が広がりかねない、大げさにしない方が良いということになりました」
「そうなさったの?」
カタリナはシャルルにようやく問うた。
「ああ。儂やリュイユールの者に二度と近づくなと言い渡した」
「どういう風に?
どこか、二人きりで話せるところに呼び出したのかしら。
それとも、寮の食堂やら学院の中庭やら、他の生徒もいるところで?」
「ッ……三十年も前のこと、覚えているはずがあるまい!」
「では、ポーリーヌはどう答えたの?
それも覚えていらっしゃらない?」
シャルルは詰まった。
視線が泳ぎ、明らかにどう言うべきか考えている。
淡い金色の炎が、シャルルをせかすようにごうっと膨れ上がった。
「……反省し、もう近づかないと誓った。
とにかく、あの件は決着がついていたんだ。
毒殺事件とは関係ない!」
「なるほど」
全然さっぱり信じていない風に、カタリナは頷いた。
金色の炎の方から、深々とため息をつくような気配がして、ノアルスイユはびくぅっとなる。




