25.謎の降霊術師
連行するように男たちに両側から肘をとられているシャルルを、イザベルとアンナはぽかんと眺めた。
一歩、イザベルが進み出る。
「あの、もしかしてシャルル・セニュレー卿でいらっしゃいます?
私、ここの向かいに住んでいたイザベルです。
……三十年ぶり、ですわね」
「知らん。忘れた!」
シャルルは唸って、視線をそらした。
落魄した姿を、かつての知人に見られるのはさすがに厭なのだろう。
「あとは降霊術師ね。
先に中に入っていましょうか」
シャルルの様子をちらりと見て、カタリナは先に立って館に入っていく。
後に続きながら、「あれは一体?」とカタリナに小声で訊ねると「賭場の借金を払わずに、王都を出ようとしたところを捕まえたのよ」と囁き声で返ってきた。
ということは、男たちは賭場の用心棒かなにか。
カタリナは、最近のシャルルを知る者を探すうちに賭場に行き当たり、シャルルが立ち寄りそうな場所の情報を共有しつつ、もしシャルルを降霊会に連れてきてくれたら、借金を払うようセニュレー侯爵家に掛け合ってやるとかなんとか交渉した──というあたりか。
と、一瞬納得しかけたノアルスイユは、大問題に気がついた。
彼らはカタリナを馴れ馴れしく「姐さん」と呼び、指示に従っているのだ。
そもそも賭場の者など、公爵令嬢が関わってよい人種ではない。
「一体、なにをしたんですか!」
押し殺した声でカタリナに詰め寄る。
だが、カタリナは「その話は後で」と雑に手を振ってノアルスイユから離れると、記者を呼んでなにか相談し始めた。
「ああ、懐かしい……
ねぇアンナ、まるっきり昔のままだわ」
「さようでございますね」
「私、子供の頃、ここに来る度に絵本の中のお姫様になったような気持ちになったの。
自然に背筋が伸びて、いつもよりお行儀よくなって。
そうしていると、マリー・テレーズ様が、なにかにつけて褒めてくださるのも嬉しかった……」
イザベルは壮麗なホールの中に進み出ると、ぐるっと見回して嘆息している。
その斜め後ろに付き従っているアンナも、眼をうるませていた。
用心棒達に小突かれながら入ってきたシャルルは、ふてくされた顔でまだ時折暴れている。
と、玄関の向こうが騒がしくなったと思うと、バーンと扉が押し開かれ、騎士達に囲まれた、灰色のローブをまとった背の高い男が入ってきた。
フードを目深にかぶっていて、顔はほとんど見えないが、これが降霊術師なのか──
「やあすまない。
遅れてしまったかな」
顔は見えずとも、明朗快活な、響きのある声には覚えがあった。
むしろ、ありすぎる。
子供の頃から耳に慣れている声だし、なんならたった数時間前にも普通に聞いた。
そもそも「降霊術師」の脇から皆に鋭い視線を走らせているのは、ノアルスイユの主・王太子アルフォンス付きの護衛クリフォードではないか。
「ででででで……!」
ノアルスイユは、口の先まで出かかった「殿下」という言葉をどうにか飲み込んだ。
今夜はシャラントン公爵邸に泊まるはずなのに、なんでこんなところに!?
可愛い盛りの孫と存分に遊びたいシャラントン公爵に、婿など邪魔だと追い出されてきたのだろうか。
「あら? そのお声、お姿は!」
だが、小柄なイザベル副院長がつつつとローブの男に寄って下から見上げた。
慌ててローブの男が顔をそむけるがもう遅い。
「まさか、アルフォンス殿下!?」
修道女は遠慮のかけらもない声を上げる。
「「「は!? 王太子殿下!?」」」
アルフォンスの容姿は、行幸やら、絵入り新聞の報道で良く知られている。
なにしろ顔が良いので、アルフォンスの肖像画を大々的に載せると、街売りの部数が跳ね上がると言われているのだ。
賭場の用心棒達は反射的に逃げ出そうとするわ、シャルルやら管理人やらアンナは腰を抜かすわ、ホールは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「ま、諸君。とにかく座ろう」
変装を秒で見破られたアルフォンスは、フードを外して穏やかな声で呼びかけると、カタリナをエスコートした。
即バレ展開が面白すぎると笑い転げていたカタリナが、まだクスクス笑いながらカウチに腰掛ける。
アルフォンスはその左隣の肘掛け椅子に座り、ノアルスイユは仏頂面でアルフォンスの左隣にかけた。
「イザベル副院長、シャルル卿、アンナ。
あなた方もどうぞおかけになって。
ああ、フレネー、あなたもよ。
少しでもマリー・テレーズを知っている人には参加してほしいの」
カタリナは管理人にも座るよう促す。
結局、シャルルとイザベルが遠慮しながら座り、アンナと管理人も恐る恐る空いた席に座った。
クリフォード達護衛騎士はホールの内外に分散して周辺を警戒、記者はすみっこに立って皆の様子を見守り、用心棒二人は、壁際のベンチで青い顔をして縮こまっている。




